☗1七飛(あるいは、坩堝盤面に舞い降りて/試行思考は至高なる混沌志向)

 「模擬戦」……模擬とは言え、対局開始と共に、あの、初っ端に戦場に放り込まれた時と同様の、「格子状の青白い光線」が瞬で張り巡らされた。あたしの胸下くらいの高さ……軽く確かめるような感じを出しながらも、前方に張られた一本を指先ですっと掠めるように触ってみる。やや「弾力」を感じた。ゴムみたいだ。素通り、ってことにはならなさそう。一応抵抗はある。けど何でこんなのが常に展開するのかは相変わらず分からない。


 ちらと首だけで振り返ってみたら、猫神は私の後方にちょこなんとお座りしては前脚で顔をぬぐう仕草をしてるけど。あなたの創った世界っていうのは、本当に「将棋」に根ざしたものなの? それは何で、とかはもう聞いても無駄そうだから聞かないけど、周りのひとたちはこの「青白光線」も当然の如くって感じで流しているから、ここでは普通の現実リアルなんだろう。分かってる。分かってはいるんだけれど、うぅん……ひとまずは集中、そして一手一手を慎重に、だ。


 多分そうだろうと思って自分の指したい指し手「8六歩」を初手にて言い放ったら、その通りに「盤面」の向かって右前方付近の「枡目」へと、あたしの右手から金色の光が射出されると共に、ポカかホンタかのどちらかが、無駄に元気溢れる挙動をしながら着地する。相手さんの「歩」の直前でかかってこいみたいにイキれ挑発している後ろ姿が見えるけど、


「☗同歩」


 相手方の「王将」のひとの声が無慈悲に響き、少年の目の前の「歩兵」の槍を構えての突っ込みによって、あえなくまた光の球へと戻って、今度は敵方の方へと飛び去っていく。うん、「取られた」ということだろう。そしてそのように「合法的」に敵にやられたとしても、それでは死なない、ってことは分かってた。どうなっているかは分かんないけど、とにかく将棋のルールを遵守しているうちは、大丈夫。完全な確証は無いけれど、そう確信することにした。そしてもう一つ、


「……☖8七歩」


 「同歩」は最悪の悪手ということだ。大駒、「角」は斜め四方向、敵味方の駒が無ければどこまでも走っていける機動力はあるんだけど、反面、前後左右はノーガード。そして駒の初期配置の時点から、その角の前の歩が一歩飛び出した状態は、角の前、まさにの直前……8七の地点……いわゆる「角頭かくとう」がガラ空いた瞬間。そこに向けて放たれたあたしの「歩」……ホンタかなこっちが……が突き刺さっていく。動ける四方向を味方駒に全て阻まれたがんじがらめ状態……次にどう動こうと取られてしまう、「角が詰んだ」状態だ。ここで角を取ることが出来て自陣に引き込めたのなら。それにて戦力の圧倒的だった差は、相手:六-自分:四くらいまで詰まると、あたしは考えている。


 遡って下手が最善を尽くすのならば「7二銀」という、「歩三兵」以外ではほぼ見られない変わった一手が定跡とされている。正直、知らなきゃ指せない手でもあるけど。ただそう受けたところで「歩を三つ持ち駒としている」「上手側だけ『二歩・三歩』まで打つことが可能」という上手有利な特例があって、「上手が初心者をいたぶる」的なちょっと意地悪悪趣味の、いわゆる駒落ちというハンデ戦とははっきり趣きも違うのがこの形式ってわけで。だからその辺りは熟知した上で何らかのトラップでも張られてんじゃないのって身構えちゃったけど、これは流石に拍子抜けだ。「棋力を見せてもらおう」とか言われたけど、これじゃ一方的に蹂躙して終わってしまうのでは……それで推し量れるもんなのかな……でも緩めるわけにもいかない。と、


「☗7六歩」


 相手側は進退窮まった「角」をそれでも逃がそうとでもいうのか、「角」から見て右斜め前、いわゆる「角道を開ける」という指し手をしてきた。え。いまさら開けたところで一手遅い。逃げ道を作ったところでその次の手で当のその「角」は取られてしまうのだから。うぅん、本当の本当の初心者とやっているような感覚……まあでもここからも難しいからあたしはあたしでこちらの最善、角を召し取る「☖8八歩成」の指し手の声を上げようとする。けど、その、


