18:セックスしないと二回目のデスゲームが始まる部屋
『皆さん、起きてください。清々しい朝です。デスゲームの時間です!』
やかましい電子音声に叩き起こされる。
気分は最悪。この忌々しい声を聞くだけで、反吐が出る。
『第二回目のデスゲームは【特殊ルールインディアンポーカー】に決まりました。本来インディアンポーカーとは、1:1で行う、一枚カードの優位性を競うゲームなのですが、人数が多いので、今回は5人1組となり、本物のポーカーの役を目指してゲームを楽しんで頂きたいと思います』
んん? 訳のわからんゲームをやらされるようだな。インディアンポーカーで、ポーカールール?
さっそく、先生に意見する中学生って感じに、ぴんと小っちゃい手を挙げたのは上野ヨーコちゃん。実際に15歳の中学生。チビヒョロな体格で、同じ体格のトモコちゃんと割と仲がいい子だ。
「あのー、そもそも、ぽーかーも、いんでぃあんぽーかー? も、全然ルールわからないんですけど、ルール説明とかってないですか?」
中学生らしい意見だ。年相応に無知で、ほっこりする。
だが……彼女は、洗脳にかかっている。
彼女だけじゃない。俺とトモコちゃん以外、ここにいる人たちは全員が運営による催眠術の術中に嵌っている。
最初に、たまたま催眠術から解けたのはトモコちゃんなのだが、端的に言えば俺にセックスを拒否られたことによる猛烈な怒りによって催眠術を打ち破った。
次に俺だが、トモコちゃんによるエッチな誘惑に脳みそがオーバーヒートして催眠術が焼き切れた。
ようは、脳みそのキャパシティーが飽和するくらい感情が大きく揺れ動けば、催眠術が関与する余地がなくなって、解除される。
という仕組みだろうと結論付けた。もちろん、ただの予想だ。確証はない。
だが現にこの方法でトモコちゃんの催眠術が解け、皆が催眠術にかかっているという根拠も出そろった。この可能性に賭けて、こちらも動くしかない。
みんなと一緒に……誰一人死なせることなく、この部屋から出るために。
そのためには、安全策を講じるばかりではだめだ。安全な策など、きっと運営は全てに対処できる。そのように計画されていると思った方がいい。
リスクを負わなければ、活路はない……!
『ご安心ください。分かりやすいデモンストレーションを行います。それでは、渡辺テルヒコくん! それから、下戸山アスナさん! 前へ出て、まずは二人でインディアンポーカーを実践してみてください』
「えー! なんでうちが!?」
俺はともかく、唐突に名前を呼ばれたギャルは、嫌そうな声を上げた。
片目には眼帯を施してあり、金髪をぽりぽりと掻く。嫌だなあと言わんばかりの態度だが、嫌とは言えない。
……また、最初の時みたいに、超能力で衣服をビリビリに引き裂かれるのはごめんだからだろう。今はみんなから善意で私服を借りている状態ゆえに、余計に、借り物の服を破かれるわけにはいかないといった心情か。
俺も渋々前に出て、ギャルと向かい合う。
ギャルは吐き出せないストレスに、俺を睨んでいた。ひどいとばっちりだ。
『おふた方、スムーズな進行ありがとうございます。それでは、ステージ・オン!』
運営の呑気な掛け声とともに……どんよりとした空気が、へばりついてきた。
背筋が凍るほどの悪寒がする。まるで透明人間に抱きつかれて、全身くまなくじろじろと観察されているような、そんな気持ち悪さを感じる……。
とっさにトモコちゃんを見た。彼女は冷や汗をかいて、目を見開いて瞳孔を広げて、一度だけ小さく、コクリと頷いた。
そうか……これが、催眠術なんだな。
俺たちは、それが解けたからこそ、改めて感じ取ることができているというわけだ。
この運営の、途方もない恐ろしさを……。
だって、誰も素知らぬ顔で、しんと静まり返ってしまったのだ。
彼女たちの時間が、ぴたりと止まってしまったというわけでもない。呼吸もしてるし、重心を右足から左足に移動させたり、あくびをしたり、そういった慣習的な動作は行っている。ただ、誰も、何もしゃべらない。さっきまでざわざわぐちぐちと小さく騒いでいた彼女たちが、一言も発さなくなってしまった。
──そして、セックスしないと出られない部屋の、重く硬い扉が、唐突に開いた。
事もなげに、あっさりと、どこにでもあるような引き戸と同じように、スィーっと開いた。
は? 嘘だろ?
