第13話 農業
そのころ天界では、女神ヘラが男神ゼウスに文句を言っていた。
「ゼウス!どういうことなの?なんで今の段階であの当て馬が土星城を攻略しているの?」
「さあな」
ゼウスはへらへらと笑ってヘラの怒りを受け流そうとするが、ヘラはごまかされなかった。
「とぼけないで。私の『ハッピーホープ学園』のシナリオを知っているのはあなただけ。あなたが奴に余計なことを吹き込んだんでしょう」
そう責められて、ゼウスは苦笑と共にヘリックに天啓を与えたことを認めた。
「決まりきった学園乙女ゲームなど面白くないだろ?私も少々ゲームに干渉させてもらったのさ」
「……でも、『魔王』の力を手に入れるのが早すぎるわよ。これじゃ、私のかわいいイケメンたちとエスメラルダが……」
彼らを心配するヘラだったが、ゼウスの言葉で意外そうな顔になった。
「だが、彼は力を手に入れても『魔王』になる気はないみたいだぞ。ほら、よく見てみるがいい」
「えっ?」
ゼウスに言われて、ヘラは改めて学園を見る。
ヘリックはせっかく魔力を得たものの、学園の寮でエスメラルダに拒否されて、むなしく尻尾を巻いて退散していった。
「……なんだ。もうちょっと根性があるかとおもっていたのに、あっさりエスメラルダを諦めるなんて、薄情な男ね」
ヘラは期待外れのヘリックに、がっかりしてしまう。
「それで、これからどうする?ヘリックはもう学園を去るつもりだぞ」
「知らないわよ。あんな無能な負け犬。でも困ったわね。なんとか物語を盛り上げるために、新しい敵役を見つけないと……」
そういうと、ヘラはブツブツつぶやきながら去っていく。苦笑と共にその姿を見送ったゼウスは、土星城に戻るヘリックを眺めてつぶやいた。
「しかし、土星城へひきこもりエンドではつまらぬ。ふふ、彼をけしかけてみるか」
ゼウスはまだまだもてあそぶ駒として、ヘリックを手放すつもりはないようで、さらに地上の人間たちの運命に介入していくのだった。
ヘリックは魔法学園を去ってから、ずっと土星城に引きこもっていた。
「ああ……エスメラルダをあんな奴らに奪われてしまうなんて。こんなことなら、村にいた時に告白しておくんだった……」
今更後悔しても後の祭りである。エスメラルダは貴族の退廃的な生活に染まっており、ヘリックに見向きもしなくなってしまった。もはや平民の貧しくともおだやかな生活には戻れないだろう。
落ち込んで引きこもってしまったヘリックを心配して、アテナイが土星城にやってくる。
「ヘリック……いい加減にひきこもっていないで、外にでてきなさいよ。女に振られたぐらいでウジウジして、情けないよ!」
口では厳しいことを言うが、心配している様子である。
「そうだな。気晴らしに空中散歩でもしてみるか」
そういわれて、ヘリックもようやく重い腰を上げ、ペガサスに乗って空を飛んでみる。空からヘスペレオスの町の周囲を見ると、大勢のドワーフたちが鍬をもって外の荒れ地を耕していた。
「あれ?みんな何やっているんだ?」
「大地神ガイア様が解放され、日光を遮っていた土星城が町の上空から去っていったから農業ができるようになったの。だから町の周囲の荒れ地を開墾しているのよ」
ヘリックの疑問にアテナイはそう答えた。
「あ、そういうことをアトム騎士も言っていたな」
「ええ。私たちドワーフは食料の供給を人間たちに握られて高値で農産物を買わされて、搾取されていたからね。私たち元巨人の一族はもともと大地の民で農業も得意だし、周囲の荒れ地を開墾できれば、より豊かになれるよ」
天馬で開墾地の上空を飛んでいると、開墾作業をしているドワーフから手を振られる。
「おーい。大地神ガイア様を解放してくれて、ありがとう」
「これで私たちも農業ができるわ」
みな上空を見上げて、ヘリックに感謝してくる。
老いも若きも、男も女も鍬を掲げて土地を開墾しているたくましい姿に、ヘリックもいつまでもウジウジと悩んでいることが馬鹿らしくなってきた。
「俺もいつまでもひきこもっていられないな。手伝いでもしてみるか」
アテナイと二人で地上に降りてみる。開墾のリーダーをしているのは、小さな美少女だった。
「あら、手伝ってくれるの。どうもありがとう」
そういって鍬を手渡してくる少女は、アテナイによく似ている。
「あんたは?」
「はじめまして。私はアテナイの姉でアトム騎士の次女、アリシアよ。あなたのことは妹からよく聞いているわ。女神ガイア様を解放してくれた英雄だってね」
ピンク色の髪をしたロリドワーフは、そういってにっこりと笑った。
「姉?」
アテナイより小さい少女に姉だと名乗られて、ヘリックは首をかしげる。
「そうよ。ドワーフの女たちは今まで重力魔法「ズシン」のせいで、男たちよりさらに縮んじゃったからね。でも、これからはどんどん大きくなるわよ。だってガイア様の封印が解けたんだもんね」
アテナイはそういって、薄い胸を逸らした。
「姉さまはもう20歳オーバーでしょ。これから成長は無理があるんじゃない?」
「ぶぅ!」
アテナイにからかわれたアリシアは、不満そうに頬をふくらませる。
「いいもん。これからどんどん鍛えて大きくなってやるんだから。そうしたらヘリック君の子を産めるようになるもんね」
そういうと、ヘリックに向けて流し目を送ってきた。
「ち、ちょっと待って。その、嫁は私って話だったんじゃないの?」
なぜかアテナイが動揺して問いただすも、アリシアはどこ吹く風である。
「だってアテナイは振られたから従者になったんでしょ。だったらその代わりは姉である私が勤めないと」
「振られてなんかいないもん。失礼な!」
ギャーギャーと言い合いをしている姉妹。そのまま延々と続きそうだったので、ヘリックは放っておいて作業することにした。
「ふんっ!」
渾身の力で鍬をふるい、固い大地を耕して畑に変えていく。周囲の者たちは、筋骨隆々としたドワーフにも負けない働きぶりのヘリックに賞賛の声を上げた。
「すげえ。人間なのにあんな勢いで耕している」
「兄ちゃん。やるなぁ」
「ヒヒン」
ペガサスも馬鍬を取り付けて、一生懸命土地を耕している。
何も考えず、ただ汗を流して無心に土地を開墾していくと、次第にエスメラルダによって傷つけられた心が癒されていくのだった。
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