 刹那、だった……


「☗3三角成」


 考えてもなかった状況に発声も忘れて固まる。え「二手指し」……? 反則では? 通常の将棋なら、相手が指す前に自分が続けて指してしまったのなら、そこで反則負けとなってしまうわけだけど。それは持ち時間が極端に少ない「一分将棋」でさえ守らなければならない厳然たるルール、って思ってた。でも、でもこれは、今のこの「場」は。


 ……「通常」じゃない。普通じゃあないってわけか。てっきり通常の「本将棋」を示されてたから。通常じゃないのは「白駒」とかに代表される「原始将棋」のあれこれなんだろうって早合点してたけど、そもそもこの世界観も通常とはかけ離れていた。先入観とか思い込みはダメだって、銘じてたつもりだけどぬるかった。錯覚よくない。


 考えろ。というか動け。自陣に突っ込んで来た「角」は当然の如く「成り」をカマしてさらに強固な「馬」へと変貌した。そしてその利きにあたしは直射し入っている。つまり「王手」。次に指し手を告げられたのなら、そのまま召し取られて終わりだ。


「……ッ!!」


 ほんの一瞬だけ、この諸々の首謀たる猫神が呑気に座り傍観している方を、自分でもこれほどの顔筋が使えたのかと思えるほどの阿修羅顔にて睨みつけ慄かせてから。


「☗5一う……」

「☖同白駒ッ!!」


 ぎりぎり、寸でのところで叫び放つ。と同時に自分の身体もその指し手の通りに突っ込ませていく。絶対に、ズレないブレないハズれないように。区切られている青白光線を通過しつつ。斜め左二つ目の枡、「馬」のいる場所へと。


「うわあああぁぁぁっぁああッ!!」


 また声が出ちゃった。でもそうでもしないと身体がついてきてくれなさそうだった。自分の「利き」以外の枡目に踏み込んだら死……そんなしょうも無くも絶対違えられないルールも脳内によぎらせながら。突き出す。両手を。


「……」


 間一髪、間に合った。相手の「馬」はあたしがその居場所の枡に爪先を踏み込んだ時から「金色球」への変換を始めていて。その光が収まったかと思ったら右手にずっしりと熱重いような感覚が来た。ちらと見たら手の甲には黒五角形に「角」の白文字。よし、取り込めた。そして、


「……なるほど、それがそうか。奴らと同じ力……」


 盤面向こう側で睥睨している「将」さんの声が響く。こちらに聴かせてくるほどの落ち着きながらも腹からの声で。そう、そこを見極めようとしてたのかも。「通常以外の駒」……王将と飛角金銀桂香歩、以外の「駒」……あたしの「白駒」とか。それらの存在を。だから敢えての王手だった。向こうさんはこちらが「王将」以外の「動き」をするか見たかったんじゃないのかな。そして「馬」をカウンターで屠れたのは運が良かっただけ、って見といた方がいいよね。「白駒」の利きが鉢合わせた「馬」と同じく斜め前方どこまでも行ける利きだった、から。後は先後決まるのは物理的な速度、みたいなもの、ってことで。そして、


本当の、本当の姿を見せたこの「歩三兵」……みたいな対局は、


 実は「二手指し」「三手指し」、それ以上も上等の、つまりは「ATSアクティブタイムショウギ」……っ!! それがこの世界に流れる、大元の根底のところの法則ルールってこと……うぅん……そう言えば最初の放り込まれ戦場もそんな混沌だったかも……でもたかが駒の種類増えるよりもそっちの方が割と荒唐無稽な感じがするよ……そうゆうのはちょっとあたしには理解しがたいっていうかそんな何かもやもやする感覚がありますよね……あたしだけでしょうか? これ……


「……」


 いや、お気持ちを表明している場合じゃない。あたしの「戦闘力」をある程度推し量れたのか、もう様子見は充分と踏んだのか、敵方前列の「歩」の大多数が一糸乱れぬ隊列にて「同時に」一マスずつ前進を始めた。くっ……ここからが本番って感じ? こんな感じに物量で来られたら間違い無く押し込まれてやられちゃうよね……だってそれただの多勢無勢だもんね……


