第18話 元妻と久し振りの対面

妙な気分だ。見合い経験はないがそんな気分だった。ならば差し詰め娘が仲人といった処か?

 娘は俺を見ると手を振った。妻はやや下を向き、俺に気づかないような素振りに見えた。

「はい、お父さん座って」

 まさに娘が仲介人だ。二人だけにしたら何時間も言葉を交わさないのでないかと重苦しい雰囲気だ。娘は自分の口元に手をあて、掌を開いたり閉じたりした。俺に何かを言いなさいと催促しているのだ。

 こうなると早苗と俺はまるで子供だ。娘が音頭をとってくれないと何も進まない。

「げ……げ……んきか」

 それがやっとだった。

 やや下を向き視線を逸らしている早苗に、娘が袖を引っ張る。

「……はい。なんとか」

 まったく会話になっていない。呆れた娘が仕方なく誘い水をくれた。

「あのね。お母さん。お兄ちゃんの結婚式、何を着て行くつもり?」

 娘は勝手に早苗の出席を決めてしまった。「そ、そうね。香織と一緒に決めるわ」と言った。


「あ! それとね。二週間後なのだけど双方の両親を交えて挨拶しようと言う事に決まったからね」

 もう香織の独壇場だ。俺と妻の意見なんか聞きもしないで勝手に決めてしまったらしい。

 早苗と俺は反対する理由もなく、娘の意見に同意する事になった。更に香織は拍車を掛ける。

「そうそう、お母さん田舎のおばあちゃん入院しるんだよね。なんでもお父さんが見舞いに行ったそうよ」

「え! 本当なの」


 早苗は驚いたようだ。それはそうだ。妻にさえ気遣いする事がないのに。自分の母へわざわざ見舞いに行くなんて信じられない。

「ああ、少し自分なり考える事もあって旅に出たのだが。最初は北海道に行く予定だったけど、つい八戸の魚が美味いのを思い出して途中下車し、魚が美味い店に入って斉藤幸造さんと云う人と意気投合してしまい、なんと、その幸造さんの奥さんが、君と同級生だって言うじゃないか、それで義母さんが入院していると聞き見舞いに行った訳なんだ。昔、君が昔見せてくれた漁火がなんとも懐かしく感動してさ……」

以前とお前呼ばわりしたが離婚したとなれば、お前じゃ失礼と君にしたのだ。

「そうなの。ありがとうございます。意外だったわ。貴方にそんな一面があったなんて」


 娘はニヤッと笑った。やっと誘い水が流れたのを見届けると。

「ああ! 思い出した友達と約束していたんだ。じゃ後は二人宜しくね」

 呆気に取られる俺達を残して香織は消えてしまった。

 残された俺達は暫らく口を閉ざしていたが、折角の娘の好意を無にしてはいけないと俺は早苗に語り掛けた。

「香織も立派に育ったなぁ。これも君の教育の賜物かも知れないな」

「どうしたの? 貴方からそんな言葉を聞くのは初めてよ」

 早苗はクスッと笑った。この笑顔は何年ぶりだろう。二人の間に笑顔なんて考えてみると消えていた。


つづく

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