第12話 決裂

「エスメラルダ……なのか?」

ヘリックは変わり果てたエスメラルダを見て、茫然としてしまう。濃い化粧にアイシャドー、大きく胸元が開いた着崩した制服、これでもかと短くしたスカートなど、村にいたときの清楚な彼女とはあまりにも違っていた。

エスメラルダは一瞬ヘリックを見るも、冷たく無視をする。

そんな彼女に、エレルが冷たい声をかけた。

「エスメラルダさん。風紀違反ですよ。せめて学園にいる間だけでも、きちんとした格好をしなさい」

「いやね。お高く留まったお嬢様は。婚約者の王子に相手にされなくて、仲がいい私に嫉妬しといるから、そうやって絡んでいるの?」

エスメラルダはそういって、エレルの説教を鼻で笑った。

「なっ!」

あまりの暴言に言葉をうしなうエレルに、エスメラルダはさらに告げる。

「あーっ。やだやだ。上級貴族家の子女だか婚約者だかなんだか知らないけどお高くとまっちゃって。そんなだから王子たちに見捨てられるのよ」

「なんだと!」

他の女子たちも、その言葉に怒りの声をあげる。しかし、エスメラルダは色気たっぷりの体を見せつけるようにして、さらに王子たちに体を摺り寄せた。

「悔しかったら、その体で婚約者たちを慰めてみたら」

「そ、そんなこと、淑女としてできるわけないでしょ」

真っ赤になるエレルにあてつけるように王子たちの手を取って、その胸元に押し当てる。彼らはすっかりエスメラルダに骨抜きにされているようで、嬉しそうにしていた。

「エレル。そういう訳だ。君と僕とはただの政略結婚での婚約者だ。男女の愛まで要求される筋合いはないな」

王子は冷たくエレルに対して言い放つ

「そうだぜ」

「何もしてくれないのに、婚約者を名乗られてもね」

「子供の遊びに、いつまでも付き合っていられないってね」

「エスメラルダはもっとすごいことしてくれるんだ。形だけのなんちゃってギャルなんか、本物にくらべたらね」

他の男たちも、次々に自分の婚約者に対して暴言を言い放った。

「……ひ、ひどい!」

それを聞いたエレルたちは、泣きながら走り去ってしまう。それを見送った王子たちは、次に立ち尽くしているヘリックに目を向けた。

「なんだあいつは。馬小屋の下男がなんでこんなところにいるんだい?」

「あいつは私のストーカーよ」

エスメラルダは嫌そうにヘリックに対してそう言い放つ。それを聞いて、ヘリックは膝から崩れ落ちるようなショックを受けるのだった。


「そ、そんな……俺はお前を守りたいと思っていたのに……」

「誰が守ってくれっていったのよ。迷惑だわ」

エスメラルダは、ヘリックを無視してノーブルvと一緒に去っていこうとする。

諦めきれないヘリックは、それでも引き留めようとした。

「お、おい」

「……触らないで。汚らわしい」

エスメラルダは振り向きざまに、ヘリックにビンタする。強い力で頬を叩かれ、ヘリックはその場に立ち尽くした。

「へっ。あれだけ言われでもまだわからないのか?ちょっとお仕置きしてやろうか」

ノーブルVの中から赤い髪を持つたくましい男、アレスが進み出て、持っている杖を高く掲げる。

「ファイヤーウォール!」

アレスの杖から炎の壁が発生し、ヘリックを包み込んだ。

「ギャァァァァ!」

すさまじい苦痛が全身を襲い、ヘリックは叫び声をあげる。

「ギャハハ!そのまま燃えてしまえ!……ん?」

いい気になって魔法をふるっていたアレスは、眉をしかめる。アレスが炎に包まれたのはほんの一瞬で、彼は炎の中で仁王立ちしていた。

その体は炎を寄せ付けず、服すら燃えていない。

「な、なんで燃えないんだ?」

「これが俺が新たに手に入れた力だ。エスメラルダを守るために……」

防御魔法『カチン』で魔法を防いだヘリックはそういうと、炎に包まれた手をエスメラルダに差し伸べる。

「エスメラルダ。一緒に村に帰ろう。今なら俺たち、やりなおせるから」

そういって迫ってくる炎の巨人を、エスメラルダは怯えの視線で見た。

「い、いや……殺されちゃう。助けて!」

おびえてノーブルVの後ろに隠れるエスメラルダを見て、ヘリックは心の底から絶望した。

ヘリックとノーブルⅤの間に緊張が高まった時、澄んだ声が響き渡った。

「ヘリック!なにしてるの?やめなさい!

