第9話 夕べ

 ピーは私の足音がわかる。

 夕方家に帰るとき、家に近付く私の足音を聞き分け、ピーは家の中で「ピッピッピ!」とはしゃぎはじめる。小さなピーの高い鳴き声はよく鳴る笛のように夕暮れ時に外まで響く。玄関を抜け居間の引き戸を開いたら、「ピッピッピ!」と鳴きながらピーは一直線に私のところに飛んでくる。晩御飯を食べる間も私のまわりでピーはぴちぴち話し続ける。仕事から帰ったお父さんに、今日あったことを話すためくっついてまわる子供みたいに。


 お風呂の中から「ピー」と呼ぶと、ピーは居間から「ピッピッピ!」と大きな声で返事する。「ピー」「ピッピッピ!」「ピー」「ピッピッピ!」お風呂と居間で掛け合いを続けていたら、「ピーが必死に呼んでかわいそうだからやめなさい」と母から叱られる。お風呂からあがるとピーはやっぱり「ピッピッピ!」と声をあげて私のところに飛んでくる。


 遊んでいて眠くなったピーはほわぁっとあくびをする。縦に開いたくちばしの中から小さなピンクの舌が見える。ピーを鳥かごに連れていくと、自分でぴょいっと中に入って止まり木にとまる。しばらくしてこっくりこっくり舟をこぎはじめ、寝入ってしまうかと思う瞬間、はっと目を開け体をぷるぷる揺する。全身の羽毛をふわっとふくらませて、くるっと首を後ろに回し、背中のふくらんだ羽の中にくちばしをうずめて、ピーはきゅっと目を閉じる。眠くなった子供が無造作に毛布に顔をうずめるようなそのしぐさに見入ってから、かごの上に暗い色の布をかける。


 連れていくときに目を覚まして、まだ寝ないと怒るときもある。鳥かごの中で、まだ遊び足りないとごねるようにぐじゅぐじゅ言うが、それでもかごが布で覆われ暗くなると、すうっと寝入ってしまうのはヒトの子と同じである。

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