☖2三銅将(あるいは、どうしようもないほどの/同仕様のない世界観にて)

「では『北西敵支城ムルデスタ』への出立を申し付ける。細かきことは敢えて言うまでも無いとみて、貴殿の裁量采配にお任せするよ。もうこの短き時間にて配下の掌握も進んでいるとのことで、ふっ、良き知らせを期待している」


 「将」殿の御言葉を拝領しつつも、割とあっさり目に送り出された感じ。いやこんなもんなのかも。微妙に砕けた調子で、微笑を口髭の下で浮かべて。何か分からないけど、結構な信頼を寄せられちゃっていて、それはそれで有難いんだけれど、その分、任されている範囲においては的確に立ち回らなきゃ駄目だと引き締まる思い。さて。


 砦外壁の門兵二人にもこれでもかの敬礼にて見送られつつ、あたしと以下九名の「ムルデスタ強襲部隊」は極めてフラットな感じで徒歩にて:てくてくと、歩み出たと思ったら:さくさくと、進んでいく。ちなみに私の決戦へと臨むいでたちは、「ここ」に来た時に着ていた棋青舎がっこうの薄茶色の制服ブレザー、下は膝少し上くらいの赤いチェック、上から紺色のピー(すべて洗浄済み。柔らかい花のような香りがする)、まではそのままだったけど、ここの気候は特にこの季節は読めないらしく、身体を冷やしたらコトですコト、とかちょっとしつこいくらいに言い募ってくるジェスによって急遽準備されたのはこれ以上表現しようのないほどの「黒マント」だったのだけど。分厚い裏地が付いてるわりには軽い。羽毛布団より体感軽い。何で出来てるんだろう。前閉じなければちょうどよく涼しい風が入り込んできてくれて快適だし、きっちり身体に巻き付けるようにすれば足首くらいまで包み込んでぬくぬく。何より昔読んだ絵本に出てきた「魔法使い」ってイメージ。うん、それに浸かれるのって結構いいな……「非日常感」。そんなここに放り込まれた瞬間と比べたら些細な「非日常」ではあったのだけれど、かえってその方が良いんだわ。あんまり突拍子も無い奴を供されてもね、キャパが追い付かないんだから……よしなしごとを噛み締めるようにして歩き続けるあたしの周りには。


 緊張感なく喋り倒すひとも居れば、まばたき一瞬も警戒を解かないひとも居たりで。とか思ったら、足元をさささと過ぎ行く小さな黒い影も。あ……来るんだ、みたいな冷めた目でその挙動を見下ろしていたら、にゃは―見つかっちゃったにゃーっ、と多分な媚びとおもねりを見せてくる猫顔に、まあ……出せる情報があるならいいけど、と醒めた表情で流し見る。


 そんなこんなで西の山岳地帯を北西へと迂回しながら突っ切る進路を取って、その先にあるという目標……敵城、を目指していくことになる。徒歩で貫き通すっていうのは、やや予想外ではあったけど。戦国時代っぽいけど「馬」とかの乗用なやつって無いんだね……


 灰色に埋め尽くされた空からは、一か所だけあった切れ間から薄く裂かれたような淡い光がその白い色でやや照らしてくるものの、それも頭上を包むかの木々の葉々がさらに遮ってくるので薄暗い。


 鬱蒼森林の山道は、見慣れた植物の「緑」ってのはあまり無く、こちらの世界ではそれが主体なのか、「エメラルドグリーン」に「藍色」を混ぜて少し淡くしたというような、そんな見慣れない色合いに大部分が彩られているけど。少し湿度を孕んだ空気は清々しい。一列になって細い獣道をするすると「行軍」していくというこれまた「非日常」みに少し笑みを浮かべそうになっては慌ててかみ殺して、ふと、あこれって本で読んだ「遠足」とかそれに当たるのかもとか、「非日常」は学校行事とか当然のようにスルーしていたあたしの方じゃあないのよ、とか真顔にされたりとか、で、そんな不穏な挙動で微妙な表情のあたしを何事かと心配気味に覗き込んでくるジェスとかスゥとか、興味本位でガン見してくるポカとかホンタとか、から顔を逸らしたりとか。


