13:セックスしないと死ぬ部屋
「ちょっと待て。おかしい、何かがおかしい」
「……なぁに?」
ふわふわに恍惚とした感情に支配されていた脳みそが、次第に冷静になっていく。
ピンク色の景色が、一気に現実の色に戻る。
突然、態度を一変させた俺に、不満げな表情をして見せるトモコちゃんは確かに魅力的だが、今はもう、素直に性欲に溺れることができない。
この疑問は、直ちに解決しなきゃならないものだ。
後回しにして、目の前の快楽に酔いしれてしまえば……必ず致命的な事態に陥る。そんな気がする。
張り紙のルール説明に、失格者への言及が為されていないことに違和感を隠せない。
失格者という定義は、俺の精神力がペラ紙レベルだから、急遽設定したルールだとしよう。
運営が特例で作った制度だとしよう。
だからといって、運営の発言は、まるで「この女とセックスしろ」と言わんばかりにあからさまな誘導だったと思う。
その理由は……俺をハメるため。
この『セックスしないと出られない部屋』における絶対条件が、あくまでも、扉に貼られていた『ルール』を厳守するものだとしたら、俺とトモコちゃんがセックスしたら……みんな、死ぬ。
……え、これ、かなり際どいところだったんじゃないか?
考えれば考えるほど……俺、かなりのファインプレーじゃないか!?
やべえええ! あぶねえええ!
「ねえ、テルヒコ……どうしたの? シようよぉ」
「ごめん! トモコちゃん俺、すげえ発見しちゃった! 端的に言うと、セックスはできないってことなんだけど……」
「はあ?」
アハ体験バリに脳汁が溢れ出し、興奮冷めやらぬままトモコちゃんに状況の説明をした。さっきまで別の興奮に浮かされていただけに、禁欲のパワーでより力強く自身のアハ体験を打ち明ける。
「というわけで、セックスしたら、たぶん、他のみんなは死ぬ。失格の定義がわかんないけど、たぶん、トモコちゃんも……今セックスすれば、もう用済みとして消されるかもしれない」
消される云々はただの憶測だが、これを否定する要素がどこにもない。
「ふぅん。それじゃあ、私とはもう、セックスできないってことか……」
「ごめん、トモコちゃん。この疑惑は軽視していい問題じゃないと思う。……俺はやっぱり、これまで通り、うかつにセックスできない」
「そっか……」
「……ごめん」
はぁ。とため息をつかれた。俺は乾いた笑みでそれを受け流した。
そしてトモコちゃんは、一言だけ残して、パーテーションの外に出た。
「ちっ、失敗した」
――へ?
外に出て、みんなの前に行くと、「え、もう?」「早くない?」などとボソボソ言ってるのが聞こえる。死にたい。
トモコちゃんはそんな声を無視して……突如として、大声で叫んだのだった。
「運営いいいいいーッ!!! 失敗した! あああ! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した! 失敗した!」
床をダンダンと踏みしめ、そう繰り返すトモコちゃん。
誰もが戦慄した。俺も、恐怖に、鳥肌が立った。
トモコちゃん? 何言ってんだ? 失敗って、なんの話だ?
ガクガクと足が笑う。こんな、恐ろしいことが、あっていいのか。
トモコちゃんが、叫び疲れて大きな息を吐いて、俺を見る。
憎悪の眼差しが、心臓に突き刺さる。
「この、人殺しが」
そう言い残して……トモコちゃんは、忽然と消えた。
いや、消えたんじゃない。瞬間的に、浮き上がったのだ……。
前よりもずっとずっと高く、明るすぎる照明のさらに上まで……吊り上げられていた。
その体は、ビクンビクンと数回跳ねて、すぐに、動かなくなった。
『佐治トモコ! 死亡! 佐治トモコ! 死亡! 佐治トモコ! 死亡!』
感情のカケラもない電子音が響く。
その言葉が受け入れられない。
理解したくない。
『彼女には、敗者復活チャンスを与えていましたが、流石は渡辺テルヒコくん。寸前で看破しましたね! 素晴らしい洞察力です!』
かんぱ?
敗者復活チャンスってなんだ?
何を言っている、こいつは……?
トモコちゃんを、はやく、助けないと……。
『それでは見事にレクリエーションを盛り上げてくれた渡辺テルヒコくん。――最初の犠牲者に、ぜひ、弔辞を一言でもお願いいたします』
な、に、を……!!!
ふざけるな! お前ら、人を一人殺しておいて……何を暢気な……!
「ああああああああああああ!!! うわあああああああああああああ!!! 出てこい!!! お前ええええ! ぶっ殺してやる!!! ぶっ殺してやる!!!!! うわあああああああああ!!!」
『あっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっはっはっはっはっっはっは』
俺の怒声と、機械音の耳障りな笑い声と、女の子たちの泣き叫ぶ声が……空間を延々と鳴り響いた。
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