第2話 マーゴットの長い闘い

 前回までのあらすじ。

 主人公・松本まりなは、ある朝、童話『シンデレラ』の世界に転生していることに気付く。

 ……ただし、シンデレラの義理の姉・マーゴットとして。

 もしもこの世界の物語が原作通りに進んでしまえば、マーゴットは鳩に目を潰され失明し、破滅エンドを迎えてしまう。

 なんとか破滅エンドを回避して元の世界に戻らなければ、と奔走するマーゴットだったが……?


 私は、破滅ルートを回避するために、まず物語の根底を変えてみようと思いました。

 継母イライザと妹のヴァネッサに、そもそもシンデレラをいじめるのを辞めさせようと思ったのです。

『シンデレラ』という物語は、そもそも継母と義理の姉たちがシンデレラをいじめなければ成立しないお話です。

 シンデレラをいじめないお話なんて駄作になってしまうかもしれませんが、私には『シンデレラ』が駄作になろうが傑作になろうが知ったことではありません。ただ、元の世界に帰りたくて必死だったのです。


「お母様、ヴァネッサ。もうシンデレラをいじめるの、辞めにしない?」


 私が話を切り出すと、イライザとヴァネッサは怪訝な顔をしていました。


「お姉ちゃん、やっぱりちょっと変。どうしちゃったの?」


「シンデレラになにかされたのかしら? 自ら率先してシンデレラをいびり倒していたあなたが、そんなことを言うなんて……」


「私、もう他人をいじめるのは嫌なの。気分が悪いし、いじめなんてカッコ悪い。こんなことしてたら、私たち地獄に落ちるわよ」


 地獄、という言葉を聞いて、ヴァネッサは少し怯んだような顔で私を見ていました。

 イライザは冷ややかな目をしています。


「今のうちなら、シンデレラに謝れば許してくれると思うわ。このままシンデレラをいじめ続けるようなら、お父様に告げ口するから」


 シンデレラの父親は、遠くへ出稼ぎに行っていますが、定期的に家に帰ってくるはずです。父親がいない隙に、私たちはシンデレラをいじめていたのですから。


「ちょ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん! お義父様にそんなことを言ったら、お母様は離婚を突きつけられてしまうわ!」


「そんなの、自業自得でしょう。今までシンデレラをいじめてたツケが回ってくるだけなんだから」


 イライザは、黙って私を見つめていました。


「――マーゴット。本当に、それでいいのね?」


「ええ、お母様。私たちは潔く罰を受けるべきなのです」


「あなたの言いたいことは、よくわかったわ」


「ちょ、ちょっと、お母様――」


 ヴァネッサがなにか言いかけたのを、イライザは手で制したのです。


「マーゴット、あなたの言ったことをよく考えておきます。私たちが今後どうするべきかも、私がきちんと考えておくわ」


 私は、それを聞いてホッとしました。イライザは、話せばわかってくれる性格のようです。そこまで腐ってはいないようでした。


「ありがとうございます、お母様」


「早速で悪いんだけど、井戸から水を汲んできてくれないかしら、マーゴット。シンデレラをもうこき使わないというのなら、自分でできるわね?」


「はい、もちろん!」


 もしかして、これってシンデレラの代わりに私がイライザたちからこき使われるルートに変化したのかしら?

 しかし、私はそれでも構いません。失明するよりはマシでしょう。

 私は屋敷の中庭にある井戸へ向かい、水を汲み上げようと手をかけました。

 

 すると、ドンッと後ろから突き飛ばされたのです。


「え?」


 私の身体は宙を舞い、井戸の中へ転落しました。

 バシャンと、私は井戸の中に溜まった水に落ちたのです。

 一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。


「お母様、これでいいのよね……?」


 井戸の上のほうから、ヴァネッサの声が聞こえてきます。

 私は、ヴァネッサに井戸の中に突き落とされたのだと気づきました。


「ちょっと! どういうこと!?」


 私が懸命に水を手でかきながら叫ぶと、イライザの声が聞こえてきました。


「マーゴット、あなたが悪いのよ。お父さんに告発しようなんて悪い子は、うちにはいらないの。悪いけど、そのまま死んでちょうだい」


「そんな!」


 井戸は思っていたよりも深く、水も私の身体をすっぽりと包める程度に溜まっていました。

 井戸の中の壁面はツルツルしていて、爪を立てても登れません。

 犬かきをしていた私は、やがて力尽き、水の中へ意識ごと沈んでいったのでした……。


「――ハッ!」


 私は悪夢を見たように飛び起きました。

 全身が嫌な汗でびっしょりです。

 周りを見渡すと、自分のあの木造の部屋でした。

 トントンとドアをノックする音が聞こえて、「マーゴットお義姉様、朝食の用意ができました」と恐る恐る部屋に入ってくるシンデレラ。


(……今までのは、夢……?)