あんな頑丈だっただろ! 押しても引いてもびくともせず、体当たりしたらこっちがダメージを負っていた、あの扉が、あまりにも易々と開かれた。その挙動は、マジで体育館の出入り口によくあるような、普通の扉だ。
まさか、催眠術でそう思い込ませていたってことか!?
なんでもありじゃねえか!
あとやっぱり、みんな、あれほど出たがっていた扉が開いたというのに、まったくもって無関心を貫くのだ。
これが、催眠術。ここにいる誰もが、一番に願っている現象が目の前で行われていたとしても、それに気づけない。気付かせてもらえないのだ。
そして扉が開かれたということは当然、そこから現れる人物がいるということになる。
……人間が、一人。
灰色のつなぎの作業着を着て、帽子を目深にかぶった、若い男性のようだった。
彼は、学校の生徒机を持って、小走りにこちらへとやってくる。
――あいつか?
あいつが運営なのか?
「……じっとしてて」
声。……しんと静まる体育館で、俺だけに聞こえる音量で、確かにそう聞こえた。
トモコちゃんじゃない。そうじゃないからこそ、俺はひどく、うろたえた。
なんで、お前、しゃべれるんだ? みんなと同じように、催眠術にかかっているんじゃなかったのか!?
ギャル……!?
思考回路が焼き切れて、結果的に動けなくなってしまったのが功を奏した。
俺が催眠術にかかっているふりをしていることは運営に気づかれることなく、事は進んだ。
作業服の男が、俺とギャルの間に机を置いて、その上にトランプの束を乗せた。
小走りで帰る作業着の男。開けっ放しの扉の外へ……。俺たちが渇望している所業を平然と達成させて、扉を閉めた。
運営が再び、指を鳴らす。
「うわ、またいきなり机が現れたわ!」
「無駄に凝った演出してるわね……!」
すると女性陣が口々に驚きの声を上げる。
催眠術にかかっている人らには、机とトランプがいきなり現れたように見えたのか。
そして、これで俺の催眠術がきちんと解除されているという確証も得られたというわけだ。
催眠術の解き方を教えてくれたトモコちゃんもそうだし……それから、俺と対峙する、こいつ。
ギャル。こいつも、催眠術にかかっていないんじゃないか……? だってさっき、催眠術が発動していた時に、俺にボソッとしゃべりかけたよな?
確かめる必要がある。今後のためにも。
トモコちゃんが怒りで催眠術を解いたように、俺が……いろいろして解いたように。
催眠術を解く手掛かりになるかもしれないんだ。
……だが、今じゃない。
今は運営の監視がきつい。ギャルも喋ったのは限りなく小声だった。あれがきっとギリギリの音量なんだ。俺とトモコちゃんのさりげないアイコンタクトと一緒で、あれが、最小限で、最大限!
『それではおふた方、上からトランプを一枚ずつ引いてください。引いたカードは見ちゃだめですよ。引いたらすぐに、自分のおでこに掲げて、数字が見えるように開示するのです。これがインディアンポーカー! さあ、デモンストレーションの開始です!』
「いいぜ。やってやる……! あ! ギャル、お前の数字低いから取り替えたほうがいいんじゃね!?」
俺はこのデスゲーム中に、ギャルが催眠術を解いた方法を探る。また誰も死なないように立ち回る。
この二つを必ずこなしてみせるぞ!
ギャルがおでこに掲げたカードは、[♡3]だった。
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