第25話 皇帝への謁見
「一体何事だ?」
王宮の中庭に出て空を見上げた法衣貴族たちたちの目が、限界いっぱいにまで見開かれる。
なんと、空には王都すべてを覆いつくすほどの巨大な小惑星が浮かんでいた。
「なんだあれは?」
大将軍は、あまりの威容に半ば腰が抜けている。
「も、もしや神々が住むといわれているオリンポス山なの?だ、だけど……我らが神ゼウス様は何もおっしゃっていなかったわ」
大神官は必死になって神に祈りをささげていた。
「い、いや。あれはオリンポス山ではない。神々の住まう12星座宮が建てられておらぬ」
大賢者は驚きながらもそう指摘した。
「ならば、なんだというの!」
「考えられるのは……ティターン神たちが住むといわれていた、伝説の地タルタロス」
大賢者がそう返したとき、上空の空飛ぶ山から複数の影が飛び立つ。
それはみるみるうちに近づいてきて、王宮の上空に到達した。
「ふふ。彼らは度肝を抜かれているみたいだな」
眼下で貴族たちが右往左往しているのを見下ろして、ヘリックは面白そうに笑う。
「まさか、土星城そのものを王都まで動かすなんてね……」
ヘリックの隣で騎士の正装をして侍っていたアテナイが、呆れたようにつぶやいた。
「大地神ガイア様の土の力を加え、大気神ゼフィロス様の風の力も使えるようになったので、土星城が自由に動かせるようになったんですよね。ふふ。これで帝国にも力を見せつけることができますわ」
同じく正装をしているエウロスも、眼下に広がる王都の混乱をみて楽しんでいた。
「よし、いくぞ」
ヘリックの命令で、ハーピー族とドワーフ族は王匡の中庭に着地する。
そのままヘリックを中心に、陣を組む。彼らは完全武装した姿で、王宮の中庭に整列した。
「き、貴殿たちはいったい……」
怯えの表情を浮かべる法衣貴族たちが、そう問いかけてくる。
「私は平民ヘリック。皇帝陛下のお招きにより参上した」
中央に陣取る総大将が堂々と宣言し、ドワーフ族とハーピー族が武器を振り上げる。いきなり奇襲を受けて王宮内部まで侵入されてしまったことに、法衣貴族たちは心の底から震えあがった。
「す、すぐに陛下にお取次ぎいたします」
法衣貴族は、慌てて王宮に戻っていくのだった。
「ぐぬぬ……武装した兵を王宮に侵入させるとは……」
「だ、だめよ。彼らを刺激したら一気に占領されちゃうわ」
「ぐぬぬ……まさか空から攻め入ってくるとは」
大将軍、大神官、大賢者たちは歯噛みして悔しがるが、彼らに対抗する戦力はない。王都を警備している駐留軍は主に外壁の周辺に配置されているので、王宮を守っているのは近衛騎士団のみである。それも王宮の中庭まで攻め込まれては、ハーピー族とドワーフ族の軍に対抗できない。
彼らができることは、なんとか彼らを刺激せずに皇帝への謁見の場を設けることだけだった。
しばらくして、青い顔をした執事が戻って来てヘリックに告げた。
「お待たせいたしました。謁見の間にどうぞ」
それを聞いて、ヘリックもうなずく。
「よし、それじゃ行くか」
アトム騎士がドワーフ族、ボレアス族長がハーピー族を率いて、堂々と中に入っていく。
王宮の中は、異様な緊張感に包まれるのだった。
控えの間で護衛していた一族と別れ、ヘリック、ボレアス、アトム騎士は謁見の間に入っていく。そこでは右側に法衣貴族、左側に在地貴族が並んでおり、おびえの視線を三人に向けていた。
「えーっ。では、まずはアトム騎士」
「はっ」
侍従長の呼びかけにより、まずアトム騎士が進み出る。
「今までの長年に渡る帝国への忠勤より、卿を準男爵に昇爵させる。今後も帝国に忠誠を尽くすがよい」
「御意。わが忠誠は、わが主ヘリックを通じて陛下にささげられるでしょう」
アトム騎士は、そういって玉座に座る皇帝の前に跪いた。
「ヘリックを通じてだと……?」
「なぜそのような文言をいれるのだ……」
ここに並ぶ貴族たちから、そんな騒めきが沸き起こる。
侍従長は困惑したように皇帝を見つめるが、彼は憮然とした顔をしながらも話をすすめるようにうなずいた。
