第三場

 部活に明け暮れていたら、一日一日の時間は短かかった。この桜も春が過ぎたら青葉になり、夏が去ったら寒さに身構え、秋が去ったら葉を散らし、木枯らしの下でまた春を待つ。

 その頃には彼も彼女も無事に中学校を卒業。進路は違えど同じ劇団に入れば、この公園での練習も昔のとおり続いた。

 しかし運命とは世知辛い。過ぎ去る時は短ければ、彼女が安心していられる時間も短かった。


 

「ナツ、一五二・五センチ」

「ハル……自分で見なよ」

 木々が降らす花びらはもう、彼の頭を触ってから彼女の肩に落ちてくる。一年前の春からこのかた、刻まれた線の間はどんどん開いていっている。

「ロンドンのいまの《オペラ座》、ファントム役ってロバート・モリス?」

「一八二センチ」

「もうちょいだな」

 ガッツポーズを作る彼の手は、彼女の手よりいくぶん上にある。

 ご存じか、ロバート・モリスを。ロンドン、トラファルガー広場から徒歩わずかのマジェスティ・シアター、《オペラ座の怪人》の主役俳優。しなやかな身のこなしと美声はまさに麗しき怪人にふさわしく、踊り子だけでなく観客までも魅了する。

 対するクリスティーヌ役はリヨン出身の美女マリアンヌ。身長は……聞かないでやってくれるかい。俯いて木の根元を見つめている彼女のために。

「今年の群舞はセンター目指すか」

 虚言じゃないさ。劇団員の中でいくら上手くても、あまりにチビだと取れない場所だ。

 勢いよく踵を返すのはいつも彼女が先——なんだけれど、この日は彼が先だった。いつの間にやら長くなった脚では一歩の跳躍シャッセでもう彼女からは遠い。

「軸がブレてる」

「うるさい」

 そんなに悪くもなかったけれどね。

 実際、彼はこの年に、立ち位置センターを取ったよ。

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