16:セックスしないと快適になる部屋
地下に温泉ができた。
次の日、女子たち一人一人から、計39回のビンタを食らって、泣いて土下座した翌日だ。(ヒトミちゃんは空手パンチを鳩尾に打ち込んできたので流石にのたうち回った)
そうなった原因を言えば、完全に俺が悪いわけだが、結果的に、人知れずトモコちゃんの命を救ったのだ。……暫定的ではあるがな。
運営が、失格者となったトモコちゃんを利用できないと判断したなら、悲惨な運命が待っているのは変わりない。
だがこれ以上、トモコちゃんとのセックスを先延ばしにし続けられる自信は、ない……。
今回、改めて、運営の異常性が再確認できたところだ。
こいつらからこれ以上出し抜けるとは、到底思えない。
そんな不安に苛まれた朝……目が覚めると、出口扉の隣に、新しい扉が設置されていたのだ。
あまりにも見覚えがある横スライド式の扉……。そして、扉の横にある丸いボタン。
「エレベーターだ。エレベーターができてる」
丸いボタンは下矢印の印字がされており、それを押せば、予想通りに、エレベーターのドアが開かれた。
まず俺が下りた。万が一、罠の可能性もあるので、男としてすぐさま名乗り上げた。
冷ややかな視線が、これでもうちょっとマイルドになることを祈りつつ、ウィーンと体育館の地下に降りていく。
チン。と扉が開くと、まずその湿度に、むせた。
三回ほど咳込んで、顔を上げると……。
温泉だった。
温泉の更衣室だった。
そして更衣室の先にあるガラス戸。湯気が絶えず立ち登る、向こう側の景色が見えた。
大きな浴槽に目いっぱいお湯が張られている。床はタイル張りだ。積み重なった黄色いプラスチックの桶とイスもある。
「温泉じゃん!」
すぐさま体育館へと戻り、女子たちにその旨を伝えた。
そしてみんな、すぐさま下へと消えていった。
もちろん、俺は体育館で待機だ。
――しんと静まり返る、俺一人の【セックスしないと出られない部屋】。
俺は、体育館の真ん中で、ゴロンと横になった。
いやいやいや……物理的に不可能だろ。
一晩でエレベーターを設置して、地下に温泉を引くなんて芸当、どうやったって成し遂げられるものじゃない。
もとからあったならわかる。
本当は経過日数とか、進行状況を見て、段階的に使える施設を開放していくならまだわかる。
ただ、エレベーターが突然現れたのはどういう理屈だ。そんな大掛かりな施工を、俺たちの誰一人にも気付かれずに成し遂げられるものなのか?
見えない力で人を持ち上げ、衣服も易々と引きちぎる運営の超能力。今回の温泉もその超能力の一旦として考えてもいいが……エレベーターを皆に気付かれずに設置する能力ってなんだよ。
どう考えたって、おかしいだろ。
「……メシの用意でもしとくか。みんなが帰ってきたら、もっかい謝って、なんとか針のむしろ状態を回復しなきゃな。身がもたん」
温泉から上がってさっぱりした気分のときに、こってりした味付けは興を削がれるだろうな。
かといって、安直に冷えた料理は、風呂上がりには体温を下げやすい。風邪を引かれては困るからそれはNGだ。
よし。
煮干しラーメンにしよう。
煮干しでダシをとった琥珀色の澄んだスープに、黄色いちぢれ麺はよく合うぞ。
具材は脂身を削ぎ取ったチャーシューに、メンマ。刻んだネギとコショウ少々がアクセント!
うん、おいしい!
「なあに一人でおいしそーなもん食べてるわけ? ズルいんですけど」
「げ、ギャル! じゃなかった! あの、この節は誠に申し訳……」
台所で試作を堪能していると、いつの間にかそれをギャルに見られていたようだった。
眼帯はしていなかった。片目をつむって、もう片方の目をより大きく見開いて、俺を見ていた。
しっとり濡れた髪の毛にドキッとさせられる。ほかほかと上気した顔色が、風呂上がりなのはわかっているが……フェロモンをかもし出しているように感じてしまい、必死に下心を隠した。
隠すついでに謝ると、ギャルは一緒、「何の話?」とでも言いたげにキョトンとしたが、思い出したかのように、意地悪な顔つきに変わっていった。
「まあ、とりあえずそれ、慰謝料の足しにしてあげるよ」
ギャルは俺がまだ一口しか食べてないラーメンを指差して答えた。
思ったよりも美味しく出来上がったものだから、かなり名残惜しいが、俺に拒否権はない。
平身低頭でラーメンをギャルに献上した……。
「んー! おいしー! さすが、料理だけは頼りになるー!」
「ぐぐぐ……取り柄があってよかったー!」
ギャルは温泉での女の子たちの話をしてくれた。
みんなはあまり、俺に悪感情を持っているわけではないようだった。
「童貞ならそんなもんじゃない? なんか、ハジメテの体験ってある意味、女の子よりも幻想抱いてる感じするよねー! キャハハハ!」
とか話してたらしい。
その感想っていいのか? わるいのか? わからん。
ともあれ、懸念の一つは解消されたようで、一先ずほっと胸を撫で下ろす。
それじゃあみんなには、後はラーメンを振る舞って、チャラにしてもらおう。
……実際に、面と向かって言われたトモコちゃんは、未だに許せないと憤っているようだが……そりゃそうだよな……。
「おーい! つぎ、男子入っていいよー!」
しばらくして、みんなぞろぞろと帰ってきた。
最後に上がってきた人物がそう言うので、俺も皆にペコペコ頭を下げながら、エレベーターに乗り込んだ。
袋ラーメンの茹で時間は教えてあるので、後は俺がいなくてもみんなで手分けして食べてくれるだろう。
「おめーも念入りにクサチン洗っとけよ! バーカ!」
「仰るとおりです行ってまいります!」
あとこのノリで通すのは今日までにしよう。疲れる……。
うーむ、しかし一人か……。
この大浴場で、なんだかみんなには申し訳ないが、羽を伸ばせることに感謝している俺がいる。
……何より、ナニよりだ。
女の子に囲まれて、ここ数日、健全な男子が、性欲を抑えることを強いられていたんだぞ。
つーか昨日は爆発寸前まで追い詰められたわけで……いやよくあのままセックスしなかったな。凄い。ただただ凄い。俺、凄すぎる。
──だが、もうそろそろ、限界だ。
……いいよな?
