第26話 影響
平民であるヘリックが貴族に授爵されたというニュースは、各地を旅する吟遊詩人たちによってあっという間に帝国全土に広まった。
「なんだと?あのヘリックが男爵様に?」
以前ケルセウスの取り巻きとしてヘリックを虐めていた村長の息子たちは、それを聞いて悔しがる。
「くっ……こんなことなら、ヘリックに取り入るべきだった。もしかしたら、家臣になれたかもしれないのに」
そう後悔してもあとの祭りである。
さらに、子爵から男爵に降爵されたジュピター男爵は、多額の身代金を払ったことに加え、傘下である村々の半分を帝国に没収されたことで、経済的に大きなダメージをくらってしまった。
当然、そのしわ寄せは領民にくることになる。
「えっ?今年から租税を今までの倍にするのですか?」
「そうだ」
各村に増税することを通達した子爵の家臣たちは、後ろめたそうな顔をしてそう告げた。
「そんな!なぜそんなことに!」
「仕方ないことなのだ。領土を半分に削減されたとはいえ、ジュピター家に仕える家臣たちを解雇するわけにはいかぬのでな」
家臣たちはそう言って、これまで以上の重税を領民に課すことを宣言する。
「そんな!我々はこれからどうやって生活していけばいいのですか?」
「知らんな。恨むならヘリックを恨むがよい。奴が平民の分際でジュピター家に歯向かうから、こんなことになったのだ」
そういって、家臣たちはそそくさと村を離れる。残された村人たちは、自分たちをこんな苦境に陥れたヘリックにたいして怒りを募らせた。
「おのれヘリック!馬宿の子のくせに!」
「貴族様に逆らうからこんなことになるんだ!いい迷惑だ!」
口々にヘリックに対して罵詈雑言を浴びせて、憂さ晴らしをする。
しかし、村にいないヘリックに対して文句を言おうとも、所詮は負け犬の遠吠えにすぎず、彼にとっては痛くもかゆくもない。
やがて貧困にあえぐ民たちの怒りは、自分たちから重税を取り立てるジュピター家に向かうことになる。
「もうこんなところにいられるか。俺は王都に逃げる」
「私は親戚を頼って他の領地にいくわ!こんなところにいるよりマシだもの」
村民の一部は重税に耐えかねて村を逃げ出し、そうなると労働力が足りなくなってますます生産力が落ちる。
さらに、アトム領からの土の魔石の供給が途絶えたことで、麦の生産による収入は前年度の1/4まで落ち込んだ。
「くそっ……これからどうすればいいんだ……領土が半分になった上に収穫量が激減した。それにもかかわらず、養わなければならない家臣は減らせない……」
もし家臣をリストラなどしたら、ただでさえ下落していたジュピター家の評判は地の底にまで落ちてしまうだろう。それだけではなく、弱体化した軍では領内の統制がとれなくなり、領民たちの反乱が起きるかもしれない。
「やむをえぬ……借金するしかないか……」
こうしてジュピター男爵は大借金を抱えることになり、豊かな穀倉地帯だってジュピター領はどんどん没落していく。その影響は魔法学園にかよっているエスメラルダにも及んだ。
「ええ?今回から仕送りの金額を半分にするって??」
ジュピター男爵からの手紙を読んだエスメラルダは、怒りに震える。彼女はすでに貴族の豪奢な生活に慣れきっており、男爵からの仕送りで豪遊していた。
焦った彼女は、魔法学園に戻ってきた義兄であるケルセウスに突撃する。
「ちょっと義兄さん。仕送りが減らされるってどういうことなの?」
エスメラルダから責められたケルセウスは、不機嫌そうに返した。
「仕方ないだろう。領土が半分に減らされ、収穫も減ってしまい我が家は借金することになった。僕の仕送りも減らされたんだ。これも全部ヘリックのせいだ!」
ケルセウスは腹立たし気に、今までのことを話す。それを聞いたエスメラルダは、ヘリックに負けたケルセウスを嘲笑った。
「なんだ。貴族だって威張っていたくせに、馬小屋の下男であるヘリックに負けたのね。なっさけなーい」
バカにされて、ケルセウスもカっとなる。
「うるさい。この役立たずのビッチめ。こんなことになったのは、全部お前のせいだ!」
「なによ!」
少し前までいちゃいちゃしていた二人は、取っ組み合いの喧嘩をはじめてしまう。エスメラルダにはげしく体をゆさぶられて、ケルセウスの緑色の髪の毛がバサッと落ちた。
「あ、あんた。ハゲだったの?ぷっ!」
「うるさい!でていけ!」
慌ててカツラを拾うと、エスメラルダを無理やり部屋から追い出す。
「何よあの態度!このことを言いふらしてやるんだから!」
憤慨したエスメラルダは、ノーブルVの他のメンバーやクラスメイトにケルセウスはカツラだと言いふらす。
おかげでケルセウスは学園中で笑いものになってしまい、部屋にひきこもって出られなくなるのだった。
オリンポス山
「ふふふ……ヘリックは順調に英雄として出世しているようだな。さすがはわが……だ」
天界から下界を見下ろしていたゼウスは、ヘリックが無事男爵位を得たことを知ってニヤリとする。
「単純な乙女ゲームなどつまらぬ。むしろ裏切られて虐げられた主人公が奮起して英雄となり、「ざまぁ」する物語こそが面白いのだ。ヘリックを主人公に選んだのは間違いではなかった」
ゼウスはヘリックとノーブルVのそれぞれの心理を読んで、都合のいい場面だけを共感して快感を感じていた。
「さて……いよいよ魔法学園の本編が始まるが、次はどんなイベントを起こそうか。そういえば、ヘラはどうするつもりなのかな?」
神眼を使って、ヘラの部屋をのぞき込む。彼女は自室の机にむかって悩んでいた。
「どうしょう。ヘリックが魔王とならなければ、だれか別の人間を魔王にしないとゲームが盛り上がらないし……それに、下手をしたらヘリックが私のかわいいエスメラルダやイケメンたちに敵対するかもしれない……」
狂ったゲームの展開を修正すべくいろいろ考えるが、いいシナリオが思いつかない。
「仕方ないわ。とりあえず、イケメンたちの強化イベントを早めましょう」
運命を調整して、イーブルVたちが勇者として覚醒するための学園でのイベントを実行することにした。
それ覗いていたゼウスは、いいアイデアを思いついてニヤリと笑う。
「では、あのイベントで強化される予定のこやつを、次の敵として当ててみようか。さて、ヘリックはどうやって危機を乗り越えるだろうか」
ゼウスの視線の先には、子供のような幼い容姿をした少年がいた。
「くくくっ。人間どもよ。もっと踊り狂って、乱痴気騒ぎを起こすがいい。われら神々の退屈しのぎとしてな」
人間をもてあそぶオリンポスの神々は、そういって楽しそうに笑うのだった。
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