11:セックスしないとセックスすることになる部屋

 ここはセックスしないと出られない部屋。

 ここにはなぜか、40人もの人たちが一斉に閉じ込められていて、男は俺一人。

 俺がこの中の誰か一人とセックスをすれば、少なくとも、俺と、セックスした相手の二人は外へ出ることができる。

 だが、残りの38人の女性たちは、殺されてしまうという、マジで意味わからん部屋。


 そしてなぜか、定期的にデスゲームが行われる。


 先日行われたデスゲームで、最下位となった子がいた。本来、彼女は死ぬはずだった。

 しかし佐治トモコちゃんは、まだ生かされていた。


 しかし生きていたとして、デスゲームの敗者は、この【セックスしないと出られない部屋】における失格者……例えセックスをしても出られない。最終的に、セックスをした二人以外の死者として扱われる。

 そうじゃなくても、運営が、いつまでも失格者を生かし続けるとは、考え辛い。

 ……いずれ、確実に訪れる死に怯えながら、トモコちゃんは、眠れぬ日々を過ごしていた……。




 ──ナツキさんが、パーテーションで区切った部屋から、暗い顔をして現れた。

 看護師として、トモコちゃんの様子を見ていたのだ。


 パーテーションの奥には、布団にくるまって、もう三日も何も食べていない、トモコちゃんがいる……。


 パーテーションも布団も、テレビなどが置いてあった、舞台袖の備品室みたいな場所にあったので拝借してきたものだ。

 布団は人数分あったので、トモコちゃん以外も最低限の寝床につけたのは、正直ありがたかった。


 固くて冷たい床の上は、人が寝るにはあまりにも適さないからな。

 ……まあ、当のトモコちゃんは、布団一枚あろうがなかろうが、一睡もしていないようで……。飲まず食わず、不眠も合わさり、彼女は運営が手を下すまでもなく、もう、限界が近かった。


「脈拍もかなり弱まってるの。生きることを諦めてしまったかのように、どんどん衰弱していってる……」


 ナツキさんが絞り出すように声を発した。

 こんなにも、肉体が細胞単位で死に向かっているような患者は見たことがないとも。


「筋力もみるみる失っているんです。もう、自分で立てるかどうか……」


「たった三日で、そんなになるもんなのかよ……」


 学生の頃、交通事故で二ヶ月間入院したことがある。肺と消化器系がズタズタで、結構ひどい重体だった。最初の一ヶ月は絶食だった。

 それでもその期間中に歩けるまでに回復して、一人でトイレに歩いたもんだ。


 まるで頑丈だけが取り柄のような俺と引き換え、たった三日で、歩けなくなる子がいる。

 女の子っていうのは、なんて、か弱い生物なのだ。


 深刻な面持ちでいると、またパーテーションから姿を表す者がいた。

 元気少女ヨーコちゃんだった。

 トモコちゃんもヨーコちゃんも体型がヒョロガリで、初日から「体型に合う服ないよねー」と意気投合した仲だ。


 ナツキさん同様で、数少ない、パーテーションの内側に入れる一人となっている。だけど彼女の飲食の訴えも、トモコちゃんの前では空を切るばかりだった。


「うう、ぐす……。テルヒコくん、こっち来て……」


 鼻水をすすり、涙を拭きながら、俺を手招く。

 俺は、これまでパーテーションの内側には進入禁止だった。

 男の俺がトモコちゃんに会ったところで、何もしてやれることなんてないのだ。

 セックスしたって、生き残れるわけでもない。慰めにすらならないと思っていたからだ。


 それに、運営からセックスしてもいいと許可が降りたという状況が気に食わなかった。

 ふざけんな。なんで俺の性行為に見ず知らずの第三者が関与してくるってんだ。

 それはきっとトモコちゃんも同じ気持ちだっただろう。俺を遠ざけたのが証拠だ。まあ、普通に性欲のメガネでみてくる男は怖いってだけかもしれんが……。


 俺は彼女に、セックス以外にしてやれることなんてないのだ。


「わかった。今行く」


 覚悟を決めて、パーテーションの内側に入った。




「……来たね、色男」


 トモコちゃんのその姿は、想像していたよりも、元気そうだった。

 元々華奢ではあったので、たしかに細くて病弱な印象を受けるが、唇は桃色でみずみずしく、肌艶もいい。


 ……パンクロックな衣服からちらりと見える肌色に、インナーは未着用であることが伺えた。

 黙っていると、トモコちゃんは早速と要件を切り出した。


「まあ、なんだ。私ら、自己紹介で知り合ったくらいなもんで、何も会話らしいことなんてしてないけどさ……頼みがあるんだ」


「……ああ。なんだ?」


 トモコちゃんはふふっと一笑い。

 照れくさそうにそっぽを向きながら、答えた。


「私さ、21歳になるんだけど……実はまだ処女なんだよね」


「そうは見えないよ。貫禄ある」


「はははっ、貫録ってなんだよ。ヤリマンの貫録? ……まあ、言わんばかりで、それっぽい雰囲気は意識してたんだけどね」


「やっぱり。意識してたんじゃん」


「うるさいね。今はそんなこと、どうでもいいんだよ。……どうせもうすぐ、死ぬんだし……」


 涙をこらえて……少し、黙った。

 深いため息を吐いて、暗い感情を殺して、トモコちゃんは、本題を口にした。


「でさ。……最後に、さ。経験してみたいんだよね。私だって、そういうこと、興味ないわけじゃないし……愛し合うってどんな感じなのか……知りたいんだ」


 ピアスだらけの耳まで真っ赤にして、トモコちゃんは潤んだ瞳で俺を見つめた……。細い体に赤みが帯びる。呼吸もこころなしか、早くなって、心臓の音まで聞こえてきそうだ。いやこれは、俺の心臓の音か……? ドクドクドクドク、うるさく早くがなり立てている。


「お願い、テルヒコ。――私と、セックスして?」


 頭がクラクラして、俺は今にも、ぶっ倒れそうだよ……。

 俺だってな、人並みの性欲はある。それをこの数日、女の子だらけの中、抗ってきたわけだ。


 我慢の限界は、とっくに超えてんだよ……。

 そして目の前に、セックスを望む女性かつ、セックスをしても罪悪感をあまり感じない状況。

 当然俺は、そんな甘美な誘いに、飛びついたのだった。

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