第8話 ピーの本能
母は編み物や裁縫が好きで、どの部屋のティッシュの箱にも母お手製のカバーがかかっている。お弁当袋とか小さな巾着なんかもたいてい母が作ったものだ。既製品と間違うほどの出来栄えだとか布選びのセンスがよくてかわいいとかでは残念ながらない。むしろ「これ安かったの」という基準で布地を買ってくるので、なんでこの柄と思うようなものがよくある。
ある日母が居間のテーブルに布を広げ、裁縫箱から布に印をつけるチャコペンと巻き尺を取り出したときのこと。同じテーブルの向かいに座っていた私は、何の気なしに丸いプラスチック容器の巻き尺を手に取り、巻き込まれているテープ部分をしゅーっと引き出した。
「ピッ!!!」近くの止まり木でぴちゅぴちゅ言っていたピーが、いきなり鋭く鳴いて飛び上がった。そのまま一直線に私の部屋に飛び込むと本棚の上に潜り込む。ピーのただならぬ様子に母と私は戸惑った。なにか乱暴なしぐさや音でピーを驚かせたわけではない。そもそもそのときピーは母や私にくっついて遊んでいたわけでもない。
「どうしたんだろう。なにに驚いたんだろう」ふと目に留まるテーブルの上の巻き尺。引き出された白く長いプラスチック製のテープは、もしかして、ピーの目にヘビに見えたのだろうか。テープを引き出すかすかな摩擦音は、へびがしゅーと言う声に聞こえたのだろうか。
引きこもってしまったピーに私は本棚の下から「ピーごめん。ピーごめん」と声をかけた。しばらくして出てきたピーはなんだか元気がない。私の肩に乗せてもピーは背中を丸めてしゅんとうつむいたままだ。私の部屋でピーと私はじっと静かに座ったままでいた。その後ピーが耳元でいつものようにぴちぴち言い始めたとき、ようやく私も母もほっとした。
小鳥のDNAには天敵ヘビの情報が「ヘビ、長い、すぐ逃げる」と極太マジックで書きこまれているのかもしれない。知らないヒトに平気でとまり警戒心が皆無に見えるピーにも、見たこともないはずのヘビを警戒する本能が残っている。怯えさせてしまって悪かった。元気のないピーは本当に堪える。これなら怒って噛みつかれる方がいい。遊びはじめたピーを見ながら、怖い思いをさせないように気を付けなくてはと思った。
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