第3話 家を処分しアパート住まい

 今更どう言い訳しても早苗は受け入れないだろう。互いに言い分もあるだろうが、それを言い出せばキリがない。今はただ良く尽くしてくれたと感謝するしかない。この浅井洋輔という男に三十年も我慢してくたれのだから。

 いや少なくても恋愛結婚なのだから最初からいやいや一緒に住んでいる筈もない。子供が生まれた時は少なくても幸せであった筈だ。でも途中から早苗をないがしろにした事は早苗のへの裏切り行為であった。俺は仕事を言い訳に好き放題生きて来た。


 早苗は子供が小学生くらいまで大変だろうが育てがいがあっただろう。更に高校生になる頃は、子供達は親よりも友達への比重が大きなって行く、そうなると寂しさが増してくる。それを分かってやれない夫に次第に嫌気がさしてくるのも分かる。

 早苗は何故、引き止めないのと思っているのだろうか? 過去の過ち? もしそうならそれは違う。浮気を省いても引き止められなかったのが本当の理由は、苦しんでいる妻を分かっていなかった。そんな甲斐性のない男に止める権利もないからだ。


 家に入れば、ただの木偶の坊と同じような俺だ。妻を喜ばす術を知らない。早苗と旅行したのだって子供達が小学生の頃、三度ほどあっただけだ。たまの休みはゴルフか仕事関係で飲みに出掛けるようなことばかり。ただそれも全部仕事がらみの付き合いなのだ。それによってお得意の信頼を得ると思っていた。それではプライベートの時間がないではないか? いつの間にか仕事が人生そのものになっていた。まさに会社に命を奉げた男だった。早苗が理解出来る訳がないだろう。俺が悪かった。出て行かないでくれと言える訳もないのだ。


 アパートに引っ越してまだ一ヶ月だ。六畳二間と五畳程度のダイニングキッチンの安アパートだ。売った家は豪邸とまで行かないが、満足出来る家だった。それに比べると今は酷いものだ。いままで気にした事がない隣室の配慮。部屋の中を歩くにも下の階の人に気配りしなくてはならない。それでも窓を開けると目の前に建築中のスカイツリーが見える。時折だが工事の音も聞こえてくる程の距離だ。不思議なことに何時間でも見ていても飽きない。暇人の俺には最高の場所でもある。


つづく

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