第21話とある同級生side

 イートン校とイギリス貴族の認識はオリジナル要素全開で書いています。

 


 *****




 

 今、社交界で一番ホットで一番密やかに囁かれている噂がある。


 ロイド・マクスタードが「離婚の危機」であり「再婚相手を探している」という恐ろしい噂だ。前者は良い。問題は後者だ。お陰で年頃の娘を持つ親や未婚の女性は戦々恐々としている。それでも夜逃げ(?)した奥方に対する皮肉や罵倒は一切ない。寧ろ、「逃げる事ができたんだな」「よく耐えた」「これでいいんだ」と声援に似た感想ばかりだ。ロイドを知る者からしたら「十分すぎる程頑張った。漸く自由になれたんだね、よかった」ということだ。


 イートン校を恐怖に陥れた数年間。


 ロイドはかの学校で数々の伝説を作った男だ。

 それも悪い意味で。


 当時、僕は彼とは別のクラスであり部屋も別だった。それでも彼の噂は学校中に広まっていて入学一週間でロイド・マクスタードの名前を知らない者はいないほどに有名になっていた。

 


 魔の世代――


 そう言われた青春の一ページ暗黒時代


 僕が間接的に被害を受けた忌まわしき過去の情景がありありと浮かび上がってきた。


 生徒の自主性と協調性を養うための名目で行われた学外実習。そこでは食事に至るまで生徒が作っていた。焼き過ぎた肉、焦がした魚、煮詰め過ぎて崩れ去ったジャガイモ。誰もが初めての料理経験だ。不味くても食べられればそれでいい――という名目通りの出来に笑いながら食べた。


『大人になればこの日の食事は笑い話だ。良い経験だったと思うだろう』


 教師の言葉に皆が笑っていた。


 そう、あの日に出された料理を口にするまでは――




 ゴポッ……ゴポッ。

 見た目からしてヤバかった。

 どす黒いナニカ。

 恐らくシチュー系のナニカだろう。


 器に盛られた怪しげな料理。

 よく見れば黒というよりも赤黒い色をしている。もしかしてボルシチに似せたものだろうかとも考えた。けれど問題はそこじゃない。ゴポリッと先ほどから音を立てて泡が吹いているのが問題なんだ。何を入れればこうなる!?

 そもそも泡が噴き出る料理ってなんだよ!!?

 いや、泡だけじゃない。

 臭いからして異様だ。

 香辛料の臭いだけじゃない。ナニカ分からない不可思議な匂い。今日の料理を担当した生徒達が顔色を真っ青にしているのも恐怖に拍車がかかる。


 な・に・を・い・れ・た!!?



『栄養満点のシチューだよ』


 その声から始まった料理の解説を喜々として説明しているのは例の伝説の存在。説明の中で具材は極々一般のものばかり。それでも不安は尽きなかった。それと言うのも、煮込んだという肉や野菜はどこだ?!ジャガイモは分かる。だが他は?トロトロに煮込んだというが、そうじゃないだろ!!


『世界一美味しいよ!』


 その自信はどっからくるんだ!!

 どう見てもその反対だろ!

 お前には自分が作ったシチューを見て何も感じないのか!?


『す、少し質問してもいいだろうか?この料理は味見はしてあるんだろうね』


『ん?味見?そんなものする筈ないじゃないか!!あははは!』


 あははは、じゃない!

 しろ!味見を!!

 

 周囲は怖いくらいに静まり返っていた。

 その中で唯一人楽し気に話しているロイド・マクスタードの存在は異常だった。


 僕の本能が告げる。


 食うなと――


 これを食してはいけないと。

 食べると二度と目覚めない永久の眠りにつく事だと。

 そんな予感がした。


 人が文明と共に捨ててしまった。あるいは、失った「第六感」が激しく訴えているのが分かった。

 これを食べるべきではない。

 分かっている。

 イートン校に入学して後悔はない。ないけれど……学校の校則を恨む。せめてこの授業の一環が「出された食事は必ず食べなければならない」との一文さえなければ拒否できると言うのに!!


 敵前逃亡などできない!

 この国の貴族として決してできない!!

 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の貴族の誇りがそれを許さない!!!


 死する覚悟で口にした。


 その後の記憶はない。

 次に目を覚ましたらそこは病院のベッドの上だったからだ。

 朦朧とする頭で生き残ったことを実感した。

 

 横を見ると知った顔のクラスメイト達がいた。

 

 ああ、彼らも貴族だったな――鈍くなった頭でそんなことを考えていた。

 これは後から知ったが、例の料理を食べた大半が貴族階級出身だった。ブルジョワ階級は食べるのを断固拒否したと知った時は我が身に流れる貴族の血をこれほど恨んだことはなかった。




 



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