12:セックスしても出られないけどセックスすることになる部屋

 トモコちゃんが抱き着いてきた。彼女の甘い体臭に、ふやけてしまいそうだ。女の子が放つフェロモンの匂いというのを、今初めて知った。

 密着した彼女の肉体は、細く小さく、少しでも強く抱きしめたらたちまち骨が折れてしまいそうだと思った。


 だから、どうにか……俺は、トモコちゃんを抱きしめ返すことをせずに済んだ。

 パーテーションで区切っただけでも、こんな狭い二人だけの空間で、ここまで体を密着させてしまえば、タガなんて一気に消し飛ぶ。

 今はどうにか、擦り切れる寸前の理性がギリギリで勝っているだけの状態だ。


 もうあと一押し、何かあれば……俺は彼女を押し倒してしまうだろう。その点に関しては、『抱きしめ合う』なんて行為をしなかったのが幸いした。

 そうでなければ、生物としての、オスの本能に抗えなくなってしまっていた!


「トモコちゃん、とりあえず、一旦、離れよう? な? な?」


「チッ……根性なし」


 舌打ちと共にグサリと刺さる言葉にも、救われた。

 彼女の肩を掴んで、俺の腕の長さと同じ分だけ遠ざける。まだ十分近いが、これ以上引き離せないのだから仕方ない。俺がテナガザルならもう少し遠くへ追いやれるのに、残念ながら俺は人間なのだ。


「あんまり、自暴自棄にならないでくれ。投げやりの気持ちで俺とセックスしたって、きっと終わった後後悔するって」


「悪いね、自暴自棄で。それに私はヤらずに後悔するより、ヤって後悔したいタチなのさ」


 何カッコイイこと言った風にキメてんだ。

「とりあえずセックスしようぜ!」と誘ってくるテニサーのヤリチン先輩と同義だぞ。

 だけどこのヤリチン先輩しぐさは、マズい。

 だって俺に断る理由がないんだもの。

 このままじゃ普通に押し切られる……! どうにか、どうにかしないと……!?




 ……いや、押し切られて、何が問題なんだ?

 トモコちゃんは失格を言い渡され、今はただ死を待つ身だ。

 運営も言っていた。『自由にセックスしていい』と。

 この『セックスしないと出られない部屋』において、セックスしても意味がないと太鼓判を押されたようなものだ。


 だからトモコちゃんとセックスをしたところで、皆は死なないし、俺は彼女が望む限り、気兼ねなく、彼女とセックスをしてもなんら問題はないのだ。


 ――本当にそうか?

 何か引っかかる……。でもそれが何かわからない。

 無意識で、運営の目論見通りに事が進んでいるような気がして、それを必死に拒んでいるような感覚だ。あいつらの嬉しがることなんて、たとえ俺への最高のご褒美だとして、絶対に受け取ってやらないという決意がある。だから、今の状況がまさしく奴らの思惑通りならば、これほど腹立たしいことはない。

 物事は常に、冷静に判断することが大切だ。


「話は聞かせてもらったぞ」


「げ、み、皆――!」


 すると突如、パーテーションが開かれた。

 そこに立ち並ぶは、ここに閉じ込められたほぼ全員。

 ある者は泣きながら、ある者はウブに頬を赤らめて、俺たちの話を盗み聞きしていたのだった。


 まあ盗み聞きというか、たったパーテーション一枚隔てただけの空間で、別段、小声で会話をしていたわけでもない。

 丸聞こえなのだ。致し方ない。


「テルヒコくん、私たちからも、お願いだ。――トモコちゃんと、どうかセックスしてほしい」


 みんなの意見を代表してヒトミちゃんが声を上げた。みんなをどつき回してハブられてからというもの、意気消沈していた彼女ではあるが、俺に腕相撲で勝ってからは再び息を吹き返し、はつらつな性格に戻っていた。

 だからといって、よくもまあそんな恥ずかしげもなく……。


「いやセックスしろったって……なあ……」


「テルヒコくん、聞いてくれ。これは別に、トモコちゃんの願いを叶えてあげたいという思いばかりでもないのだ。いわゆる……そう、保障だ。私たちは、保障が欲しいのだ」


「保障……?」


「ああ。だってこのデスゲームは、きっとこれからも開催されるだろう。きっと失格者も後を絶たないはずだ。……そうなった場合、テルヒコくん。私たちはきみと……セックスしたいと思ってる」


「はあ!?」


 いきなりなに!? なんでそうなるの!?

