第12話 幸造と意気投合

 忘れていた家庭が此処にはあった。それも昨日知り合ったばかりなのに、何年も前からの友人のように安らぎを覚えた。都会では考えられない、人なつこさと東北人特有の心の温かさを感じた。

 一晩で失礼するつもりだったが、幸造がもっと泊まっていってくれと引き止められた。

 いくらなんでも前日に知り合って意気投合したとしても、甘え過ぎであると夕方には失礼するつもりだったが。

「浅井さん、いや洋輔さんと呼ばせてくれ。俺はもう少しあんたと話をしたいんだ。急ぐ旅でなかったら頼むから暫らく泊まって行ってくれ」

 両手を合わせて哀願する幸造に戸惑った。そんな夫の姿を見た幸造の妻も是非ともと頼むのだった。

「私からもお願いします。この人は浅井さんを余程気に入ったようで、この数十年見た事がないような喜びようで私も嬉しくて……」

 妙な事になった。六十歳を過ぎて男から惚れられたのか?

 つい酒のせいか互いに身の上話をする羽目になった。

 幸造は生まれた時から漁師の息子で育ったのは聞いている。結婚は見合いだそうだ。

 幸造夫婦の話を聞くと親の言われるまま、お互いに気に入ったとか言うよりも運命だと決めたそうだ。それでも今では家族仲良く暮らしている。まもなく三人目の孫も生まれるとかで幸せ、そのものだ。その話を聞いた時に俺は恋愛なのに別れてしまった。好き同士で一緒になった、のじゃないのか? 恋愛結婚は必ずしも幸せになるとは限らない事を思い知らされた。


「ほんでもって奥さんは八戸の何処の生まれだんべぇ」

「えっとねぇ……確か海辺で波の音が聞こえるほど近い所に家があったと思いました。確か怖い地名で鮫……なんとか」

「なんでぇ奥さんの生まれ故郷も忘れたんかい、それって鮫(さめ)町じゃないか」

「あっそうそう、そんな名前でした」

「なんだぁそうかい。ほんで旧姓はなんてぇんだい」

「野沢ですが、確かお父さんは当時、市会議員だったと思います」

 すると幸造の妻が、知っているらしくびっくりした顔をした。

「もしかして野沢さんとこの早苗さんじゃないですか」

「えっ奥さんご存知なのですか」

「高校の同級生ですよ。確か東京に出て結婚したと聞いていましたが、まさかその旦那さんだったなんて」

「本当ですか? いやあ離婚したのでは合わせる顔もありませんがね」

 まったく世の中って不思議なものだ。いくら妻の地元だってこうも偶然に知り合うとは。

「まあ人はそれぞれですから誰が悪いとかじゃなく……でも野沢さんとこのお婆ちゃん入院しているんですよ」


つづく

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