「こほん。えー、次はハーピー族族長、ボレアス卿」
「はっ」
羽が生えた大男が進み出て、皇帝の前で跪く。
「今までの長年に渡る帝国への忠勤より、卿に騎士の爵位を授ける。今後も帝国に忠誠を尽くすがよい」
「御意。わが忠誠は、わが主ヘリックを通じて陛下にささげられるでしょう」
ボレアスは顔をあげて、まっすぐに皇帝を見据えながら宣言する。
皇帝は不満そうな顔になりながらも、不承不承頷いた。
「そ、それでは最後に、冒険者ヘリック殿」
「はっ」
背中に棍棒をせおった逞しい少年が、皇帝の前に進み出るが、跪こうとはしなかった。
「貴様!陛下の御前であるぞ。その不遜な態度は無礼であろう!控えよ!」
ついにたまりかねた大将軍が怒鳴りつけるが、ヘリックは恐れ入らなかった。
「貴様は何か勘違いしているようだな。今の俺はただの平民だ。帝国の禄を食んだこともなく、帝国から何らかの恩恵を得たこともない。俺はずっと自らの力で生きてきた」
ヘリックの重々しい声が響き渡る。
「今回、俺が皇帝陛下の招集に応じたのは、陛下と直接話し合うためだ。俺と帝国の関係がこれからどうなるかは、皇帝陛下の意思次第だ」
そういうと、ヘリックはまっすぐ顔をあげて皇帝を睨みつける。
「皇帝陛下。俺は貴方に申し上げたいことがある」
「よかろう。申し上げてみよ」
そう聞かれて、皇帝は初めて口を開いた。
「俺はジュピター子爵領に平民として生まれて、今まで横暴な貴族の子息にずっとバカにされて屈辱を味あわされてきた」
そういうと、ヘリックは在地貴族の間に立っていたジュピター子爵を睨みつける。一斉に注目を浴びたジュピター子爵は、きまり悪そうに顔を伏せた。
「そんな平民である俺が、勇気といくらかの幸運をもって、自ら支配する領土を得た。本来、わが領地の支配に帝国の力など借りなくても、わが部下となってくれたドワーフ族とハーピー族の力によって守り切れる」
ヘリッくの両隣で、アトムとボレアスが威嚇するように持っていた武器を鳴らした。
「俺には帝国と争う意思がない。しかし、帝国のほうは争う姿勢を見せた。帝国の藩屏であるジュピター子爵が兵を派遣することでな」
それを聞いた貴族たちは、一斉にジュピター子爵に非難の目を向ける。
「まったく、余計なことをしおって」
「あ奴のせいで、我々は強大な敵を抱えることになったのだ!」
すでに王宮には大勢のハーピ族とドワーフ族が入り込み、その上空には王都全体に匹敵するほどの大きさである土星城が鎮座している。チェスでいえば、チェックメイト寸前の状態だった。
それを聞いて、皇帝もジュピター子爵に厳しい目を向ける。
「子爵の派兵は、帝国の意思ではない。ジュピター子爵は、勝手に戦端を開いた罪により、男爵に降爵させ、領土も半分に削減される」
「そ、そんな!」
ジュピター子爵は悲鳴をあげるが、この場にいた貴族たちは冷たい目で彼の抗議を聞き流していた。
「帝国にも俺に対する敵意はなかったことを認めよう。改めて皇帝陛下に問う」
ヘリックは、真剣な目で皇帝を見つめる。
「元平民である俺がこれから帝国に忠誠を誓ったところで、果たして敬意を礼節をもって扱われるのだろうか?」
「……卿の地位と領土は余が保証しよう。貴族どもにも、卿に敬意と礼節を払うように命じる」
「それを聞いて、安心しました」
ヘリックは納得したように頷くと、皇帝の前ではじめて跪いた。
「この私、ヘリックは、皇帝陛下に忠誠を誓います」
うやうやしく棍棒を地面に置いて、皇帝の前に頭を垂れる。皇帝は鷹揚に頷くと、立ち上がって貴族たちを見降ろした。
「余はここに宣言する。平民ヘリックにタルタロス男爵の地位を与え、その旗下にハーピー騎士家とアトム準男爵家を認める。わが帝国は彼らの忠義に相応の礼節をもって報いるだろう」
皇帝の宣言に、ここに集まった貴族たちは一斉に跪く。こうしてヘリックは、帝国の貴族として認められたのだった。
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