裸で、一人で……いいよな!? こちとらもう準備万端だが!?
意を決して、ガラス戸をガラガラッと開け放つ!
「待ってたぞ。テルヒコ」
「ひゃう!?」
すっぽんぽんの俺に話しかけてきたのは、温泉に浸かり、頬を高揚させた……トモコちゃんだった。
「こっちにこい。今でも私は臭いかどうか、確かめてみな?」
「あ、い、いや……その……」
俺に一番腹を立ててる人物がいる。目を釣り上げて怒った様子で、口元だけニヤリと笑うのがより怖かった。
「で、出直してきまーす!」
「あ! コラ待て!」
振り返り脱衣場まで逃げようとしたが、無意識にガラス戸を後手で閉めていたようで、動作が遅れた!
慌ててモタモタしているところに、浴槽の中にいたトモコちゃんもらくらく追いついてしまう。
「オラ、逃げんじゃねーよ。握りつぶすぞ?」
「ひっ……」
何を……とは聞けなかった。なぜならもうすでに、彼女に人質を取られてしまっていたから……。
「大丈夫だって。抵抗しなけりゃ、何もしない。むしろ……あんたが良けりゃ、前の続きをしようって言ってんのよ?」
そう言って、トモコちゃんは人差し指でそっとなぞった……。
優しい指使い。思わず見とれて、しかし、キュッと人質を締め上げられて、焦燥は続く。
「ぐっ!」
「あははっ。可愛い声で鳴くじゃん? もしかしてこういうのが好きだった? もう一回、握ってやろうか? あ?」
「やめてくれ頼む! 本当にっ……!?」
唐突に背中を舐められ、その気持ちいいんだか悪いんだか、とにかくおぞましくて、鳥肌が立つ!
その間も指はなぞる。
なぞられる度に、そちらに集中してしまい、だけど人質が開放されることのない生き地獄を味わい続けた。
たまに背中を舐めたり、脇腹をつねられたりして、変な声を上げると面白がられた。
ただ、彼女のなぞる指が……とても気になるのだ。
トモコちゃんの、その細く白い指でなぞる……水滴で白んだガラス戸。
そこに書かれた文字が……。
『盗聴されている』
『あんたたちは、催眠術にかかっている』
『私だけ、催眠術が解けた。多分、そのことに運営は気付いていない』
『全員、ここから、救えるかもしれない』
「本当か!? ぐあっ!?」
ついつい文字に反応すると、人質をものすごく握られた。
いだい。いだい……。ごめんなざい……。
「あははっ。カメラでもあれば、あんたのこの恥ずかしい姿を収めることができたんだけどね。運営にスマホ奪われたのが本当に腹が立つわ」
急な言葉責め……いやこれは、運営に知られているのは音声だけだってことを言いたい……のか?
よくわからないから、俺もガラス戸に書いてみた。
「やめてくれ。そんなことしたら、生きてけねーよ」
『ここに隠しカメラはないのか?』
「どうせ、ここを出てもまともになんか生きられないわよ」
『無いはず。拡張工事の最中に忍び込んで、カメラは全部水没させたから。でも、すぐにあたらしいものに取り替えられると思う』
拡張工事……!?
「かくちょ……ぎゃああっ!?」
「なんだって!? 『拡張してほしい』って!? どこだい!? ここかい!? オラオラオラァ! 男の恥晒しがァ!」
やめてくれえええ! 俺が悪かった
あああ!!!
そこの拡張はしないでくれええええっ!
……て、てか……やっぱ、これだけの施設は工事が必要だったんだ!
でもなんでそれを俺たちは気づかなかった……?
トモコちゃんだけ、どうして……?
「あ、ごめん。なんか血、ついちゃった。……とりあえず、体、洗いなよ」
「え?」
え? ……ち?
あ、なんか、おしり、すーすーする。こわい。
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