03─神はいるのよ その1

 道? 道なのか? もっと楽な道はないのか?

 獣道かってくらいの細さの、でも、たしかに石が敷かれている階段を登る。草をかき分けながら。幸い道に迷うってことはなさそうだけども。

 急勾配の階段を一歩一歩踏みしめる。パーティの先頭はコラン、真ん中にオペラ、最後に僕。オペラの首輪は持ち主に位置を知らせる機能がある、とかなんとかで、僕たちはこの首輪を外してくれる人の元へ向かっている。

 なぁハック、オペラの首輪のこと気づかなかったのか。

 儂も別に万能じゃないからの。特に、わしの頃は、物に術式を込めるのはまだ一般的ではなかったんじゃ。

 でも、魔導書があるじゃないか。

 まぁ、そう言われてもな。気づかなかったものは、しょうがないじゃろ。

 うーん。コランの言うことが嘘だって可能性は?

 それはない、オペラの首のやつがただの首輪じゃないことは確かじゃから。早く外すに越したことはないし、この森の奥にそれだけの使い手がいるのも、なんとなくわかる。あとは、これはわしの勘じゃが。あの小娘は嘘はつかん。

 ここまで来といて信じてないなんて、通らないしな。

「さて、まだまだ先は長いし、キャニーの強さの秘訣について聞こうかしら」

「は? まだその下りやってなかったのか」

 普通こんだけ場面転換したら、そういう説明の下りも飛ばすもんだろ。

「いいえ、飛ばさせないわよ。きちんと、あなたの口から全部、洗いざらい話してもらうわ」

「わかりました。んで、オペラはどこまで話したんだ?」

「話しちゃ駄目だった?」

「もう仕方ないというか、結果的に助けてもらってるから、大丈夫だよ」

「あんたがすごそうな魔導書を持ってることと、あれをやったのが別人格だってのは知ってるわ」

「なるほどね。じゃあ、その別人格に変わるから、そいつから聞いてくれ」

 じゃ、ハックあとは頼んだ。

「ということで、初めましてと言っておこうかの。小娘」

「あなたが別人格さん? なんだか偉そうね。名前は?」

「偉そうなのはお主もじゃろう。ハックと呼んでくれ」

「ハック、単刀直入に聞くわ。人の魔術に干渉できるわね。どうやったの?」

「どう、と言われても説明が難しいな。そんなに変なことはやってないんじゃが」

「嘘よ。めちゃくちゃ変よ。それこそ、私は今から行く解呪の庵くらいしか、他人の魔術に干渉するのを知らないわ」

「うーん、それは、魔術に対する理解の差かのう。そもそも、魔術というのが世界に対する割り込みなんじゃから。炎を作り出すのも、作り出された炎の位置をずらすのも、本質的に違いはない。難易度の差はあろうけどもな」

「あんた、言ってることがめちゃくちゃよ。っていうことは何? あんたはその場で、私の使ったコードを見抜いた上で、それを逸らす魔術をアドリブで作って成功させたっていうの」

「じゃから、そんな特別なことじゃないんじゃけども。どんなコードで生成されたとしても、事象としての炎は自然発生のそれと、本質的に違いはないのじゃ」

「アドリブって部分は否定しないのね」

「そこはそうじゃな。わしは魔術を口述でやるから、お主みたいに紙にコードを書くわけじゃないし」

「ふむぅ。でもそれだと、ぶっつけ本番で試すことにならない?」

「そこは、腕の見せどころじゃな。色々テクニックがあるのじゃよ」

 すやーすやー。ハックとコランの会話が子守唄に聞こえてくる。懐かしいな。学生時代もよく授業中に惰眠を貪ったものだ。おかげで、魔術知識は穴だらけなわけだが。

 それにしても、ハックに体を貸してる状態で僕が寝たらどうなるんだろうか。自動でハックが体を動かしてくれて、気づいたら目的地についてるとかだったら、楽だなぁ。すやぁ。

 ものは試しと、意識を薄く、眠りの海へと漕ぎ出す。途端、足が重くなって、思わず前につんのめる。

 危ない。

 今寝ようとしたじゃろ?