 軽く丸太で補強されてたり、逆に大小の石ころや岩がぎちぎちに詰められたりする坂道を上ったり下ったりしてたら、少し開けた場所に出た。木々はまばら。見渡すほど……ではないけど結構な膝下くらいまでの草が生い茂る草原に歩み出る。手放しに広がって見える空間から少しの開放感が下りてきて、思わず一息つく。相変わらずの曇り空は少し赤く……自分の知っている夕焼けのオレンジがかった色とは少し毛色の違う「紅色」に染まりかけている。それでも「夕方」、なのかな。脚が少し疲れて重く感じる。


 今は何時くらいなんだろう。そもそもこの「世界」での一日はどのくらいの長さなんだろう、あたしの体感からするとそれは長い? 短い? とは言え「前」だってかろうじて学校には通っていたけれど、でも昼も夜も将棋のことしか考えてなかったから、「一日」のその「時間感覚」を体感するなんてことは無かったなぁ。なんて。


 緊張感もなく、ただただ歩くことに集中、没頭していたらいきなり。


【にゃにゃ~んッ!! 『会敵ネミィコ』ッ!! ですにゃにゃんッ!!】


 その甲高い声の語りナレートは何とかなんないかな……とうんざりしつつも、何かしらの警告ってことは分かったから。あたしはぐいと右に首を振りつつ、左に目線を飛ばしてまず周囲百八十度、続いてマントをなびかせながら身体をじりりと回転させつつ三百六十度近くを。自分の目でまずは確認する。よりもひと呼吸くらいは速く、周りの頼れる面々たちは既にあたしの周囲を固めつつ、もう挙動からして今までの平常時とは明らかに違う。


「説明ッ!!」


 上空から、曇り空を割るようにしていきなり落ちてくる青白い光。フレームで囲まれているのは「数字」だ。当然のようにいちばん馴染み深いアラビア数字にて「5×5:5」と記されている畳一畳くらいのプレートのような「表示」が物理法則を無視した挙動ですっと、あたしたちの眼前に移動してきて止まる。「戦場」だ。この浮世離れした「青白い」類の奴が示してくるのはおそらくいつだって「戦闘」。それはもう肌で感じ取れるようになった。でも、当の創造主が足元にいるのでその情報を少しでも得ておくことは必須と思われるから聞く。何か役に立ってよぉぉ……


【説明しようッ!! 『敵』と察知した者同士が二十メトラァ以内に接近することによって場は『戦場』へと切り換わるっフゥッ!! それが『会敵』ッ!! それに伴い『枡目』も現出するにゃんですが、もちろん自分の『利き』に外れた動きを見せたら即『斬ッ』にゃので気をつけるのです……クフフフ】


 「説明」ってほどの説明じゃあ無かったけど、うっかり忘れかけていた「大前提」を思い起こさせてくれたことだけには感謝かな……ていうかその「法則ルール」はやっぱ要らないよねぇぇぇ……


【場の規模はランダムぅッ!! クフフフ……どうともならない運頼みの要素っていうのも何だか興奮しますよにゃ……今回は『5×5』の中規模版ですにゃあ……最後の『5』は『出陣』できる『駒数』ですにゃ、さあ早く選んで備えるのにゃぉおおおおんッ!!】


 猫神が高らかに何故か嬉しそうにそう甲高い声で叫びのたまう中を、視界縦横から走ってきた「青白光線」が適確に「盤面」を形成し始める。開けた草原という大枠では自然な景色だったところに、不自然なる枡目がいきなり区切られて呈されてくる。


「ハカナさまッ!! 『四名』をお選びくださいッ!! 『対局』開始までの時間は『二十ビョウン』ほどしかございませんゆえッ!!」


 あたしが選ばないとなのねっ。ええとええと、でも誰が適しているっていうのぉッ!?


 三分切れ負けの対局でもここまで「秒読み」に追われて焦るなんてことは無かったけれど、こういう思考って初めてだし、上唇だけが引き絞られているというどうなのかなというような強張った顔にて硬直してしまう。えと「5×5」でしょ? ど、どういう布陣が最適だというの?


