17:セックスしないと罵倒される部屋

 その後も俺たちは、当たり障りのない会話をしつつ、シャワーで音を掻き消しつつ、鏡に文字を書いていった。


 トモコちゃんが言うには、工事が始まったのは、俺の失言があった次の日からだという。

 この時点でもうおかしい。

 だってその日に寝て、目が覚めたら、すでにエレベーターが設置してあったのだから。


『工事には一ヶ月かかった』


 書かれたそれを見て、飛び跳ねた。

 絶叫するところを、おしりのすーすーした痛みがなんとか堪えさせてくれた。


 その間、俺たちは、普通に生活していたらしい。

 本当に普通に、会話もして、料理もして……。


 ただ、なぜか……。


 これまで固く閉ざされていた出口の扉が開かれて、そこから工事の人が何人も出入りして作業していたにも関わらず、誰一人、そのことに気付いていないかのように生活していたらしい。

 とてつもなくやかましい音が昼夜とわず鳴り響いた。それを誰も気にしないで、明らかに異常な光景に、トモコちゃんは怯えながらも、同じように生活しなければと思い、日々を過ごしていたようだ。


 と言っても、不幸中の幸いは、トモコちゃんはずっとパーテーションの奥で引きこもっていたため、異常行動を察知されることもなかったはずだと言う。


 看護師のナツキさんやヒョロガリ仲間のヨーコちゃんが様子を見に来てくれることだけが、むしろ気が狂いそうになるほどの苦痛だったとのこと……。


『みんな、正常なふりをした異常者集団にしか見えなかった。本当に……怖かった』


 そして、さらに……。


『運営を見た。超能力を使っていたから間違いないと思う』


『うおお……! すげえ、トモコちゃんすげえよ!』


 声に出せないから、文字で称賛した。


『ウザい』


 と返された。


『ま、そんなことより。まずはあんたの洗脳を解かなくちゃね』


「……へ?」


 トモコちゃんは、あくまでも自身の体験を踏襲するしかないけど。と付け加えた。

 それはつまり……激しい怒りの感情を呼び覚ますこと。


 俺に体臭のことを言われた瞬間、脳がスパークしたという。頭が真っ白になって、気付けば俺をボコボコに引っ叩いていて……。

 次の日、自分だけが世界を明確に捉えていた。


 激しい怒り。脳みそがおかしくなるくらいの感情の爆発。それが催眠術を打ち消す唯一の方法。

 ……そうだと信じて、今は縋るしかない。

 このままじゃトモコちゃんは死ぬ。催眠術が解けた自分だけで動くのはもう無理だ。気付くのが遅すぎた。打開方法を検証する時間もない。

 ぶっつけ本番で、俺に託すしかない。


『わかった。やろう。……でも、どうするんだ?』


 つーかこの話を聞いて、俺は感情的になれる自信はないぞ……?


『任せろ。男を怒らせるなんて、簡単だ』


 対してトモコちゃんは得意げだ。

 そして、おもむろに俺の耳元で、甘ったるい声で囁いた。


「ざぁ〜こ♡ ざぁ〜こ♡ ざこチ○ポ♡ さっき風呂場一人だと思ってナニしようとしてたんだ? このヘンタイ♡ キモ♡ キモキモ♡ 死んじゃえマスタベ野郎♡」


 耳元で囁かれ、女性の柔らかな肉体が俺の背中にフィットして、そして、その状況が、鏡に反射して写っている。


 言われた内容は関係ない。

 ようは状況が、ものすごく……。


 エッチじゃん……!!!





 ──そして、俺の催眠術は解けた。

 怒りとはまた別の、激しい感情に、脳みそのキャパシティが飽和したのだった──。

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