 いいや全然。これっぽっちもサボろうなんて思ってないですとも。それよりも、僕の体どうなってる?

 足の意識だけお主に戻した。これで寝落ちすることもなかろうて。

 そんな器用なことができるのか。

 ああ、それと、お主が意識を失ったら、わしも落ちるからな。基本的にわしはお主の意識の奴隷じゃ。

 そうなのか。いやだったら、簡単に足の意識だけ戻すとか、そういうことしないで大人しく僕の代わりに歩いてくれ。まったく。頭の中でハックとやりとりするのも慣れてきたけど、いまいちこれもどうなっているか分からないんだよな。

 なんて、ハックはコランと話しながら僕と脳内で会話するという、曲芸みたいなことをしつつ……。僕は外からの音が耳に入ってんだか入ってないんだか、よくわからない状態で、奇妙に足だけ動かし続けた。

 まぁ実際、こうやって話してると長い山道も、意外と短く感じるものだ。

 そういえばオペラは大丈夫だろうか。

 体の主導権は僕にあるというのは本当らしく、視界を得ようとすると、すぐに目の前が見えるようになる。なんだろうな、ハックに明け渡してる間は、焦点が合ってないと言うか、視界の端だけで見てるような感覚だけど、見ようとすると普通に見えるという……奇妙だ。

「オペラ大丈夫?」

「ん、なにが?」

「疲れたりとか、足痛めたりしてない?」

「ぜんぜん、よゆーだよ」

「そうか、それなら良いんだ」

「ちょっとー。いきなりキャニーに替わらないでよ。ハックに戻って」

 はー。いやだから、僕の体なんだけど。ハックは居候なんだけど。

「あいにく、まだまだ魔術談義はできそうじゃが、そろそろお開きの時間じゃ」

「あれっ、ああ。本当だわ」

 森に溶け込むように、木造の小さな家が現れる。直前までその影すら見えなかったように、突然その姿を表す。家の周囲は霧、いや、煙が立ち込めているが物が燃えている様子はない。

「噂通り、神出鬼没というか、ここまで近づかないと分からないなんてね」

「隠蔽の魔術か?」

 ハックが言う。

「そうね。こんな秘境みたいなところに住んでるのも含めて」

「それだけ、解呪に特殊な環境が必要ということか」

「それもあるし、やっぱり他人の施した魔術を解除できるってだけで、相当希少なのよ。そして、希少なものはそれだけで、面倒事を呼び込むわ」

「なるほどの」

「たのもー」

 コランが乱暴に、表札もドアノッカーもない扉を叩く。こいつ心の準備とかないのか。

「この子の首輪を解呪してほしいんだけど」

 そう言いながらもガンガンと扉を叩く。どう見ても人にものを頼もうという態度ではない。

 その状態で、一分くらいした叩き続けると、ようやく扉が中に開いた。

「鍵壊したんじゃないだろうな?」

「そんなことしないわよ。ひとりでに開いたのよ」

「入れ」

 家の奥の方から、色んな音程の声が重なりあってダブったような声が聞こえる。どれか一つの声を捉えようとすると、すぐさま他の声にすり替わってしまうような、そんな捉えどころのない声だった。

 僕たちは言われるままに、扉をくぐる。

 家の中は煙が充満しており、色んな匂いが混ざり合って息がしずらい。お香というかなんというか。

「やぁ」

 薄暗がりにぼんやりと人の形が現れる。

「わたしが、解呪の庵の解呪師だよ」

 小柄で褐色、一見すると少女のようだが、姿勢が悪く老婆のようにも見える。服というよりは、最小限の布で恥部だけを隠すような格好。揺蕩う煙の中で輪郭がぼやけて見えており、目の前の存在に対して真実というものが何一つないような気がした。

 そんな胡散臭い解呪師は一言。

「依頼はオペラがつけている首輪だね」

 そう言って、オペラの首輪に手を触れ。

「ああ、これは一日かかるね。明日には終わってるから、明日来なさい」

 気づくと僕とコランは山の麓にいた。

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