 ――禁欲してきたこれまで。いきなり、これほどの数の女の子からそんな目で見られるなんて……非常にまずい。

 絶対に笑ってはいけないセックスしないと出られない部屋。

 俺は、エロい欲望にニヤニヤ気持ち悪い笑みを絶やすことができなくなってしまう――!


 命を軽視してるわけじゃない!

 女の子をあざ笑うわけじゃない!

 だけど! 欲望には……なかなか勝てねえんよ!

 ついつい口角が上がってしまうんよ!


 だからそれを必死で隠す。

 うつむいて、いっそ手で顔を隠して、血が出るほど舌を噛んでプルプル震えた。


「……そんなこと、言うなよ。みんなで生きようぜ。生き残る方法を考えるんだ」


「もちろんだ。だけど、今は、どうかトモコちゃんの願いを叶えてほしい。……私たちのためにも」


 ヒトミちゃんに言われて、トモコちゃんを振り返る。

 細身でちっちゃくて、それでも21歳らしい大人びた風格がある。黒いパンクロック調の服がわりとピチピチで体形が分かる構造になっていて、白い生足が汗でしっとり湿っているのが見てとれた。

 足だけではなく、腕も、開いた襟元も、肌が露出している箇所の全てにドキっと心臓を締め上げられる。


 何を意固地になっていたんだ、俺は。

 トモコちゃんが望んでいる。みんなもそれに同調している。

 何より俺も、我慢なんてもう、できそうにない。


 運営の思惑通りだとして、それがどうした。

 奴が失格と言ったんだ。セックスしても良いと言ったんだ。

 なら遠慮なく、させてもらおうじゃないか。


「ごめん、トモコちゃん。なんか俺、ビビってた。……俺なんかでよければ、しよっか。セックス……」


「ったく、優柔不断っぽいのが癪だったけど、ちゃんと決めれて、偉いじゃん。……じゃあ、しよっか……テルヒコ」


 俺は、今度こそ自分の意志で、トモコちゃんをぎゅっと抱きしめた。

 周りの女の子たちはキャーキャーと小さく喚いて、あ、ここじゃ声が駄々洩れじゃんと思いつつ、だけどもう我慢できないので、さっさとパーテーションを閉めて、薄暗い室内で、トモコちゃんの顔を、間近でまじまじと拝んだ。

 ちっちゃくて、奇麗な顔だ。

 白い頬に赤みが走り、とろんとした目が、俺を見つめ返している。


「ねぇ、テルヒコぉ……ちゅーして?」


 彼女の唇が尖って……俺は、極めて紳士的な態度を胸に刻んだのち、その小さくすぼめられた唇にむしゃぶりついた。紳士になんてなれなかったよ……。


 さっき血が出るほど噛みしめた舌が痛くて、後悔した。


 唇を重ねつつ、痛みに耐えつつ、彼女の服に手をかけて――。


 ――ふと、急に、冷静になった。

 舌の痛みが少しだけ性欲をかすれさせたのだ。そのかすれた意識に、余計な思考をする余裕をもたらし……ある文言が蘇る。




『ルール』


『・なお、出られるのは最初にセックスした二名のみである』


『・この場合のセックスとは、生物学的な異性同士でのみ適用される』


『・定期的に親睦を深めるオリエンテーションを開催するため、全員参加するべし』


『・最初にセックスした二名以外の者は死ぬ』




 そういえば、このルールってさ……。




 ――何一つ、失格者に対して、言及されてなくね?

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