02─むかつくヤツ その4

 魔術具店の裏にある演習場。一対一でドンパチするのにちょうどいい広さの空き地で、僕と暴風ツインテールが向かい合う。

「名前、聞いてなかったわね。私はコラン」

「僕は、キャニーだ」

 演習場の端、審判としてお店の店員さん、観客にオペラがベンチに座っている。オペラはすごく不安そうな顔で僕の方を見つめる。

 だ、大丈夫だよ。こんなことで、マジでやりあう訳……。ほんとなんで、こうなったんだ……。

 安心せい。わしが軽く生意気な小娘を一捻りするのを、大船に乗った気持ちで見ておればよい。

 なぁ、本当に大丈夫なのか? ハックが強いというのはわかっているが、暴風ツインテールこと、コランがどれくらい強いのか……。

 大丈夫じゃって。

「殺しはなし。負けを認めるか、戦闘不能になるまででいいわね」

「ああ、大丈夫じゃ」

 僕の口調が変わったことに、コランが気づく。が、戦うことに変わりはないらしい。慣れた手付きで、片手剣と御札を準備する。

 対するこちらは、刀を抜くだけ。魔術は口述で行使する。

 空気がピリつく。ハックに任せるとはいえ、嫌でも心が構えてしまう。

 双方準備ができたのを感じ取ったのか、審判役の店員さんが、いまいち覇気のない声で合図する。

「はじめ」

 瞬間。刀を中段に構える。

 コランが、札を振って指輪の宝石にかざす。

 握りこぶし大の火球が、宙を浮く。

 同時に、僕の口が呪文コードを紡ぐ。

 紡がれた呪文が意味を持つと同時に、魔術へと変換されていく。

 一歩、一気に踏み出す。

 相手がバックステップしつつ、火球はこちらに迫ってくる。だが、その火球がこちらに届くことはなかった。

「え」

 コランの目線が不可解な起動を描く火球へと吸い寄せられる。こちらに向かっていたはずの火球は、ことごとく曲がり、明後日の方向へと逸れていく。

 ありえないといった表情のコランへ、一気に距離を詰める。

 軽く刀を振り下ろす。

 本気の振り下ろしじゃなかったからか、とっさに剣で弾かれる。

 弾かれると同時に、間合いを開けようとしていたコランの足に向かって、僕の足が差し出される。

 足元ががら空きじゃて。

 足払い。

 続けて、剣を持っている手を押すように掴んで、地面へ押し付ける。

 踏みつけて剣を手放させる。

 体を捻って逃れようとしているところへ、横顔に刀を突き立てる。コランの髪が何本か切り離される。

「おしまいじゃ。反応は悪くないが、少し動揺しすぎじゃの」

 コランが目を見開く。

「なんなの? あんた」

「何って? わしは」

 ハック、それ以上は……。

 しょうがないの。

「んん。ただの流浪人だよ」

「はぁ」

 決闘終わり。と、彼女を押さえつけているのをやめる。

 お主、気を抜きすぎるな。

「えぇ?」

 拘束を解くと同時に、コランが一気に起き上がって、頭突きをかましてくる。

「いっつ」

「あれ? 急に弱くなったわね」

 悪かったな。弱くて。ちょっと、よろける。本気で頭突きしやがったな。

「はぁ。ほんとに妙ね。ま、決闘はあんたの勝ちね。それよりも。さっきのやつどうやったのか教えなさいよ」

 ハックがやった火球をそらしたやつか。まぁ、僕に聞かれてもね。ハックに聞くか?

