14:【メリーバッドエンド】
「テルヒコくん、聞いて」
うつむく俺の頭の上から声がする。
返事はしない。俺はもう、誰の呼びかけにも応えない。
ただ時が過ぎ去るのを待つ。助けを待つ。それ以外はしない。警察や捜索隊が、もう一週間以上も行方を眩ませた俺たちをそろそろ見つけてくれるだろう。きっとそうだ。
だから、俺は、動かない。
体育館の隅でゴミのように、ただただ吹き溜まる。
「お願い。こっちを見て」
聞き入れない。
俺は動かない。
声の主は、声を震わせて、なお話しかけてくる。
「さっき、下戸山アスナちゃんが、息を引き取ったの……」
「……え?」
ギャルの名前だ。目を負傷して、眼帯をしていた。
トモコちゃんが死んで、あれからすぐ二回目のデスゲームが始まった。
結果だけ言えば、その時に三人死んだ。今回は執行猶予などなく、失格者は即座に吊るされた。
ヒトミちゃんと、ナツキちゃんと、サナちゃんだ。
サナちゃんの悲鳴が耳から離れない。壮絶な、トラウマ級の死に様だった。
それが、俺の心をへし折る致命的な出来事となった。
俺はそれ以来、ここにいる。もう嫌だ……。もう、何も、関わりたくない……。
……だけど、今日はデスゲームは開催されていない。
だからギャルが死んだと聞いて、意味が分からなかった。
また、キャットファイトが始まったのか? そんな騒動は感じなかったが……。もしそうなら、ギャルは弱からな……。大いに、あり得る話だ……。
「目の傷あったでしょ。それが化膿しちゃって、あんたが引き籠ったのと同じ時に、高熱が出ちゃって、最後までうなされながら、苦しんで、死んだわ」
「本当、なのか……?」
それは、本当に、ひどいな……。
苦しむギャルが脳裏をよぎり、いたたまれずに、顔を上げた。
「……いや、なんなん」
「えへへ。心配したでしょ」
目の前には、ギャルがいた。
自分の死を偽ってまで、わざわざ俺を煽ってきたのだ。
一瞬だけ、イラっとした。だけどそれを表現するだけの気力はない。
ただ真顔でギャルを睨むだけだ。
「なによ。別に、今まで熱が出て死にかけてたってのは本当だし」
なんだ、だとしたら、睨んで悪かったよ。
お前も大変だったんだな。
「そうだったのか。回復して、よかったな」
「よくねーよ」
俺の不用意な一言に、ピリっと空気が肌に張り付く。
「どうせまた、デスゲームが始まる。次は私が死ぬかもしれない。私が殺してしまうかもしれない。……そんな怖い思いをするなら、いっそ今、熱でやられてた方がよかったかもね」
だけど。と続ける。
ギャルの言葉は、生きることを決心した力強さが籠っていた。
「私は、絶対に死にたくない。ヒトミちゃんみたいに、空手で全国制覇するだなんて立派な目標もないし、ナツキさんみたいに、弱きを助ける天使のような人を目指してるわけじゃない。だけど私には、私なりに生きてやり遂げたい夢があるの。ここで、意味わかんないサイコパス野郎に邪魔される筋合いはないわ」
強い言葉が心を打つ。
彼女には……確かに生きる目的があった。
それはきっと、死んでいったみんなにもあっただろう。
俺がもっとちゃんとしていれば……運営の意図を読み取って、裏をかけていれば、まだ、そんな芯のある女性たちは生きて入れたはずなんだ。
俺はなんて、バカだったのだろう。
俺だけはこの中で唯一、命の保障がされているからといって……はしゃいでいた。
トモコちゃんが、運営の寄越した罠だと気づいて、俺は有頂天になっていた。
もっと慎重になるべきだった。
トモコちゃんもヒトミちゃんもナツキさんもサナちゃんも、俺が不注意だったばかりに、命のやり取りとしていないにも関わらず、出しゃばってしまったから……死んでしまった。
そんな事実を否定したくて、俺は閉じこもってしまった……。
それもまた、俺は選択を間違えた。男の俺がこんなにも弱みをみせるなんて、じゃあ他の女性陣はどうだというんだ。
みんな、俺と同じだ。いや、俺以上に、怖くて怖くてたまらない。
命がかかってんだ。当たり前だ。
こんな当たり前の話に、俺は今更、気付かされた。
ありがとう、ギャル。
俺はもう、選択を誤らない。
「ま、私は死にかけて、でも元気になったよって報告だけ。あと、この部屋常に明るいから気付いてないかもしれないけど、もう夜中だよ。みんな寝てるんだから、あんたも寝な?」
「あ、そうなんだ。……よかった」
ぽろっと本心が口から洩れた。
ギャルがそれに違和感を覚えて、俺に背中を向けてすぐ、振り返った。
「ん? 何?」
そんな彼女に、俺は力いっぱい、抱き着いた。
「うげっ」
トモコちゃんよりも肉付きはいいが、この子もどちらかというと線が細い。だけど胸は割と大きく……って、比べるな比べるな。失礼だぞ。
ともあれ、ギャルが何か声を上げようとしているので、俺はその口を手で塞いだ。
同時に自分の口元に指をあてて、「しー」と要求する。
コクコクと頷くギャルを信用して、口を押えている手だけは離した。
抱き着いたまま、俺は、ギャルに決意を打ち明ける。
「セックスしよう」
ギャルはびっくりしてビクンと飛び跳ねるが、声を出すことはなく、落ち着くまで、目を白黒させていた。
「……な、な、なんで、今……わ、私なんかと……?」
「決めたんだ。俺は、これまで、命のやりとりに加担しないように、逃げていた。だけどこれはもう……俺がどうこう動いて、これ以上死人を出さないようになんて、できなくなった。俺のせいだ。俺が、みんなを殺したんだ。そして……これからも、デスゲームを通して、たくさん死んでいく……だから、決めた」
ギャルの目を見据えて、そして、ぷるんと潤ったその唇を奪った。
「ん……むぅ……!」
一生、この柔らかな感触を味わっていたいと思った。
だけど、十秒くらいで、名残惜しくその唇を一旦、手放す。
ギャルは顔を真っ赤にして、肩で息をしていた。
「もう人死にを回避する手段はない。だったら俺は、お前とここを出る。お前を選ぶ。お前とセックスをして、みんなを犠牲にして、この部屋を出る」
「……本気? それは辛い選択だよ。私だって……もしそうしてここを出たら、一生、立ち直れないかもしれないよ……」
「お前は、一人で生き延びるわけじゃない。俺も一緒だ。……二人で、乗り越えよう」
涙が頬を伝う。視界がぼやけて、こんなに近くにいるギャルの顔も、あまりよく見えない。
だけどギャルも、俺の言葉に、決意したようだ。
涙で上ずった声で、力強く、俺を受け入れてくれた。
「わかった。これ以上、あんたにばかりこんな話させるのは、ズルいよね。……セックスしよ。二人で、この苦しみを乗り越えていこうね……」
そして、俺たちは重なった。
彼女が下で、俺が上だ。
途中で逆になって、でもまたすぐに元に戻った。
――やがて、セックスしないと出られない部屋の、重くて頑丈な扉が開いた。
寝ていた皆は一斉に、天井高く吊るされた――。
俺とギャルのみが生き残った。
地獄の人生を、これからも、二人で歩み続けることを約束して……。
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