第一場

 右手は緩やかな弧を描き、互いにややずらされた指先は緊張と弛緩の間で斜め上を指す。真っ直ぐでありながらも体の自然に則して伸ばされた腕を胴まで辿れば、横に差し出された左足がちょうど右手と対角線を描いている。

 そう、あれが彼女だ。またいつもの春と同じさ。頭の上から吹雪みたいに降ってくる花びらへ向かって、首を伸ばし、顎を気持ち斜めに上げて。

 さあ足の甲、そして親指までひとつに繋がり、足先がまるで絵筆のように地面に弧を引いた。しなやかに降りた右手は円を作り、そら二回転! ご覧になられたか、微塵も軸のぶれない見事な回転ピルエットを。

 決まったね。とびきり美人なわけでもないし、大人の魅力の化粧もそこそこ。でもいい笑顔だ。

 しかし高く上向いた視線が見ているのは可憐な花びらのようで爛漫の春じゃない。どこを見ているのか? ここにあるモノなんて見ていないさ。強いて言うなら……

「ハル」


 ***


「軸がブレてる」

「うるさい、分かってる」

 彼のいつもの台詞だ。彼女がまだ一回転しかできなかった頃は特に。そう、あのまだあどけない少年がハル。

 公園入り口の柵を軽々飛び越え右足からターン。回り終えた足はもう彼女の目前だ。

「ナツ、身体測定、終わった?」

「終わったよ。そっちのクラスは?」

 彼の無言は肯定だ。

「測っとく?」

「測っとこうか?」

 お互い探るように額を突き合わせているけれど、こう付き合いが長いと無言の約束ってものがある。なに、年中行事みたいなものだよ。

 何を言うでもなく、二人して桜の前に並んだ。この桜とも、こう付き合いが長いと手探りでわかるってものがある。彼が指で幹をなぞってその横を彼女が爪で弾いた。くるりと背を向けた彼女の頭が濃茶の幹にぴたりとついた。

 その頭の一番上の上から水平線で木と出会う位置。

 背伸びした彼がカッターを引いたね。

「次、ハル」

「よっしゃ」

 くるりと背を向けた彼の頭が濃茶の幹にぴたりとついた。

 背伸びした彼女がカッターを引いた。

「どう?」

「ハルの測定結果、一五一センチ」

「まーたかぁ」

 おやまぁ、二つの線はぴったり揃ってしまったようで。

 彼の体が離れれば、いまつけた印の下にもたくさんの線が見えてくる。もともと遊び回っていた二人の子供の二人の親が始めたものだ。子供は親を真似するっていうのは昔からどこでも同じでしょう。

 日本だとどんぐりの背比べっていう言葉があるけれど、文字通りの意味での背比べ。性懲りも無くちょくちょく比べっこしているらしい。

「今度の学園祭の演目も、結局アンサンブルだったなあ」

「二年のちびより三年の先輩たちの方が上手いし背も見映えするもん」

 軽やかに舞いながら宙を飾る花びらが、二人の肩を触って落ちていく。

「また今年のペア・ダンスもハルと一緒かぁ」

「背丈的にな。不満か」

「べっつにー」

 踏み込みながら木から離れるのも、いつも彼女の方が先。

「もらったら全力で演るだけだよ。ハル相手でも」

 そうさ。与えられた役で回るだけ……。

「軸がブレてる」

「うるさい」

 でも、彼女の声音が何を含んでいたのか、彼はきっと知らないね。

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