第9話 天馬

へスぺレウスの町

領主アトム騎士の三女、アテナイ・アトムは、馬小屋でペガサスの世話をしていた。

「ヒヒン」

甘えるようにすりよってくるペガサスを、アテナイは優しくなでて慰める。

「やれやれ……君のご主人様はどうしちゃったんだろうね。土星城の攻略なんてさっさと諦めて、無事に帰って来てくればいいんだけど……」

アテナイがつぶやいた時、外からワーッと人々が騒ぐ声が聞こえてくる。

「あれ?何かあったのかな?」

外に出たアテナイは。すぐに異変に気付く。巨大な球城のせいで常に日光が遮られて薄暗かったヘルヘレオスの町に、さんさんと光が差し込んでいたのだった。

「これは……まさか?」

慌てて空を見上げると、常に町の上空に鎮座していた土星城がうきあがっていく。

「もしかして、土星城が攻略されて、ガイア様が解放されたのかも!」

そんな期待を抱く彼女の目に、土星城から放たれた豆粒のような点が映る。

それは空を飛ぶ人間の姿をしており、どんどん領主の館に近づいてきた。

「だ、誰なの?」

その人影はついに馬小屋に降り立つ。それは彼女にペガサスを預けた少年だった。

「あ、あなた……?」

「ペガサスを預かってくれて、ありがとう。これは礼だ」

少年―ヘリックはアテナイに金貨の入った袋を渡すと、馬小屋に入っていく。慌ててついていったアテナイが見たものは、ペガサスを可愛がるヘリックの姿だった。

「よーしよーし。元気にしていたか?」

「ヒヒン」

ヘリックが無事帰ってきたので、ベガサスは喜んで鬣を震わせていた。

「お土産だぞ。「黄金のリンゴ」だ」

ヘリックが金色のリンゴをとりだすと、彼の周りをふわふわと飛び回っていた金色の妖精が不満顔をする。

「え~僕の『黄金のリンゴ』をそんな駄馬に与えるの?それって一応伝説の宝なんだけど……」

「うるさい」

ヘリックはノームを無視してリンゴを与えると、ペガサスは喜んで食べた。

「ヒヒ―ン!」

そのいななきと共に、ペガサスの姿が変わっていく。魔力がその体に満ちていき、背中から翼が生えてきた。

「よし。魔獣『天馬』に進化したな」

「ヒヒン!」

ヘリックが背中をなでると、ペガサスは身を震わせて喜んだ。

「よし。それじゃ魔法学園に帰るか」

そういってペガサスにまたがろうとすると、アテナイに止められた。

「ち、ちょっと待って。もしかして、あなたが土星城を攻略して大地神ガイア様を解放してくれたの?」

「ああ」

ヘリックがそう答えると、アテナイは涙を流して喜ぶ。

「よかった……私たちの守護神が解放された。お願い。ぜひお礼をさせて!私の父にも紹介させてもらうわ!」

必死の表情で頼み込んでくるアテナイに連れらて、ヘリックは領主の館に入るのだった。


アトム騎士爵邸 応接室

難しい顔をした領主アトムと、ヘリックが向き合っている。

「私はこの街をおさめる領主の、アトム騎士だ。娘から話は聞いているが、よければ詳しい事情を聞かせてほしい」

そういわれて、ヘリックは土星城で何があったのかを話す。

聞き終えたアトムは、複雑な顔をしてため息をついた。

「そうか…我らが女神であるガイア様を解放してくれて、感謝いたす。だが……これから私たちはどうすればいいものやら」

「お父様……どうしたの?」

アトムが喜び半分、不安が半分の複雑な顔をしているので、アテナイは首をかしげる。

「いや。ガイア様が解放されたのは喜ばしいことだが、同時にこの町の経済を支えていた空中ダンジョンも失われた。これから魔石が手に入れられなくなると、皆が困窮するだろう」

