02─むかつくヤツ その3

 私はコラン。国際魔導学会に出席(発表はしていない)した後、早馬でユニクシンへ。昨日の夜に到着してそのまま電源が切れたかのように就寝。昨日までで大量の知識を頭にぶっ込んだから、今日はグルメをたらふく腹にぶち込む予定である。

 と、起きてさっそくモーニングを食べに行きたかったが、所持金が心許ないので、手持ちの宝石を換金すべく素材屋に向かうか。宝石は何かあったときの予備として持ち歩いているが、魔術に使う以外にも、外国で換金するとそれなりのお金になるので、かさばらないお金としても使用できる。

 宿の亭主に周辺のお店について色々聞いたあと、腹の鳴りを抑えて足早に歩く。

 外は……うん。いい天気だ。今日は一日思いっきり羽を伸ばすぞー。

 通りにチラホラ人がいるのも気にせず、歩きながら思いっきり伸びをした。

「今日はきっといい日になるよね~。すいませーん。換金お願いしたいんですけどー」

 比較的大き目の建物に入る。カウンターの方を見ると、青年? と奴隷のような格好をした少女が買い取りを願い出ているところだった。結構な量の毛皮と爪を売ろうとしているようなので、結構待つことになるかもしれない。

「えっ、買い取れないってどういうことですか?」

「狩猟免許もない、狩猟許可証もない、冒険者ライセンスもない。しかも、この街に住んでるわけでもない。どうして買い取れるっていうんだい」

「冒険者ライセンス?」

「大体、大爪を仕留められるやつが、何のライセンスも持っていないなんておかしいじゃないか。どこから持ってきたんだ?」

 どうやら、青年は狩猟権のことを知らずに狩りをしたらしい。それにしてはかなりの大物を仕留めたみたいだし、素材の処理の仕方も問題ないように見える。腰に刀は刺しているから多少戦えるんだろうけど。ま、私よりは弱いわね。まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし、店員と揉めて私の換金が遅くなっても嫌だからね。

 よしっ。助けてやるか。

「あっ、すいませーん。彼私の連れなんですー。途中ではぐれちゃって。これ、ライセンスなら私のがあるので。これで買い取りお願いします」

 言いながらBランクの冒険者ライセンスを提示する。ふふふ、この年齢でBは五十人に一人の逸材なのよ。

「えっ、あっあっ」

 青年が何が起きたのか理解できない感じで、こっちと店員を交互に見る。

「買い取り、おねがいします」

「あっああ」

「へい。まいど」

 どう見ても知り合いじゃないだろって言いたげな視線を笑顔で封殺する。手早くお金を受け取ると青年の首根っこ掴んで店から出た。商品の品揃えも見たかったのだけれど、これ以上時間をかけると、お腹がデモをはじめそうだ。

「それじゃ、分け前はこれでいい?」

「……」

「何よ。不満? 私がいなきゃそもそもこのお金は手に入ってないのよ。いい? 返事ははいかイエスよ」

「は、はい」

「おーけー。じゃ、私はこれで」

 紳士的な対話によって彼らの素材の二割分のお金をいただいて、近場のカフェへ向かう。さ、今日は散財するわよ。



 暴風ツインテールが去っていく。なんつーやつだ。助かったけど、助かったけども。突然現れて全部仕切ってすごいスピードでいなくなったなぁ。というか、この世界って冒険者とかいる世界だったのか。聞いてないぞそんなこと。

 三十秒くらい何も考えずにその場で突っ立てると、クイクイっと、オペラに服の裾を引かれる。

 頬をパチンと叩く。しっかりしないと。

「よしっ。じゃあいい感じに旅人の詮索をしない宿屋探すか」

 そのときの僕は、暴風ツインテールと再会し、しかも、戦うことになるとは思っていなかったのであった。



 おやつの時間を超えて昼食を食べ歩き、ひとしきり満足したころ。私は広場のベンチに座って、ベルトを一段階緩めて、一休みしていた。

 広場の中央には噴水があり、三、四組のカップルが噴水の縁やベンチに腰掛けている。ったく、人目も気にせずイチャイチャと。

 もう少しゆっくりしていたかったけれど、こんな空間に長時間いたら、ツインテールの張りがなくなりそうだったので、次の場所へ歩き出す。

 護身用(といいつつ積極的に狩りをしたり戦闘したりする用)の魔術具を補充するため、一番近くにある魔術具店に向かう。使い捨ての札やカードタイプのものが欲しい。宝珠互換の品揃えが豊富だといいけど。

