第二場
「ナツ、プラス五ミリで一五一・五センチ」
「ハルもプラス五ミリ」
呆れるねぇ。相も変わらず飽きもせず、この二人は数ヶ月おきに幹へ印を付け合ってるよ。連休明け、夏休み、二学期、新年。そして少し長めの春休みを終えて、もう一度春が来た。
「ナツ、一五二センチ、と一ミリ」
「ハル……嘘だ」
カッターが幹に刃を立てたまま固まる。いや固まっているのは彼女の手だ。その腕の下からするりと抜けると、彼は彼女と並び立っ……ああ。
これは嘘だと言いたくなるのも、うん、分かる気もする。
「おお、さっきナツと会ってそんな気はしてた」
「さっきハルを見て嫌な気はしてた」
カッターを離したところ、見えるかな。線が重なり合っていない。微妙なんてもんじゃなくて、彼の引いた線の方が数センチは下にある。ハル、一六二センチってところ。
うん、彼女が頭を抱えて蹲りたくなるのも分からなくはないけれどね。ただ、印を指でゆっくり確かめている彼はどうかな。
「先週、グローヴ座でロミオ役デビューしてた役者、身長一八三だっけ」
「ジュリエットは一六六」
別に低身長だから役者になれないわけではない。でもたいていの場合、売れっ子役者は高身長。世界基準で見れば特にそう。
オーディションは平等だ。しかしプリンシパルがもう決まっている舞台だったら? 同じオーディションに背の高い有力俳優がいたら?
舞台は映画と違う。ぼぅっと年季の入った幹を見ている彼も、土からせり出した根のすれすれに頭を落としている彼女も、たったいま公園の前を通り過ぎた近所の住人も、みんな一度に目に入る。
ちぐはぐよりも揃いを好むのが人の
「まっ、でもそのうち伸びるよ」
ただ、顔を上げて踏み込むのも、いつも彼女の方が先。
「軸がブレてる」
「うるさい」
彼には見えていないようだけれど、
九センチと一ミリ。ペアで群舞に加わるなら、パートナーとしてはちょうどいい。
でもそんなことを言っていられる晴れの日もいまのうち。黒々した雨雲っていうのは思いがけずにくるものだ。
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