 一ミリも、相手方の挙動を見逃すな。その上で、先手必勝の戦いだこれは。九×九の限られた盤面スペースの中、二十近くの「駒」たちがぬるぬると動き回る戦場……いくらあたしが「盤面全部がよく見えてるね」と評されていた先見え少女時代と同じくらいの鋭さを取り戻せていたとしても、あくまでそれは一手一手交互に駒を動かしていく通常の「将棋」の世界での話だ。


 このリアルタイム混沌の中では、同時に起こる全部を把握するのは無理。であれば最優先させるのは、「王様」である自分の身を護ること。そしてその上で勝つための確実な道、最善と思われるのは多分、


「☖6六白駒ッ!!」


 動ける範囲がまだ広いこの序盤にて、どれだけ相手の駒数を減らせるか、だと思う。例えば相手の頭数を二十から十まで減らせたのなら、一斉に動かれたとしてもまだ対処できるのではと考える。考える前に、斜め右前方に考え無しに一歩踏み出して来ていた「歩」の一人に突っ込んでいって召し取っているけど。そして、


「☖6四白駒、からの☖5五白駒」


 段々自分の動きが流れるように出来るようになってきた。二歩下がってからの、左斜め前の孤立無援な「歩」をまたひとり討ち取る。そしてここまで想定はしていなかったのだけど、盤面の真ん真ん中。真っ直ぐ先には「5九」の「玉」、斜め左前には「2八」に「飛車」、そして斜め右前方には「9九」の「香車」……


 「準王手飛車香車取り」。実戦ではまず現れないと思われる快心の一手となった。当然相手は王の前に飛車を滑らせて「王手」を遮りつつ、あたしに向けての「逆王手」を掛けてくるけど。ぐずぐず此処に留まってちゃ駄目だ。でも避けつつもこちらも攻めの一手を放っていかなきゃあならない。


「……」


 盤上の一角、いやひと隅? どっちでもいいか、「9九」の地点、角っこに未だ鎮座している「香車」のひと……人一倍長い槍を構えて常に腰を落とした姿勢で真っ直ぐ前だけを凝視しているよ……そのひとそこまでの道は、視界は開けたままだ。「香車」……欲しい駒のひとつだ。前方無敵のあたしこと「白駒」だけど、真横と斜め後ろはスカスカなわけで、右か左、そのどちらかに「香」を配置しておけば、そっち側方面からの敵さんの進撃は食い止めてくれるだろうから、意識を少し他のところに向けられるからいいよね、とか考える。と、


 あたしの眼前へと、「銀将」と「金将」が呼吸を合わせたかのような一体の動きで進んで来て自陣へのあたしの進行/侵攻を阻んでくるのだけれど。それは陣の中央にいる「王将」を護る動きだ。やっぱりそっぽの「香車」まで守る余地は無かったようだ。ターゲットまでの道はガラ空きのまんま。よぅし……と、身体を斜め前方へと倒しつつ、「☖9九白駒」と言い放とうとした、その、


 刹那、だった……


「……ッ!!」


 咄嗟に噛み締めた下唇。踏み出そうと思った一歩を空中で引き戻して何とか今いる枡目に留まることが出来た。あ、ふくらはぎと脇の変なとこ攣りかけた……あと思い切り過ぎて口の中も嚙んじゃったよ痛ぁ……でも、


 何とか「罠」には嵌まらずに済んだ。そうだよ毒饅頭。それやったら詰んでた。「9九」に飛び込んだのなら。そこで動きが取れなくなる。そしてじわじわと丸腰の斜め後ろから寄られてきてあえなく頓死……危ない。て言うかもっと慎重に考えなきゃよ。


 「白駒」は真っ直ぐ後ろにしかいけない。横にもいけない。


 これが、この点が慣れ親しんだ「飛車角」との大きな違いだ。つまり、敵陣のいちばん奥深くまで進んだら、あとは真後ろに引くことしか出来ないってこと。「成る」ことは出来るかもだけど、成ったあとどんな動きになるか分からないからおいそれと「なり」とは言えないとは思っていたけど、それ以前に迂闊に敵陣に攻め込むのは自ら死ににいくようなもんだってことが今、分かった。分かって背筋が冷え強張って震えだしもしてきたけど。


 考えろ。考えるのを止めちゃあ駄目。動かないと。

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