第10話 魔法学園へ


地上に戻り、アトム騎士にそのことを話すと、彼もほっとした表情を浮かべる。

「そうか。今後も採掘に協力してくれるのか。感謝する。となると、これからも君と友好関係を結んでいかねばならんな……」

大地神ガイアの眷属であり、天馬たちの飼い主であるヘリックは、事実上の土星城の所有者である。今後魔石の供給を一手に握る彼とのつながりを持ちつつげるため、アトムはある提案をした。

「そうだ。わが娘アテナイを嫁にやろう」

ヘリックとアテナイを見比べて、そう告げる。

「ち、ちょっと待ってよ。そんないきなり……」

アテナイが真っ赤になって首をふるが、アトムは厳しい顔をして諫めた。

「政略結婚は貴族の義務だ。我が家は下級貴族とはいえ、その家に生まれたからには義務からは逃れられんぞ」

「でも……」

顔を赤らめるアテナイに、ヘリックは慌てて首を振った。

「ち、ちょっと待ってくれ。勝手に決めるな。俺は嫁なんていらないぞ」

「なによ。私じゃ不満だってこと!」

アテナイが頬をふくらませる。

「そ、そうじゃなくてだな……」

ヘリックはなぜ魔力を手に入れて、貴族に対抗できる力を欲しがったのかを話す。彼には心に決めた大切な幼馴染がいることを知って、アトム騎士も結婚を強制することを諦めた。

「なら、とりあえず従者として側に置かせてもらえまいか?」

「従者?俺は平民の馬小屋の下男だが、いいのか?」

ヘリックの言葉に、アトム騎士は頷く。

「かまわぬ。幸い、アテナイは馬が好きでな。貴族としての部屋で礼儀作法を勉強するより、馬に乗っている時間が長いくらいだ。ある意味お似合いかもしれん」

そこまで言われて、ヘリックも断り切れなくなる。

「わかった。まあ大した給料は出せないかもしれないけど、協力して天馬たちの世話をしてくれ」

「仕方ないね……従者になるよ」

こうして、アテナイがヘリックの従者になることが決まったのだった。


アトム騎士の手配で、各牧場から馬の世話をする使用人が募集され、あっというまに馬小屋と冒険者ギルドの分所が土星城につくられる。。

土星城の表面につくられた牧場では、大勢の牝馬に囲まれたペガサスが走り回っていた。

「いいよなぁ馬は。簡単に相手を探せて」

「ヒヒン」

うらやましそうな顔をするヘリックに、ベガサスはドヤ顔をして鼻を鳴らす。

「あはは。面白いー!」

その時、楽しそうな声が響き渡る。空を見上げると、アテナイが天馬にまたがって空を飛んでいた。

「おーい!ヘリックー!」

上空から手をふってくるアテナイに、ヘリックも苦笑して手を振り返す。彼女は土星城に来てから、毎日のように空中散策を楽しんでいた。

「おい。あまり高く飛ぶなよ。落ちたら危ないぞ」

夢中になって飛んでいるアテナイを、ヘリック心配する。

「あはは。これくらい平気だよ」

アテナイがそういったとたん、目の前に鳥が飛び出してきた。

「ヒヒン!」

いきなり目の前に鳥が来たので、アテナイが乗っている牝馬が驚いて棹立ちになる。

「きゃぁぁぁぁ!」

アテナイは馬から振り落とされ、地面めがけて落ちていった。

「あぶない。『反重力(アンチズシン)』」

ヘリックはとっさに自分自身の体に反重力をかけて、空中でアテナイを受け止める。

「びっくりした。君は空を飛べるの?」

空中で抱きかかえられて、アテナイは目を丸くしてヘリックを見つめた。

「ああ。これも女神アテナから授かった土魔法の一つさ。重力魔法だ」

「へえ。すごいね。私たちも土魔法は使えるけど、せいぜい鉄を鍛えるとか、ガラスを作ったりする程度で、自分で重力を操るなんてできないよ。その魔法は神話時代の巨人だったころに封印されたから、魔石を使うしかないし」

