第四場

「ハル、プラス、二センチ」

「ナツは、プラス……」

「私は、いいや」

 学校に行かなくなると、定期的な身体計測もなくなる。自分で測るしかないわけだけど、幹に刻まれた低い方の線は雨風のせいでもう目立たない。

 皮肉なものだ。男女雇用機会均等法、女性の社会参画、ジェンダーフリー! そう声高に叫んでも、人間の身体とやらはどうしようもない。文字通りどんぐりのたけくらべだったはずが、もはや比べる必要もなし。知らぬ間に伸びるハルあれば足掻あがいても止まるナツあり。

 この木が証人の通り、もともと二人ともそれなりに努力家だ。彼は順調にセンターを取っていった。身につけた実力に文句なしの見栄え、夢のヒーロー役!

 しかし対する彼女は? 

 皮肉なものだ。そう思いません? 女な上に遺伝もあった。この僕と並んでも、ほら大して変わらない。こんな建端タッパから伸びやしない。もらえる役はその他多勢。主要な役でもトップとは違う。

 初めてこの木に印をつけてから何回桜が咲いて、また散っていっただろうか。そうそう長くもない気もするけど、長かった気もする。まあ過ぎてしまえば分からない。

 何回めかの絢爛の春だ。この古木が、並んで立つ彼と彼女を最後に見たのは。



 

「ハル」

 あなた方も驚いたか。そりゃそうだ。

 そう、あのスッと姿勢がいい男性が例のハル。公園の柵を悠々通り抜けて一本桜の前まで直進する間、体がほとんど揺れないあたりはお見事としか言いようがない。

「測っとく?」

「測っとこうか?」

 二人して聞き合ってみるけれど、もはや年中行事みたいなものだ。彼女が樹皮にカッターを当てる仕草も、手慣れて職人めいてきた。

「ハル、一八三センチ……さすが」

 ロンドンはサザーク、シェイクスピア・グローブ座。

「今年のロミオだ」

 ジュリエットは、彼女じゃない。

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