☗2二太子(あるいは、多様性という名の/記号総当たり弄び様式)

「んんんん~マカロォォォォォニャンっ!! 『飛車』は攻撃の要……隙あらば敵陣に切り込みっ、暴れまくるというのが本質と思ってるのだよっ」

「ふおおお~ヘペロォォォォォにゃんっ!! 『角行』は攻守の礎……『角換わり』の戦法も得意だけれど、なるべくおそばで使って欲しいだよっ」


 猫神さまの意図を掴ませない通り一遍の説明が終わったかと思ったら、そのような一斉な自己紹介が始まってしまったのだけれど。まずは対の幼女ふたりがお互いを食い気味に高いけれどどこかこちらの鼓膜をくすぐるかのような、そんな甘さみたいのを内包した声で言い募ってくる。あのあのあの例の「ステータスオープン」も勿論搭載しておりますのにゃよぅ……と何でか興奮気味に付け加えられてきた猫声に、「例の」って言われても知らないけどと思いつつも、そう念じてみる。と、中空にぽこんと、仲間九人の頭上らへんに黒字に白枠のプレートのようなものが浮かび上がってくる。「情報ステータス」が「開示オープン」されるってことね。はいはい。


【飛車:マカローニャン・ゼイダ(9):天白0S翔】

【角行:ヘペロナ・コアレジオン(9):空白7S駆】


 見た目はふたりとも幼女、との初見認識は「九歳」というリアル情報を見せられ、やっぱりという思いと、ポカたちの時も思ったけど、この歳から戦いに身を投じているんだね……というやや畏怖よりの印象を与えてくる。髪色がふたりとも透き通るような白をベースに置いて、マカローニャンがそこに薄緑、ヘペロナが薄藍を刷いたような不思議なグラデを呈している。緑あるいは藍色をした目はぱっちり、北欧あたりの成長期を迎える前の一瞬だけ奇跡的に輝く妖精と見まごうほどのどこか超然とした美しさをふたりとも有しているけど、日本語でクセ強くまくしたてられることでそれらは良くも悪くも中和されてて、うん……という感じだ。言葉が通じることについては、「にゃふふふ……言語を一から創るのは流石の私でも困難なのですにゃ。よって完全無欠の包括的言語『大正義★日本語』を採用したるは、あ、これまた異世界の必然なのかも知れーなーいーにゃはああん」とかこちらの納得野に何一つ足跡を残してこないことを言われたけど、まあ有難いとしか言えないので流した。


 表示の末尾の五文字は例の「属性」とやらだそうで、左から順に「スピラクオレアニマモテヴエメズ」。それぞれがどうで、どう生きてくるのかはさっぱり分からない。ので、そこはひとまず置いておいて、あたしはふたりにいろいろ聞いてみることにする。コミュニケーションは絶対大事。異世界ここに来てからの痛感度の高い事柄のひとつ。それだけを今は見誤らないようにしていたい。


「マカローニャンは攻めだよっ」

「へペローにゃんは受けだよっ」


 「攻撃主体」と「守備主体」。うん……将棋用語的に何も間違ってはいない。ひとまずこのふたりは「駒特性」に概ね準じた動きをしてもらうってことで良さそうだ。ふたりとも真っ白なフード付きマントのようなのをその小さい身体に纏っているけど、取り違えないように、髪色という淡い違いだけでなく、何か目印となるものを着けておいてもらった方がいいよね……後で何か考えてみよう。


【金将:ゼルメダ・ロスバクト(24):陸赤6C緋】


「あー、改めまして、ゼルメダであります。『金は守りの要』ってよく言われてますが、あ、もちろんハカナ殿の護衛は完璧にこなしますが、自分の性分的にはずんずん進軍していくってのも有りでして。『棒金』とかですね、ああいう『するする闊歩』とでも言えばいいでしょうか、それもまた気分がいいでありますっ」