「……飛角金銀」


 泡食いながらも、ひとまずはオーソドックスと思われる四名を「指名」する。どうなんだろう……最適かは不明だけれど、大きくハズしてはいないはず……と思いたいっ。


 次の瞬間、摩訶不思議としか表現できない謎の吸引力のようなものを以てして、あたし以下四名の身体はふわり浮かされたのちに、平原内で異様な存在感を発し始めた「5×5」の「青白盤面」のひとマスへといざなわれている。


「……相手方の『王』の『役割ロゥル』を有した者を仕留めればそこで『対局』は終了となります……念のためですが」

「『王将=おう役割ロゥル』とは限らねえってのが最近罷り通るようになってきちまった『異変』のひとつではある……今回はそのまま『王』と見ていいっぽいが」


 右手にジェス、左手にゼルメダ。安心できる並び……そして適確な助言……でも気を緩ませている場合じゃ全然ない。<対局開始まで:あと三十秒>とか無機質な秒読みの声が辺りには響き渡っている。どこから響いてんの、とかの疑問は勿論ほっぽっておいて。限られた時間でやらなきゃあいけないことをやるんだ。局面の把握。脳を動かせ。


 二十五の枡目が形成する十メートルくらいの正方形の閉鎖空間に、彼我合わせて十名の「駒」が配置されている。こちら方を「先手側」と見ると「五段目」、最下段に向かって左から「角:金:白:銀:飛」の順で横一列に整列した状態……この順番も指定できたのかも知れないし、初めから決められているのかは現時点では判別できなかったけど、それはいま思考することじゃあない。「ステータスオープン」。その戦闘開始までに行っておかなきゃあいけない儀式の宣誓のような言葉を呟いておく。途端に視界に現れる「白黒のウインドウ」。何にせよ情報は大事。たとえこの「対局」が通常の将棋と異なる「二人零和有限確定完全情報ゲーム」とはやや異なっているとしても、大事は大事。敵陣に目を凝らす。


 対している相手方は「一段目」、最奥に整然と居並んでいる。こちらから見て左から「香:銀:玉:金:桂」。その最低限情報だけを目線を滑らせて確認して。普通の将棋と違うところは盤面の狭さだけじゃなくてそれよりも。


 「歩兵」が居ないってことかもね……最前線で防衛線を張ってくれるのがいないから、敵味方それぞれ、相手の利きが開始局面から刺さっている状態だ……ん?


「初手『白駒あたし』が真っ直ぐ突っ込んでいって、相手の王様を即仕留めるって戦法は、あり?」


 あいだ三間さんけんを挟んで相手玉とあたしは真向いに位置している。「白駒」の可動域は前三方向へどこまでもいけるから、びゅんと一息に突撃すれば……


「危険です。相手は『白駒』の動きは把握していると見た方がいい。そしていかに『大駒』といえど、いくつもの枡目を移動するには『一瞬』というわけにはいかず、それなりの物理的時間はかかるのがことわり……ハカナ殿が『四マス』移動する前に、銀か金が初手身を挺して玉の前に立ちはだかるはず。そこでの意図せぬ衝突にて『次の手』が遅れてしまい返り討ちに合う……そのような局面を少なからず見させられた経験がございますゆえ」


 ジェスは落ち着いてくれている。そして聞いておいて良かった。とんでもない暴走自爆をカマすところだったよぅ。と、


「まあまあ大将さんがそないにイキることはないのだよ……」

「そうそうここは一発私らにお任せしてればよいのだよ……」


 左右から、そのような幼女たちの不気味に落ち着き過ぎた声が地を這うように聴こえてきた。「角行ヘペロナ飛車マカロニャ」……主力級のふたり。その立ち回りは未知数なんだけど、下手にあたしから指示を飛ばすよりは序盤はお任せしちゃった方がよいのかも。


 なにより通常の将棋といちばん違うところって。


 ……ひとりじゃないってことだと思うから。

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