 しかし、またヴァネッサが「もう私、お腹がぺこぺこなんだけど!」とシンデレラの背中を蹴飛ばすところまで初日のままです。

 どうやら、神様か作者か……何らかの意志が、「これはボツ」と書き直しているかのような、やり直し、リセットの状態に戻ったようでした。


(どうやら、『正解』になるようなルートを選ばないと先に進めないのかも……)


 そう思った私は、試しに別の方法を取ってみることにしました。

 まずは本来のシンデレラのストーリーに沿ってみようと思ったのです。

 この際、元の世界に戻れるなら、失明しても現実世界の私には関係のない話ですから。

 シンデレラをいびり倒し、彼女を置いて舞踏会へ行き、シンデレラを探す王子様の持っているガラスの靴に足が入らないことを確認して、彼女が王子様と結婚するのを見届ける。

 私はいじめが好きではありません。心が痛みながらも、シンデレラをいじめて、無理やり笑顔を作っていたのでした。

 舞踏会にシンデレラが現れたのを見た時はホッとしましたし、彼女はやはり美しいと思いました。それは魔法のドレスや化粧のおかげばかりではありません。彼女は会場の中でも、ひときわ輝きを放っているようでした。王子様が独占したがるのも納得です。


「なによ、あの女! どこの国のお姫様?」


 ヴァネッサが悔しそうにハンカチを噛んでいるのを、「あなたがいじめていた召し使い同然の女の子よ」と言いたくなるのをこらえて、私はシンデレラと王子様のダンスを眺めていました。


 そして、12時の鐘の音とともに、シンデレラは慌ててその場を去り、あとにはガラスの靴が残されるのです。


 あとは、読者の皆さんも結末をご存知のことでしょう。

「ガラスの靴を履けたものは王子様と結婚できる」というお触れが出て、国中の女の子がガラスの靴を履くことになるのです。

 もちろん、シンデレラ以外の女の子にガラスの靴はぴったりハマりません。

 そして、シンデレラは王子様と結ばれ、結婚式が開かれました。

 結婚式に参列した私たちに、シンデレラを慕う鳩が「お前らはどの面下げて彼女の結婚式に来たんだ!」と襲いかかり、私とヴァネッサは目をつつかれて失明し、イライザは一生目が見えない私たちの介護をすることになるのです……。


「――ハッ!」


 私はまた飛び起きて、初日に戻っていました。


「……え? またやり直し……?」


 おかしい。原作のとおりに話を進めたはずなのに……。

 私は首を傾げながら、シンデレラに髪をブラッシングしてもらっていたのでした。


 それからも、様々なルートを試してみましたが、すべて失敗。何をやっても、初日に戻ってしまいます。

 神様か本の作者が話に迷ってるのか知らないけど、どんな方法を使っても、私は元の世界には戻れないのかも……。

 私が中庭で落ち込んでいると、足元でカサカサと音がしました。


「え、な、なに……?」


 足元を覗き込むと、一匹のネズミが私の足元に近寄ってきていました。


「い、いやーっ! ネズミーっ!」


 私が思わず叫び声をあげると、シンデレラが駆けつけてきました。


「ご、ごめんなさい、私のネズミがご迷惑を……! どうかお許しください……!」


 ビクビクと怯えながら謝るシンデレラ。


「あ……もしかして、シンデレラの家事を手伝ってくれるネズミ……?」


「え? どうして、マーゴットお義姉様がそのことをご存知なのですか……?」


 彼女は、パチパチと目をまばたかせていました。

 私は、ちょっとしまった、と思っていました。

 シンデレラの義理の姉が、彼女が動物の力を借りて、家事を手伝ってもらっていることを知っているはずがないのです。


「え、ええと……こないだ、偶然見ちゃったのよ。あなたがネズミたちに手伝ってもらって、部屋の掃除をしてるとこ……」


「そうだったのですね……。あの、このこと、お義母様には……」


「大丈夫よ、内緒にしてあげる。お母様が、あなたがネズミを操ってるなんて知ったら卒倒してしまうわ」


「操るだなんて、そんな……。この子たちは、友達として私を助けてくれるんです」


 シンデレラは、その純粋な心のために、動物たちと心を通わせることができます。動物たちは、みんな彼女を慕っているのです。

 結婚式の件の鳩だって、シンデレラのために義理の姉たちに復讐してくれるのですから。

 

 その時でした。

 私の脳裏に、ある恐ろしい考えが浮かんだのです……。


〈続く〉

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