 初対面の時より砕けた物言いになっていてそれは全然構わないんだけど、中途半端に畏まれてる風だったから、もっといいよ自然に喋ってくれてその方が意思疎通速いでしょ、と促したら、はばば、みたいにまた顔を一瞬歪めてから、今度はすごい自然な微笑を見せてくれた。


「では、攻めにも守りにも、存分に使ってくれ、ハカナ殿。その身にもし危険が迫って来たのならば、敵陣にいようが前線でわやくちゃやってようが一直線に真後ろに超絶バックれカマして飛んでくるからよぉ」


 艶やかな黒のショートは無造作にうねり、それが褐色のすっとした小顔を引き立てていて、通った鼻筋に深い赤の瞳と何ともエキゾチックな佇まい。黒色の前に合わせのある着物のような服。でも腕・脚は身体にぴったりに仕立てられていて動きやすそう。あたしより頭ひとつは高くて、背筋はいつもぴしりと伸びている、でも動きの所作はしなやかでなめらか。例え悪いけど「肉食獣」の趣きがあるから、本人言う通り「攻撃」の要としてもしっかり機能してくれそう。心強い。


【銀将:ジェス=ロナウ(23):洋緑2L截】


「私は常にハカナ殿のおそばにて護衛を仕りたい次第でございます。御前おんまえあるいは御横おんよこにて。群がる不埒共をこの槍と剣盾にて全て捌き切りますゆえ」


 青白の西洋騎士風の鎧に身を包んだジェスは、一見冷静そうに見えてずーっと興奮が隠しきれていないのが、その蒼く揺蕩う瞳のうねりを見なくても分かる。うん……その真面目さはありがたいんだけれど、少し硬すぎるかな。その背後でゼルメダがこれ聞こえがしな舌打ちと溜息をつくけど。


「ジェス。貴方にはあたしの斜め後ろに着いてもらっていい? 『白駒あたし』の弱点は『真横と斜め後ろ』。そこを常に固めるように心がけて欲しいの」


 その彼女を代弁するように、あたしは目の前で畏まり過ぎている好青年としか表現できない銀髪にゆっくりと噛んで含めるように語りかける。ちょっとわざとらしいほど丁寧だったかもだけど。ジェスの真面目さは凄い武器なんだと思うし凄く頼りにしている、でもそれだけに足元も掬われやすいってことを、少しでも認識してくれたらと思って。そしたらその言葉にちょっと大袈裟なほど息を呑んで固まっちゃった。そう、普通の『将棋』の定跡とか常識とかは通じないのがここにおいての戦いだと思う。固定観念に捉われないように、その上で局面局面で迅速に動くことが重要になってくるはず。そのためにあたしは「王将」じゃあないってことを、そこはまず把握しておいて欲しい。そうすればかなりの盤石になると思うから。


「……なるほど、流石は聖棋士殿。前三方向はむしろ愚鈍なる我々が塞がない方が良いまでありまするな。承知いたしました。後方固めを主に、ハカナ殿の真後ろの退路は常にクリアにしておきますゆえ、存分にお暴れくださいませ」


 呑み込みは早いから全然ありがたいし、こことも意思疎通を密に置いておけばお互い一足す一が三にも四にもなりそう。愚鈍はてめーだけだッ、とか背後から口の悪い御方が律儀に言い募ってくるけど、金銀ここもね。お互い表面は険悪そうに見えるけど、その実、遠慮なく何でも言えてる感があるから、疎通的には強固なんだよね……実際まだ見れては無いけど連携とかがっちりいってるんじゃないかな。そして何と言うか……や、まあいいか。


【桂馬:ツァノン・レジンバー(20):地紫5E領】


「俺はあんた様の指し口にいたく惚れたクチだ。加えて自身のその奔放たる機動性、動き……盤上を共に駆けたく、そいつは切に思うところだ」


 立ち上げた緑髪をさらりと外連味たっぷりの仕草で払った、ぱっと見の軽薄曲者、といった感じの優男。っていうのは多分オモテ向きのことだけってのはあたしにも分かってる。その細身に見えるけど大きく開かれた襟元から覗く無駄のない筋肉に鎧われた身体とか、何より普通時の身のこなしとかが軽くそして静か。髪と同じ緑に光る瞳。切れ長の目と相まってそれだけで引き込まれてしまうような何かも持ってる。そして、