自分たちの知らない伝説の魔法をヘリックが使えるので、尊敬した目で見上げてくる。

「でも、このまま天馬で空を飛んだら危ないな……よし。とりあえず、お前もこの「黄金のリンゴ」を食べろ」

そういって、ヘリックはアテナイにも黄金のリンゴを差し出した。

「いいの?」

「ああ、そんなの中央部分にはいっぱい生えているんだから」

まったく頓着しないヘリックに、周囲を飛び回っていたノームが不満を漏らす。

「だから、そんなに気軽にばらまかないでほしいんだけど。それを作っているの僕なんだよ」

「いいじゃないか。けちけちするなよ。ほら、どうぞ」

「う、うん」

おそるおそる、アテナイは黄金のリンゴを食べてみる。するとカーッと熱くなり、体中に魔力が満ちていった。

同時に、胸に土星のマークが現れる。

「反重力(アンチズシン)」

試しに呪文を唱えると、アテナイの体は重力に逆らって宙に浮いた。

重力魔法が使えるようになったことに、アテナイは心から感激する。

「これが失われた重力魔法……ありがとう。大地神ガイア様が封印されて以来、私たち元巨人族から失われていた魔法が復活したみたいだよ」

アテナイはヘリックの手を握って、感謝するのだった。

「それより、そろそろ魔法学園に戻ろうと思うんだが、本当についてくるのか?」

「もちろん。私は君の従者だもん。とりあえず転校生として編入することになったから、よろしくね」

そういって、アテナイはにっこりと笑うのだった。


魔法学園にもどったヘリックは、とりあえずアテナイにエスメラルダのことを頼む。

「彼女を見守っていてくれ。変な虫がつきそうだったら、俺に知らせてくれ。俺は生徒じゃないから、教室に入れないから」

「はいはい。わかったよ」

アテナイはヘリックの頼みを受け容れ、エスメラルダのいるクラスに編入する。

「えっと……アトム騎士爵の三女、アテナイ・アトムと申します。みなさん、仲良くしてくださいね」

そう礼儀正しく挨拶したが、クラスメイトたちの視線は冷たかった。

「騎士爵の娘ですって。田舎貴族ね」

「ここは普通男爵以上の爵位を持つ名家が通う学園ななのに、何をしにきたんだか」

そういってクスクス笑う声が聞こえてくる。

その態度にアテナイは腹がたったが、我慢してクラスの中央の席に座る白い髪の少女に話しかけた。

「君がエスメラルダ?ヘリックから聞いているよ。よろしく」

そういって手を差し出すが、エスメラルダはフンっと鼻で笑って握手を拒否した。

「ヘリックの知り合いなの?どおりで馬糞の匂いがすると思ったわ」

そういって顔をそむける。

改めてエスメラルダをよく見てみると、顔は整った美少女だったが不自然に厚化粧をしており、身に着けている服もどこか着崩してだらしない印象である

ヘリックが語っていたやさしくて純朴な少女だと思っていたアテナイは、想像とのあまりのギャップに困惑してしまった。

「えっと……君はヘリオス村のエスメラルダで間違いないんだよね。ヘリックの幼馴染の」

それを聞いた周囲の女子たちから、クスクス笑いが沸き起こった。

「村娘ですって」

「やっぱりね。無理しておしゃれしているけど、どこか田舎臭さが抜けていないもんね」

そんな声が聞こえてきて、エスメラルダの顔が憤怒に染まった。

「人違いよ、ヘリックなんて馬小屋の下男、知らないわ」

「いや、馬小屋で働いているって知っているじゃない」

「キーッ!」

指摘されてエスメラルダは真っ赤になり、プイッとそっぽを向いた。

「とにかく。私はあんな奴とは関係ないわ。。そもそも身分が違うのよ」

エスメラルダがそう言い放つと同時に、五人のイケメンが会話に割り込んでくる。

「そうだよ。君がどこの馬の骨娘だが知らないが、僕たちの恋人に絡まないでくれたまえ」

「王子様!」

エスメラルダは笑顔を浮かべると、話しかけてきた美少年にしなだれかかる。

「あなたは……?」

「ふっ。貴族とはいえ、薄汚いドワーフは僕の顔を知らないらしい。僕はアポロ。この国の王太子さ。そして彼らは僕の親友である上級貴族だ」

アポロは自慢そうに胸をそらす。ほかの四人のイケメンも、ドワーフであるアテナイを見下した目で見つめた。

「お、王太子?」

「そうだ。わかったら君のような身分が低い者は、教室の隅でおとなしくしておきたまえ。いいね」

そういうと、王子たちはエスメラルダを連れて去っていく。エスメラルダは彼らと腕を組んで、全力で媚びていた。

(こ、これがヘリックの想い人なの?なんていうか……彼がかわいそうになってきたわ……彼はあなたを守れる力を手に入れるために、命がけでダンジョンに挑んだというのに)

アテナイは、いろいろな男と戯れているエスメラルダを見て呆れるとともに、怒りを感じるのだった。

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