 別にあれくらいなら、教えてもよいぞ。

 なんか話こじれないかな。

 さぁ。

「分かった、そのへん含めてゆっくり話し合おう。店員と揉めていた理由も聞いてないしな。できれば個室がいいんだけど」

「個室? 変なこと考えてんじゃないわよね? 今度こそ返り討ちにしてやるわ」

「そうじゃなくて……、オペラをあまり人に見られたくないんだ」

 チラッとオペラの方を見る。トテトテとこっちに駆けてくる。

「勝ったの?」

「勝ったよ。それで、こっちのお姉さんと話があるんだけど」

「うん。大丈夫」

「ったく。どういう関係なのよ」

 コランが目を細める。

「んじゃ、私の宿でいいわね。今すぐ行くわよ。店員さん、迷惑かけたわね」

 そう言うやいなや、さっさと落ちていた剣を拾い、早歩きで外へと去っていく。

「ちょっと、待てって」

「置いてくわよー」

 彼女の真っ赤なツインテールが、夕日の赤を乱反射する。涼し気な風が吹き抜けた。



 例の決闘相手、キャニーとオペラ。何やら訳ありな二人組みを、私がとっている宿まで連れてきた。戦闘中だけやたら強くなるし口調も変わるキャニー。明らかに奴隷っぽい見た目のオペラ。ただ、キャニーを見ていると奴隷なんて買うようなやつには見えないし、ましてやあんなボロの服や首輪を着けるなんてとても思えない。

「まずはその辺の確認からよね」

 部屋の前で一度立ち止まる。

「先にオペラちゃんに話を聞くわね」

「何?」

 こいつは戦闘時以外は隙だらけだ。さっと、金髪の少女の手を引っ張って部屋の中に入り、キャニーを外に残して鍵をかける。

 ガチャガチャとドアが鳴るが、すぐに静かになった。

「あら。あなたは意外と動揺しないのね」

 目の前の暫定奴隷の少女は、だんまりを決め込んでいる。怖がっている? それとも人見知りなのかしら?

「大丈夫よ。私はあなたが、連れに酷いことされてないか聞きたいだけなの」

 服が汚れているのも構わず、ベッドの縁に腰掛ける。

「大丈夫です。私はキャニーと逃げてるところで」

「逃げるっていうのは、あなたに首輪をつけた相手?」

 こくこくとうなずく少女。

「それで、逃げてる理由はわかったけど、何があってキャニーに助けて? もらえるようになったのかしら。キャニーはあなたの何?」

「ええと。キャニーは、ええと。魔導書を持ってる人で、私が取ってこなきゃいけない魔導書を先に持ってて、それで」

「ちょっとまって、すると、キャニーとあなたは親族でも友達でもないってこと?」

「そうですね。まだ会って、いち、にぃ、さん、四日目です。森の中で会いました」

「じゃあ完全に他人じゃない。なんであいつはあなたを助けるわけ?」

「そうですね。なんでだろう」

「で、会ってからの経緯を順番に続けて、ああ、言いづらいところは言わなくても言いから──」

 とまぁ、そんな感じで、オペラちゃんから事情を根掘り葉掘り聞きだす。彼の持っている力のこと。彼の人柄のこと。どうやら彼は相当にお人好しらしい。単純にバカなのか、それとも何か裏があるのか。

「で、結局彼の刀が魔導書なのね?」

「はい」

「その魔導書の力で、私に勝った……」

「おばあちゃんはすごく強くて」

「魔導書に封じられていたおばあちゃんね」

 なるほど、それなら戦闘中に人柄が変わったもの納得できるわね。人格と一緒に見たこともない魔術理論を授ける魔導書か。どこでそんなもの手に入れたのかしら。

「よし。大体分かったわ。今度はあいつからも話を聞きましょう」

 ドアの鍵を開けると、ずっとドアに耳でもつけてもたれかかっていたのか、キャニーがずっこけながら部屋に入ってくる。



 暴風ツインテールことコランがオペラを引っ張ってから、十分か三十分か経過した頃。オペラが心配で心配で、ドアに耳をつけて待っていると、唐突にドアの鍵が外れ、完全に油断していた僕は部屋の中へと飛び入ってしまう。

 まぬけ。

 そんな声が聞こえた気がするが、幻聴のたぐいだろう。

「キャニー。今すぐ解呪の庵に行くわよ」

「なんで! 次は僕に色々聞く番だろ?」

 なんというか、話の流れおかしくないか。

「いいから、そんなの道中で聞くわよ。そんなことより、一刻も早くこの子の首輪を外すわよ。でないと」

 コランが言葉を区切る。

「追手がここに来るわ」

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