【香車:イデガー・ラシトス(28):地黄9S槍】


「あ、我も我もとぉ~、あえてのことでも無いにせよぉ~、申し奉りたきことにはぁ~、御前様のぉ~、闊達なる御采配なれば~、でござ~る~」


 かっちりてかてかに固めた黒色のオールバックが、角ばった面長の顔にまるで乗っているかのように鎮座している。オーソドックスな、と言っていいか分からないけど、いわゆる戦国武将のような具足姿。大仰な身振り手振り。骨ばった全身をこれでもかと使ってそんな言葉を紡ぎ出す……そう、この方もね。常に顔筋に力入っている表情、不必要に間延びしたように思えるこの物言い、それは「自分」を掴ませず、「相手方」をその間に注意深く窺っているってことがよく見ると分かる。緩い流れに誘い込んで一瞬の隙を突く、みたいな。それは「香車」である以前に、掲げた自分の信条、みたいなのかも知れない。「情動」を顕すという「エメズ」もそのまんま「やり」だしね。安心して背中を任せられる、そう言えるのかも。


 桂馬ツァノン香車イデガー。ふたりとも似ているところは、「偽りの仮面」のようなものを常に纏っていて、その奥でこちらを……周りを、執拗に思えるほどに観察しているというところ。桂香って一度進んだら後ろには引けない駒だから、よりその「出」というものに細心の注意を払っているものなのかも。どちらにもどっしりと自陣で構えていてもらって、来るべき迎撃の一手を繰り出していってもらう……そんな感じかな。いや、あたしが「固定観念」にハマるってのはよろしくないか。何か……今はすぐに思いつかないけど、このふたりにこそ、さらに「躍動」できる何かがある気がしてならない。


【歩兵:ポカ・アリベルージャ(11):天橙8N漸】

【歩兵:ホンタ・プンツェルラ(11):空桃1N聡】

【歩兵:スゥ・エルサァナ(11):海黒4L察】


「ふひょお~、オイラたちはこのまま行くぜぇ~」

「ふひょひょひょ~、一度相手側に行って戻ってからが真髄だぜぇ~、どんな使い方にも対応するってもんだなんだぜぇ~」

「私はハカナさまの側でお使いいただければ」


 あとはこの三人。スゥに関しては何も言うところは無いんだけれど、他ふたりも全然侮れないってことはさっきの局面からも把握出来た。「敵方」だったけどポカの「叩き」は鋭かったし、ホンタは敵陣に度胸よくどんと居残ったまま「楔」として実は最後まで機能していてくれた。そして、


 「歩」っていうのは真ん前に一歩進めるだけの限定的な駒と言えるけど、真髄はホンタが述べたように取って取られてからの「手駒」となってからの自在な活用法にある。敵陣一段目を除いて、どこにでも打つことが出来るのは、考えてみると強い。実際のリアルタイム局面でいきなり思考の埒外から眼前に現れてくるのって本当に怖ろしかったから。さらにさっきも思ったけど「歩」の手筋は数多いし、それを把握している(はずの)あたしの「指示」によって動いてくれるのも勿論心強いけど、さっきも見せてくれたスゥの「自分の考えで動いてくれる」、もっと言うと「現れてくれる」っていうのが相当ありがたい。「歩」の使い方、それが大袈裟でも無くこの「異世界将棋」においても最重要事項のひとつとなりそうだ。


 さて。


 自己紹介とあたしの把握が終わったところのいいタイミングで、従者的なひとがあたしたちを呼びに来た。あまり時間は無かったんだっけ。でもよし。万全と、言えるでしょ。では「将」殿にお目通りして、いよいよ出立かな。大丈夫、きっとあたしたちはやれる。

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