彼を諫めたのは、後からやってきたアテナイだった。その言葉で、ヘリックは正気を取り戻す。

「アテナイ……すまない」

ヘリックは自分を取り巻いていた重力魔法を解く。同時に彼を包んでいた炎も消えた。

ノーブルⅤの後ろから顔をだしたエスメラルダは、アテナイを見てフンッと鼻をならす。

「なによ。あんただってその子とよろしくやっているじゃん」

「な?ご、誤解だ。アテナイは……」

何か弁解しようとしたヘリックを、エスメラルダは切り捨てる。

「はいはい。いいから、というか、何言い訳しようとしているのよ。気持ち悪い。まあ、あんたはそのちんちくりんと仲良くやっていれば?薄汚いドワーフと馬糞臭い下男。お似合いだわ」

「ちんちくりんですって!」

バカにされて、今度はアテナイが怒りに触れる。

その時、警備兵がやってきて、ヘリックとアテナイを取り囲んだ。

「貴様たち、何をやっている。ここは貴族の学生寮だぞ!薄汚い下男やドワーフなどが来て良いところではない!」

ヘリックとアテナイに槍を突き付けながら、警備兵たちは居丈高にどなりつける。

「くっ……」

さすがに警備兵相手に暴れるわけにもいかず、ヘリックは棍棒を降ろした。

その様子をみたエスメラルダは、勝ち誇ったように告げる。

「ふん。これでわかったでしょ。あんたと私じゃ身分が違うのよ」

「そうだぞ。今回は見逃してやるから、おとなしく帰りたまえ」

アポロ王子も、余裕たっぷりに言い放った。

「……ヘリック。帰ろう」

「……ああ……」

絶望したヘリックは、アテナイに手を引かれて戻っていく。エスメラルダとノーブルv、女子生徒たちは、そんな彼らを軽蔑の視線で見送っていた。


ヘリックが寝起きしている下男小屋

ショックを受けてへたり込んでいるヘリックを、アテナイは必死に慰めていた。

「その……私が口だすのもなんだけど、彼女のことはあきらめたほうがいいんじゃないかしら。もうすっかり貴族に染まっているみたいだし……」

ヘリックは彼女の言葉が耳に入らないかのように、ブツブツとつぶやいている。

「エスメラルダ……なんであんなビッチになってしまったんだ……」

「彼女は田舎で純朴な生活をしていたんでしょ。そんな子が予備知識もなしに都会の学校に来たら、ああなってしまうのも無理はないわ」

その言葉を、ヘリックは聞きとがめた。

「どういうことなんだ?」

「一部の上流貴族の子弟の間では、その、大変性が乱れていると噂には聞いたことがあるわ。私たち下級貴族は、上流貴族の慰み者になる事も多く……そのことを危惧した父は、なかなか私たち姉妹を魔法学園に通わせようとしなかったの」

「そういうわけだったのか……」

ヘリックは、なぜエスメラルダが変貌したのかを知り、がっくりと肩を落とした。

「これからどうするの?」

「そうだなぁ。もう俺にはどこにも居場所がなくなってしまった。今更ヘリオス村に帰っても、周囲の奴に負け犬としてバカにされるだけだし」

エスメラルダに振られて、抜け殻のようになっているヘリックは、そう言って虚しく笑う。

そんな彼の手を、アテナイは優しく握りしめた。

「土星城に帰りましょう。一緒に馬を育てて、穏やかに暮らしてみない?私でよかったら、従者として傍にいてあげるから」

「……そうするか」

ヘリックは虚しくそうつぶやくと、ペガサスを『召喚』する。

「さあ、行きましょう」

傷心のヘリックは、魔法学園を去って土星城に戻っていった。

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