第14話 コメ作

それからヘリックは、へスぺレウスの町で開墾作業を手伝っていた。

「ヘリックは土地を耕して。そしてアテナイは土の魔石を埋め込んでちょうだい」

アリシアの指揮により、開墾作業ははかどっていき、ただの荒れ地だった周囲の広大な土地は、みるみる畑に代わっていく。

「それで、この畑に何を撒くんだ?」

「そうね。やっぱり主食になる麦を撒こうと思っているわ。今お父様が、穀倉地帯であるジュピター子爵に交渉していて、種籾を売ってもらおうとしているんだけど……遅いわね」

そうアリシアがつぶやいたとき、使者が戻ってきた。

「遅かったわね。それで、種籾は売ってもらえた?」

そう聞かれた使者は、残念そうに首を振った。

「残念ですが、売ってもらえませんでした」

「なぜなの?」

「このへスぺレウスの町が農業を始めるということは、今後ジュピター子爵領の商売敵になるということだそうです。『商売敵に手を貸す馬鹿者がどこにいると思う。お前たちドワーフは今まで通り、高い値段で食料を買っておればよい」と言われました」

使者の言葉を聞いて、アリシアはがっかりしてしまった。

「ほんと、尻の穴が狭い男ね。今までさんざん私たちから安値で土の魔石を買っていたくせに。持ちつ持たれつということを知らないのかしら……あら?」

貴族の令嬢らしからぬ言葉を使ったことに気づいて、アリシアは愛想笑いを浮かべる。

「おほほほ。これは失礼。はしたない言葉をつかっちゃったわ。ごめんね」

「それはいいが、これからどうするんだ?種が無ければ畑を切り開いても無駄だぞ」

「仕方ないわね。なんとか他の領に頼み込んでみましょう。だけど、ほかの領から買い付けするにしても、ジュピター領のものと比べて品質が落ちるし、そもそも私たちドワーフを相手にしてくれる領があるかしら……」

そういって暗い顔になるアリシアに、ヘリックはなんとかして力になってあげたくなった。

「そうだ。大地神ガイアに相談してみよう」

そう決めると、ヘリックはペガサスに乗って土星城に向かうのだった。


土星城 中央部分

ヘリックは女神ガイアに相談していた。

「……というわけで、農業をするために、優れた小麦の種籾が必要なんだ。なんとか授けてもらえないか?」

ヘリックに頼られたガイアは、暫く考え込んだ後、静かに口を開いた。

「そうですね……私は大地の神として、すべての生物に平等に恵みを与えないといけません。だから、本来はドワーフたちにだけ優秀な小麦の種籾を与えるのは好ましくないのですが……」

そこまで言ったあと、いたずらっぽい顔になる。

「ですが、この世界にない食物を栽培してもらって、世界をさらに豊かにするのならいいでしょう。とある異世界で栽培されている、主食となる穀物を授けましょう」

女神ガイアが念じると、空中から黄色い粒のような種が降ってきた。

「これは?」

「異世界で多くの人間が主食としている『コメ』というものです」

同時に、ヘリックの頭の中にコメの栽培や料理方法が入ってくる。連作障害が起きにくく、しかも小麦の収穫量が1粒から最大25粒しかできないのに比べて、コメは一粒から最大300粒も収穫できる効率のいい作物である。

「ありがとう。これでドワーフたちも助かるだろう」

「ええ、彼らに協力して、この地に豊かな実りをもたらしてください。

大地神ガイアはそういってほほ笑むのだった。


「え?新たな作物の種籾ですって?」

ヘリックから渡された黄色い粒を、アリシアは不思議そうに見つめる。

「ああ。なんでも主食にすることも可能で、収穫量も麦と比べて段違いに多いそうだ」

ヘリックは、ガイアから告げられたことを説明する。

「ガイア様から与えられた作物なら、ありがたくお受け取りしないといけないわね。とにかく栽培してみましょう」

こうして、開墾された荒れ地にコメを植えてみることにしてみた。

「まずは、川から水を引いて沼にする」

水路を通して、畑に水を引き入れる。開墾された畑はあっという間に水を吸って泥になっていった。

「つぎに、予め発芽させた苗を一定間隔で植える」

ドワーフたちに協力して、田植えをする。元々ドワーフたちは巨人並みの体力をもっていたので。つらい田植えも楽々とこなしていった。

「あはは。姉さま泥だらけ」

手伝ってくれたアテナイが、アリシアの顔についた泥を見て笑っている。

「あなただって、服が泥だらけじゃない」

「ふふ。でも懐かしいな。昔やっていた泥んこ遊びみたいで」

キャッキャと笑いながら、楽しそうに田植えをしていく。ヘリックはそんな彼女たちを見て、昔ヘリオス村でエスメラルダを一緒に農作業を手伝っていたことを思い出していた。

(あの頃は……エスメラルダも嫌な顔一つしないで農作業を手伝っていたのに……)

今は二度と戻らないであろう、彼女との貧しくもおだやかな生活を思い出してせつない気分になる。

そんな彼を、アリシアは気遣った。

「ヘリック。疲れたの?」

「い、いや。大丈夫だぞ。このくらい」

一つ頭を振って、余計な思いを振り払い、ヘリックは田植えに戻る。

(そうだ。いつまでもウジウジしていても仕方ない。とりあえず、今は目の前の仕事を片付けよう)

ようやく前を向いて生きる気になるヘリックだった。


田植えが終了した後、ヘリックは土星城から持ち込んだ土の魔石を田に巻き、土魔法を使う。

「成長促進(グロウアップ)」

ヘリックにわってかけられた魔法により、担保に植えられた苗はどんどん成長していくのだった。

そして一月後、ヘリックたちが植えた苗は、黄金色の穂をつける。

「よし。試食してみよう」

稲を回収し、脱穀した後窯で炊いてみる。いいにおいが広がり、真っ白なご飯が出来上がった。

ヘリックはそれをおにぎりにすると、塩を振って提供する。

「これが「ご飯」って食べ物なのね」

アリシアとアテナイは、おそるおそる口に含んでみる。芳醇な香りが鼻孔に広がり、口の中に美味が広がった。

「おいしい!」

「なんだろうこれ。パンとは全然違う味と触感だけど、いくら食べても飽きない。それに、おかずと一緒に食べると、どんどん食が進んでいく」

二人をはじめとするドワーフたちは、笑顔を浮かべながらお握りをむさぼっていく。

たっぷり食べて満足した彼らに、ヘリックは告げた。

「みんな。気に入ってもらえたようだな。なら、これを全国に広めていくぞ」

「おう!ガイア様からの授かりものだ!これを広めて、へスぺレウスの町を発展させていくぞ!」

ヘリックに鼓舞され、ドワーフたちは歓喜の叫びをあげるのだった。


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