それを聞いて、アテナイもはっとなった。

「そうか。もう土星城の空中ダンジョンには上がれないのか。そうなると冒険者もこなくなり、町の人が困っちゃう」

頭を抱えて困りはてる二人を見て、ヘリックは気まずい思いをした。

「あの……なんか悪かったな」

ヘリックに頭をさげられ、アトムとアテナイは慌てて首をふった。

「気にしないで。いずれ封印がとければ、こうなることはわかっていたことだから」

「そうだ。私たちのことは気にしなくてもいい。幸い、太陽の光が当たるようになったので、これから農業も見込めるようになるだろう。地道に周辺の荒れ地を開拓していこう」

二人はそういうが、自分のせいで迷惑をかけることをヘリックは申し訳なく思った。

「それより、ガイア様を解放してくれた礼をしよう。何か欲しいものがあるかね?」

アトムの言葉を聞いて、ヘリックは考え込む。

「それなら、メスの馬を集めてくれ。ペガサスとの約束を果たしたい。それに、いいことを思いついたぞ

うれしそうなヘリックを見て、アトムとアテナイは首をかしげるのだった。


牧場に、何十頭もの若い牝馬が集められている。これらは街中から選ばれた名馬ばかりだった。

「ヒヒ―ン!」

牝馬たちを見て、ペガサスのテンションがあがる。

「よし。ベガサス。好きに選んでいいぞ」

「ヒン!」

ヘリックにそういわれたペガサスは、喜んで牝馬に駆け寄った。

「ヒン!」

「ヒヒン!」

いきなり迫られて、びっくりした牝馬たちに噛みつかれたり蹴とばされたりしながらも、ペガサスは果敢にアタックしていく。

「なんていうか……ペガサスちゃんめげないわね。さすがに、ちょっと引くわ」

その様子を見て,アテナイはちょっと呆れていた。

「仕方ないだろ。魔法学園でさんざん『当て馬』にされて、ずっと悔しい思いをしてきたんだから」

ヘリックはペガサスに同情して、涙を流す。そうしている間に、ペガサスは何頭かの牝馬を連れて戻ってきた。

「そいつらがお前を受け容れてくれたのか?よかったな」

「ヒヒン」

ベガサスは嬉しそうに棹立ちする。そして、いきなり雌馬にまたがろうとした。

「お、おいおい。ちょっと待ってくれ。まだそいつらにはやってもらいたいことがあるんだ。後にしてくれ」

「ヒヒーン」

それを聞いたペガサスは、不満そうになりながらもしぶしぶ離れる。

「よしよし。それじゃ、お前たち、これを食べてくれ」

ヘリックが牝馬に『黄金のリンゴ』を与えると、彼女たちは喜んで食べた。

牝馬たちの背中にも、白い翼が生えていく。

「ヒヒン!」

自分と同じ天馬になった牝馬たちを見て、ペガサスは喜んでいた。

「すごい……これが伝説の『黄金のリンゴ』なの?ただの馬に魔力を与えらて、進化させることができるなんて」

それを見たアテナイがうらやましそうな顔になる。

「それじゃ行こうか」

ヘリックたちは天馬に乗って、上空の土星城に向かうのだった。


土星城

大地神ガイアが解放されたことによって、その姿も変貌している。以前はごつごつした木に覆われていたが、封神樹が枯れて柔らかい土になっており、そこには緑色の牧草が生えていた。

「ヒヒン!」

その表面に立ったペガサスと牝馬たちは、喜んで草を食べている。

「へぇ……ここが土星城かぁ」

ド面に降り立ったアテナイは、物珍しそうに周囲を見渡す。土星城は小さいながら惑星のように中央に向けて適度な重力がかかっており、ちゃんと立つことができていた。

「なんか、すごい光景だね。まるで自分たちが逆立ちしているみたい」

頭の上に広がる地上のへスぺレウスの町を見上げて、アテナイは面白がる。

「ここに牧場を作り、天馬たちに冒険者や魔石の輸送をしてもらえれば、今後も土星城で採掘できるようになるぞ」

「本当?ありがとう。さっそく手配するよ!」

それを聞いて、アテナイも喜ぶのだった。

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