第11話 漁師(斉藤幸造)との出会い

 そんな時だった。隣のカウンター席にいる初老の男が声を掛けてきた。

「あんたは旅行者かい? わしゃあ漁師しているんだが、どうだい魚は旨いかい」

 年の頃は俺より少し上に見えたが、体形は漁師らしく逞しいが笑った顔に飾りがなく好感が持てた。

「うーん旨いねぇ。なんと言っても新鮮味がある。それに安くてこんなに量が多い」

「そうじゃろう、そうじゃろう。なにせ此処に収めている魚の殆ど俺と息子が獲ったもんじゃ」

「本当ですか? そりゃあ凄い。もう漁師を長くやっているんですか」

「まあな、俺は三代目で物心がついた頃には親父と舟の上にいたよ。最近は息子が後を継いでいるが」


 なんとも人懐こい漁師だ。ついつい話が弾んで二時間も一緒に飲みながら語り合った。酒が入り、ついついグチを零した。

「そうかい、仕事、仕事でかあちゃんに逃げられたのかい。気の毒にのう」

 大きな声で言うものだから、俺はオイオイそんな大きな声で……と思ったが遅かった。周りが俺を哀れみの顔で見ている。だが幸造は悪気がある訳でもないし相変わらずの高い声で続ける。まぁ旅の恥はかき捨てだからヨシとするしかなさそうだ。

「仕方がないですよ。身から出たサビですから」

「そんで何かい、かあちゃんがこの八戸出身だって?」

「まぁそう言うことです」

「まさか、よりを戻そうと思って来たとか?」

「そんなんじゃありませんよ。つい旅の途中で昔見た漁り火を思い出しましてね」


「漁り火かぁ、あの頃とは違ってイカはそれほど獲れなくなったが俺の所なら見られるよ」

「ほんとですか? じゃあ住まいは海の近くで」

「当たり前だんべぇ漁師が海の近くじゃなくてどうする。ハッハハ」

  すっかり意気投合した漁師こと、斉藤幸造なる男の家に漁火を見せてくれると言うから明日、泊りがけで見る事になった。

  翌日、幸造がビジネスホテルに魚の匂いがする軽トラックで迎えに来た。

  向かった場所は八戸漁港から少し行った所にあった。しかしこの八戸と言う地名が面白い。一日町、三日町、六日町、八日町~~二十三町など日付に因んだ町名が多い。幸造の家に到着すると、確かに海が目の前にあった。北の海は荒々しく海の色は青より黒に近い色だった。


「さぁさぁ入った、入った。遠慮はいらんぞ」

  本当に海の目の前だった。案内された家の中でも波の音が聞こえてくる。

  家族は妻と子供二人いるらしいが、長男は漁師の四代目で今日は舟で漁に行っているそうだ。その長男の嫁と二人の孫で六人家族だが次男は仙台に居るらしい。いわば幸造は半分隠居状態であった。幸造の妻と長男の嫁が暖かく迎えいれてくれた。

「どうも初めまして、昨夜知り合ったばかりで斉藤さんのお言葉に甘えてつい来てしまいました」

「よういらしたでなす、うちの人は陸に上がって寂しかったのか、昨夜は帰って来て貴方さまの事が気に入って本当にご機嫌でねぇ、今朝は早く起きて。そわそわして迎えに行ったんですよ。逆に迷惑じゃないかね」

「とんでもない。久し振りに心が通い合い、なんか昔の友達と再会した気分になりましたよ」

「そうですかい、そりゃあよう御座いましたなす」

 その夜は幸造の息子を交えて鍋料理を囲み、まるで竜宮城に来たような気分になった。

 約束通り、ほろ酔い気分で幸造と妻、長男と嫁とで、真っ黒な海に浮かび上がる漁り火を見た。なんとも幻想的であり、そして三十前に妻と見た光景がダブった。


つづく

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