第六場
右手は緩やかな弧を描き、互いにややずらされた指先は緊張と弛緩の間で斜め上を指す。真っ直ぐでありながらも体の自然に則して伸ばされた腕を胴まで辿れば、横に差し出された左足がちょうど右手と対角線を描いている。
頭は上へ、顎は引いて。空の青にお日様の黄色を足して混ぜたような眩しい若葉が、彼女を飾る淡い影となる。
さあ足の甲、そして親指までひとつに繋がり、足先がまるで絵筆のように地面に弧を引いた。しなやかに降りた右手は円を作り、そら二回転! ご覧になられたか、微塵も軸のぶれない見事な
きらきらしい瞳が見上げているのは、光を透かして揺れる葉っぱではない。そう、そこにあるモノなんて見ていないさ。強いていうなら……
「ハル、取ったよ。立ち位置センター」
あの絢爛の春、花びらの向こうに見た先。
これから出会うたくさんの聴衆と、
古木の
『オリバー・ツイスト』
彼女が纏うのは真っ白なドレスでも、高いヒールの靴でも、羽飾りのついたモノトーンの帽子でもない。ダボついた青いジャケットにつぎはぎのズボン、擦り切れた布靴とちぐはぐなシルクハット。
主人公オリバーの愛すべき友人、こまっしゃくれた哲学者。誇り高く舞台を制する賢き相棒は、小さな紳士、少年ドジャー。
いまだってそら、桜の幹に額をつけても昔の印に届くだけ。少年ハルの背丈にすっと重ねた真新しい線は、数年前に見上げた線のずっとずっと下にある。
だけど、彼女の顔をごらんなさい! とびきり美人なわけでもないし、大人の魅力の化粧もそこそこ。でもいい笑顔だ。ヒーローもヒロインも持っていない元気いっぱいの瞳は、これから幕が上がるときにふさわしい。
ヒーローとしての彼とは別れたけれど、彼のヒロインになりたくて芝居をやってるわけじゃない。
他の誰かを生きたくて舞台の上に立っているのさ。女性だろうと、少年だろうと。オーディションで勝ち取ったのはちびの特権、
背を伸ばして、息を吸って、重いトランクを持ち上げよう。
行く先は海の向こう。グレーター・ロンドン、ウエスト・エンド!
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