第15話 取引停止

ヘスヘレウスの町

アリシアとアテナイは、周囲の荒れ地の開墾状況を父親に報告していた。

「そうか……ヘリックは立ち直り始めたようだな」

「ええ。エスメラルダに振られたときは、すごく落ち込んでいて可哀そうだったから、本当によかったわ」

アテナイはほっとして胸を撫でおろしている。

「本当に。その女ってろくなものじゃないわね」

アリシアは、会ったこともないエスメラルダに対して怒りを感じていた。

それを聞いたアトム騎士は苦笑する。

「そうか……まあ、これもいい経験であろう。世の中にはままならぬこともある。若いうちは女に振られるのも勉強の内だ。そういう時には、思い切り仕事に打ち込ませて忘れさせてやるのが一番よいのだ。

父親の言葉に、二人の娘は頷く。

「そして、女に振られた傷は、お前が慰めてやればよい」

「な、慰めるって……そんな。私なんかじゃ……彼は人間で私はドワーフだし、それに出会ってまだ間がないし」

それを聞いて、アテナイは真っ赤になる。

「なに、失恋した直後の男ほど、落としやすいものはない。お前にも充分チャンスはあるぞ」

「あら。だったら私にもチャンスがあるってことね」

アリシアは、いたずらっぽくウインクする。

「ち、ちょっと姉さま!」

「あら。彼はなかなかいい男だと思うわよ。働き者だし、ドワーフにも負けない体力を持っているし、誠実だし。やっぱり男はああいう頼もしい人じゃないとね」

まんざらでもない様子で、アリシアは笑う。

「ふむ。当家としてはどちらを嫁にやってもかまわないぞ。あとはお前たちの努力次第だな」

アトム騎士までそういって煽ってくるので、アテナイは焦った顔になるのだった。

二人が退出した後、アトムは執事に命令して、小麦の種籾の提供を断った領に手紙を出す。

「奴らには思い知らせてやらねばならんな。いい加減に人間どもにドワーフと言われてバカにされるのも飽きてきた。今後は魔石の提供を断らせていただこう」

アトム騎士の手紙は、すみやかにジュピター子爵に届けられるのだった。


数日後、ジュピター子爵領の屋敷では、子爵が息子ケルセウスからの手紙を読んで悦に入っていた。

「ぐふふ……エスメラルダは順調に上級貴族の息子たちにとりいっているようじゃな。あ奴を養子にした甲斐があったわ」

そういって不気味に笑う。ノーブルⅤの親たちはアポロ王太子の父である国王を筆頭に、皆重要な役職についている重要人物であるが、ケルセウスの父であるジュピター子爵だけは無役の地方貴族にすぎない。

なので、なんとか魔法学園でコネを作って、中央政界への進出をもくろんでいた。

「もちろん。女だけでは足りない。もっと賄賂を積んで仕官活動に精を出さねば。そのためには、わが領地の収穫高をもっと上げて……」

子爵がそう考えているとき、執事がやってきた。

「申し上げます。アトム騎士爵から手紙が来ております」

「アトム騎士爵?ああ、わが領から農産物を買って、その代わりに土の魔石を売っているあの田舎者じゃな」

土の魔石は、畑の肥料の代わりになるもので、それが無ければ作物はよく育たない。子爵のような領内の主産業が農業である領地には欠かせないものである。

「どれ、また種籾を分けてほしいと言い出してきたのか。愚かな。無駄なことをしおるわ。せいぜい気をもませて、魔石を安く売るように迫ってやろう」

そう思って手紙を開いてみる。読み進んでいくうちに、子爵の顔は真っ赤になっていった。

「なんだと!今後わが領との取引を停止するじゃと?ドワーフの分際で生意気な!」

怒り心頭に発した子爵は、慌てて使者をヘスヘレウスの町に派遣するのだった。


ヘスへレウスの町

怒った顔をした使者が、アトム騎士を詰問している。

「わが領との取引を停止するとは、どういうことだ?下賤なドワーフごときが調子に乗りおって!」

「まあまあ。お茶をどうぞ!」

「茶など、どうでもよい!」

使者はテーブルを蹴り上げる。ガシャンという音とともに、お茶が入ったコップが砕け散った。

それを見たアトム騎士はため息をつくと、取引停止に至った理由を話す。

「実は、この町一帯の太陽光を遮っていた土星城が解放されまして、わが町にも日が当たるようになったのです」

「それがどうした!」

使者は怒鳴りつけるが、アトム騎士は恐れ入らなかった。

「わかりませんか?太陽光が当たるようになったということは、この町で農業ができるようになったということ。もともとこの辺り一帯は大地神ガイア様の力が強い豊かな土地。肥料になる土の魔石を撒けば、あっという間に穀倉地帯となるでしょう」

そういわれて、使者はハッとなる。

「そ、そうなれば……」

「ええ。わざわざ高い金を出してあなたの領から食料を買う必要もなくなる。もちろん魔石も自領で消費することになるから、輸出する分に回せなくなるでしょうね」

アトム騎士の言葉を聞くうちに、使者の顔は真っ青になっていった。

「ま、待て。そうなったらわが領の農業は大ダメージを受けてしまう。なんとか魔石を融通してもらえないだろうか?」

「残念ですが、お断りさせていただきます。あなた方を信用できませんので」

アトム騎士はそういって、使者の頼みを断った。

「だ、だが……種籾の提供は断ったはずだ。いくら魔石があろうが、種が無ければ何もできない」

やっとの所で言い返した使者を、アトム騎士は憐れむように見つめた。

「ご心配にはいりませぬ。われらが女神ガイア様のご加護により、すでに必要な種は手に入れました。それでは、お話も終わったことですし、すみやかにおかえりください」

そういって席を立つ。あしらわれた使者は、泡を食ってジュピター領に逃げ帰るのだった。


使者からアトム騎士の返事を聞いたジュピター子爵は、怒りに震える。

「おのれ!たかがドワーフの騎士の分際で、子爵たる我が家に逆らうとは!」

怒りのあまり部屋中の物を壊して八つ当たりするが、このままでは現状は改善しない。

「くつ……だが、土の魔石が無ければわが領の収穫量は大きく損なわれる。そうなったら、王都の食料供給の役目を担っている我が家の責任が追及されて……」

王から叱責される様子を思い浮かべて、子爵は真っ青になってしまう。せっかく息子を魔法学園に通わせて、上級貴族たちと仲良くさせ、中央とのコネができたとおもったのに、このままでは自らの地位も危うかった。

「……なんとかして、土の魔石を提供させねば……」

そう思った子爵は、冒険者ギルドに依頼してアトム領の情報を集める。

その結果もたらされた情報は、驚くべきことだった。

「なに?へスぺレウスの町の空中ダンジョンが攻略されてただと?」

資料を詳しく読んでいくうちに、子爵の顔に邪悪な笑みが広がっていく。

「くくく。空中ダンジョンが攻略され、あの町にかかっていた重力魔法『ズシン』が解除されたということは、こちらから攻め入っても邪魔されるということがないわけだ。ちょうどいい。あやつらを派遣して、魔石を供給している空中ダンジョンを奪い取ってくれる」

そう思った子爵は、自領で配下に収めているある一族に命令を下すのだった。

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