 一般的なものなら一通り揃えられそうな大きさの店へ。「らっせー」とやる気のない挨拶が奥の方から聞こえてくる。全体的に生活用の魔術具が多いだろうか。同じ道具でも二、三種類取り揃えられており、品揃えの良さが伺える。及第点ってところかしら。今のところ生活用の魔術具には困っていないので、店の奥の方へと進んでいく。

 戦闘用の魔術具は一階の左奥と二階にあるらしい。二階にはバルコニーがあり、バルコニーから下を見れば、魔術の試し打ちに良さそうなスペースが見える。

「いらっしゃい。何かお探しで?」

 当てもなく棚を端から眺めていたら、髪の無い店員が話しかけてくる。

「この宝珠で実行できる、ルビー言語で書かれた札ってどこにあるかしら? 火属性が多いと助かるのだけど」

「それなら、こっちの棚のこの部分ですね。いやー、お客さん宝珠使うってことは、ピネーの人?」

「そうよ」

 お嬢ちゃん一人旅ですか、なんて言ってきそうな店員に、用は済んだオーラを放ち、棚を物色しはじめる。御札系の品揃えは棚一面ほど。さらに、その中の一部、ぎりぎり立ち止まったまま物色できるくらいの幅で、私のお目当ての札が陳列されていた。

 強い閃光や音を出す札、火を放つ札、物を飛ばす札など、色々な札が同じ箱に乱雑に突っ込まれていた。は?

 適当に一枚とって、名前を見る。火属性魔術とだけ書いてある。は?

 コードを読めば分かるだろうと思って、コードを読む。字が汚いし筆跡も場所によって違う。これ以上読みたくない。

 ふー。よしよし落ち着け。落ち着くのよ私。

「ガシ」

 用はないならと、レジに戻ろうとした店員の肩を掴む。

「あのー。どうかされました?」

「どうもこうもないわよ。こんなキディ丸出しのもん売ろうっての? もっとマシな札はないの?」

「へぃ。そう言われましても。それでも、ちゃんと起動はしますんで……」

「はー。起動すればいいってもんじゃないでしょう。これ作ったの誰? どうせ宝珠系の魔術具なんて誰も買わないから、適当に書いたんでしょう」

「なっ。言いがかりもいい加減にしろよ。これ以上うちの商品にケチつけるってんなら」

 店員が喧嘩腰になるのを見て、懐から自作の虚仮威し用の札を出して発動する。

 先手必勝。舐められたら負け。

「うるさい」

 店員の耳元で、破裂音が鳴る。威力のパラメータをだいぶ絞ったが、それでもしばらく耳鳴りがするだろう。

「次は本気で撃つわ。責任者を出しなさい」

「ちょっと待てよ」



 生活魔術具を補充するために、店に入ると、二階の方で大きな音が鳴る。

 何をとち狂ったのか、覗き込むように二階に足を進めると、今朝お世話になった暴風ツインテールが店員と揉めているのが見えた。

「ちょっと待てよ」

 今にも手が出そうな、というかもうすでに、手が出ていそうな空気を感じてとっさに間に入ってしまう。

「はん?」

 彼女はこちらに振り向きつつ穏やかじゃない声を出す。

「あんた誰?」

「えっ、あ。あの、今朝はありがとうございました」

「あぁ。今朝素材の持ち込みをしてた人ね。で、何?」

「ああいや。何があったのか分からないですが、今にも戦闘を始めそうな空気だったので……。暴力は良くないですよ」

「だから? なに? あんた、もしかして無関係の第三者のくせに、薄っぺらい善意かなにかで口を出してるわけ?」

「……」

 こえー。なんでこいつ、こんなにキレてるんだ? 僕まだ何もやってないよな。

「はー。分かったわよ。じゃああんたにするわ。表出なさい。決闘しましょう。あんたが勝ったら、あんたが正しいってことで」

 決闘? なんで? ていうか、まだ、何を揉めてるかすらも聞いてないんだけど。どうしてこうなった?

 そして、このどうにも飲み込めない状況において、次に僕の口から出た言葉は、僕の混乱に新たな火種を放り込むのだった。

「よし分かった。小娘、すぐに、その減らず口を叩けなくしてやろう」

 もちろん、これを言ったのは僕の口であっても、僕ではない。

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