10:セックスしないとデスゲーム敗者に処分が下る部屋
『敗者! 佐治トモコ! 失格決定! ──死んでもらいます!』
電子音性が無機質に絶望を告げると、眩しいまでの照明はふっと消え、途端に辺りは漆黒に包まれた。
ドクンと心臓が跳ねる。喉が狭まり、息が、うまく、吸えない……!
たった今から、目の前で、人が死ぬ。この暗転が明けたら、どれほど苦痛を伴う光景に変わっているのか。
考えたくもない想像をしてしまって、胸が詰まった。
そして間もなく、赤色灯が灯った。
体育館内は赤く染まる。次いで心の底から震えあがるようなサイレンが絶えず鳴り響き、事態の重さを誰もが自覚させられた。
人が死ぬ。今ここで、死ぬのだ。俺たちの目の前で……!
あまりの恐怖に……泣きそうになる。
現に女性陣はほとんどが恐怖に蹲り、悲鳴を上げてはサイレンにかき消されていた。
当事者であるトモコちゃんは……立ち尽くし、絶望に、股と足回りを濡らしていた。
今にも倒れそうにフラフラと、まるで腰の据わっていない赤ん坊だ。
……俺はたまらず、トモコちゃんの肩を抱いた。マッチ棒みたいに華奢な体を、力強く抱きしめる。
「ひっ!」
「ごめん驚かせて! だけどしっかりしろ、何かこの状況を逃れる方法があれば……!」
「あ、あるの……? わ、私が死なない方法が……?」
ない。今は何も、考えはない。
だけど黙っていられるか! 人が死ぬ現場なんて見たくねえんだよ!
彼女を支える手にぐっと力を込める。誰にも渡すものかと、威嚇するように、ウーウーうるさい赤色灯を睨みつけた。
『渡辺テルヒコくん。どいてください。佐治トモコさんはこれより失格処分の対象となります。執行の邪魔になる行為はやめてください』
「うるせえバーカ! みすみす殺させるかよ! トモコちゃんは絶対放さねえぞ! だって死ぬ意味ねえだろ! おかしいって!」
『困りましたねぇ。……どう思いますか? 佐治トモコさん?』
「あ……」
名前を呼ばれて、トモコちゃんはビクンと身を震わせたかと思うと、突然、俺を突き放した。
……え?
「ごめん。私、おしっこ漏らしちゃって、汚いから……近づいちゃダメだから。めっちゃ恥ずいし……あれ?」
この状況で、突然何を言い出すんだ? しかしそんな言葉を放ったかと思えば、はっと我に返り……トモコちゃんは、絶望に顔を青くした。
「ちょ、ちょっとあんた! なんで離れちゃうのさ! 一人にしないで、お願い! 死にたくない!」
「いや離れてったのはトモコちゃんの方……」
って俺も暢気に弁明してる場合か! はやく近くに……!
「ああ……嫌! 嫌あああああああ!」
ああ、ダメだ……。トモコちゃんが浮き上がった。
ギャルがそうだったように、ふわりと宙を舞うのだ。もう俺の手が届く距離にいない。
俺は、喚きちらすことしかできない!
赤色灯が目障りだ。サイレンが耳障りだ。
全部止めろ……全部、人殺しも、止めてくれ!
「う、うわああああああああああああああ! やめろおおお!」
『失格処分。執行――!』
「あ」
暗転――。
体育館は再び、漆黒に包まれた。
サイレンも止まった。耳が残響でキーンとうるさいだけで、辺りは、誰もいないんじゃないかってくらい静寂だった。
しばらくして、これまでの眩しいまでの照明がパっと点き、ちゃんとこの空間には、皆がそろっていることが伺えた。
――そう、みんな、いた。
「……あれ? 私……なんか生きてるんだけど……?」
本当に、何がどうなっているのかわからない。そう話す佐治トモコ。
耳にいっぱいついたピアスをチャラリと触って、なぜか恥ずかしそうに、顔を赤らめていた。
死んで、ない……。
目頭に溜まった熱が、熱い雫となって、頬を伝う。
「ほ、本当に、トモコちゃんなのか……?」
「え、うん。なんか……全然、どこも痛くないし、割と元気……ひひっ」
はにかんで、シャツの裾をぐいっと下に引っ張っていた。
『えー、皆様にお知らせです。佐治トモコさんの処分は急遽、延期となりました』
機械音声が鳴り響く。
延期? 急遽? こちらとしてはありがたい話だが……たとえ、最悪の事態を先延ばしにしているだけだとしても、束の間の安楽は、切に望むところだった。
だがなぜ?
『理由を説明します。このままでは、唯一の竿……男性である渡辺テルヒコくんの精神に著しい損傷が生じる可能性が出てきました。【セックスしないと出られない部屋】において【セックスできない状況になる】ことはこちらとしても避けたい。そこで、ある程度の日数、佐治トモコさんの処分は保留することにしました』
なんじゃそりゃ!?
俺が豆腐メンタルだから、デスゲームだけど人は殺さないっていうのか!?
よかったああああああ!!!
一先ずは、な……!
『もちろん、佐治トモコさんは今後も失格者として扱いますし、いずれ処分は下るでしょう。それまでの短い期間、……ああ、セックスもご自由にしていただいて構いませんので、そこは渡辺テルヒコくんの判断に任せます』
「いや俺だけの判断に任せられるか。同意あってするもんだわ」
運営の口ぶりは、ただの執行猶予でしかないというニュアンスが存分に感じられた。
失格者として扱うというのは、セックスを自由にして構わないという言葉に繋がるのだろう。つまり『セックスしても部屋から出られない』ことを意味する。
いずれ処分が下るというのも、いずれ、殺すということに他ならない……。
『そこで、皆様には、佐治トモコさんに後悔がなく死ねるよう、全力でサポートしていただくことにしました。佐治トモコさんが納得して死を受け入れられれば、渡辺テルヒコくんのストレスもかなり激減するでしょう』
「はあ!?」
あ、頭おかしいぞマジで、このクソ野郎は……!
後悔なく死ねるように!? サポートしろだと!?
お前が! 殺さなければ済む話なんだよ!!!
根本的に、こいつにはほとほと常識が通用しない。
これだけの人を集めて、セックスしろ。でないと殺すぞなんて、正常な考えでこそに行き着くはずがないのだ。
……だけど、逆らえば、超能力で殺される。
ギャルもトモコちゃんも宙を浮いた。奴の力は、忌々しいが、ホンモノらしい。
結局、奴の横暴に、俺は憤ることしかできないのだ。
『というわけで、皆様。よりよい【セックスしないと出られない部屋】の運営にご協力下さい。では、これにて、オリエンテーションを終了いたします。ご参加ありがとうございました』
ブヅッ。と、一方的に、放送が終了した。
よりよい【セックスしないと出られない部屋】の運営にご協力下さい。
じやねえよ!!! だれが協力するか!!!
「うう……生きてる……私、まだ、生きてていいんだ……! うぐ、ううう!」
……だけど、トモコちゃんが、まだ生きている事実には、素直に喜ぼう。
また、死が目の前に迫っている彼女を、みすみす無下にはできない……か。
結局、運営の言う通りなるんだな。
くそ……。それは、俺たちの意志で、自発的にやることなはずなのに、運営に先回りされてしまったおかけで、トモコちゃんに善意を向けるたびに、モヤモヤが募るな、こりゃ。
ああ……腹立つなあ!!!
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