第8話 誘惑
夢中になって遊んでいたら、日が落ちて夕方になる。
「こら。エロス。次は僕の番だよ。いい加減にあがってきなさい」
「はーい」
タキシードを着たケルセウスがやってきてエロスを叱ると、彼はバツの悪そうな顔をしてプールから上がった。
「エスメラルダ。楽しかったかい?」
「あっ。うん……きゃっ」
エスメラルダは、今更透けた服が恥ずかしくなったのか、自分の体を隠すように身を縮める。
そんな彼女に優しく微笑むと、ケルセウスは着替えが入った包みを渡した。
「ここからは大人の時間だ。エスメラルダ。着替えてきなさい。外で待っているから」
そういって、ケルセウスはプールから出る。エスメラルダはドレスを受け取ると、真っ赤に顔をして更衣室に向かうのだった。
「わあ……きれいなドレス。こんなの初めて」
更衣室で着替えが入った包みを開いたエスメラルダは、中に入っていたドレスを見て昂奮する。それは胸元が大きく開いた色っぽいドレスだった。
しばらくドレスを眺めていたエスメラルダだったが、はッと気づいてしまう。
「し、下着が入ってないわ。どうしよう……」
今まで着ていた服はメイドによってすでに回収されており、エスメラルダは途方にくれてしまうのだった。
「やっぱり思った通りだ。きれいだよ」
肩と胸元が大きく開いたドレスをみて、ケルセウスは微笑む。それに対して、エスメラルダは真っ赤な顔で無言だった。
「どうしたんだい?」
「な、なんでもないの……」
ノーパンノーブラでドレスを着たエスメラルダは、心もここにあらずである。
そのまま馬車に乗せられて連れてこられたのは、多くの社交界の貴族たちがあつまるカジノだった。
「あれは何……?」
洗練された紳士淑女たちが、熱中しているゲームを見て、エスメラルダは首をかしげる。
「ブラックジャックというゲームだよ。ルールはね……」
ケルセウスから説明を受け、エスメラルダは席についた。
「よし、まずは1アルから始めてみよう」
けるセウスはテーブルにチップを置く。
「い、一アル?そんな大金をかけるなんて……」
ちなみに一アルは日本円で一万円に相当する。村では大の男が一日働いても手に入れられない大金を平然とかけることに、エスメラルダは恐怖を感じていた。
しかし、ケルセウスは平然としている。
「大丈夫。父上から君のためにお小遣いを預かっているから。これも、貴族としてのたしなみを学ぶために必要なことなのさ。さ、楽しもう」
余裕たっぷりにウインクするケルセウスに、エスメラルダはあこがれてしまう。
(これが貴族なんだわ……私は今まで貧しい村で、何をやっていたんだろう……)
ぼんやりとそんなことを考えるエスメラルダを見て、ケルセウスはディーラーに合図する。すると、ディーラーはすはやくカードを変えて、エスメラルダに選んだカードを配った。
「ブラックジャック!」
エスメラルダがカードをめくると、歓声があがり、大量のチップが手元に来る。
「え?え?」
「おめでとう。君の勝ちだ。10アルゲットだよ」
村では一か月働いてようやく手に入れることができる金を一瞬で手に入れて、エスメラルダは高揚した。
「あはは。面白い」
エスメラルダはどんどんギャンブルにのめり込んでいくのだった。
エスメラルダが夢中になってカード遊びに興じる中、ケルセウスはそっとその場を離れる。
そしてカジノに併設されている酒場に行く。そこには複数の女子生徒と戯れているアポロ王太子がいた。
「どうだい?あの子の様子は」
「もうすっかり、仕掛けた遊びにはまっています。もはや我々に対する警戒心はもっていないかと」
ケルセウスは皮肉な笑みを浮かべて、そう報告すると、王子の口角がつり上がった。
「くくく。田舎娘ほど染まりやすい。これであの女は我々のとりこになるだろう」
そうつぶやくアポロに、ケルセウスは首を傾げた。
「しかし、なぜあんな田舎娘に、女神ヘラ様は光の聖女の加護を与えたのでしょう」
「知らんな。だが、彼女を手に入れることで、我々は世界を救う英雄の地位につけるのだ。せいぜい歓待してやろう」
そういうと、アポロは衣服の乱れを直し、立ち上がる。
「そろそろ仕上げと行くか」
そういうと、アポロは執事を読んで部屋の用意をするのだった。
「あ~負けちゃった」
最初は調子よく勝っていたエスメラルダだったが、次第に負けが込み始めて、最後にはすべてを失ってしまう。
そんな彼女に、アポロ王子が声をかけてきた。
「残念だったね」
優しくそういわれて、エスメラルダは真っ赤になる。
「こ、これは王子様。はしたないところを見せてしまいました」
「ふふ。楽しんでくれて、僕たちもうれしいよ。ところで、そろそろそろそろお腹もすいただろう。食事の用意ができているよ」
そういって、エスメラルダをエスコートして隣のクラブの個室に案内する。そこには上質の料理と酒が用意されていた。
「どうだい?おいしいかい?」
「ええ。こんなの初めてです」
上質な料理を堪能し、エスメラルダはすっかり満足していた。
食後に執事がワインを運んできて、二人だけの歓談が始まる。
「僕たちの出会いに乾杯」
美しいグラスを触れ合わせる。そのワインを飲んだエスメラルダは、カーッと体が熱くなった。
「こ、これは……」
「ああ。コカの実でつくられたワインで、コカワインという。貴族の中でも限られた者しかたしなめない上質なワインさ」
優雅なしぐさでワインを飲む。その姿はまさに王子にふさわしく、エスメラルダはうっとりと見惚れてしまった。
「どうだい。今日は楽しかったかい?」
「ええ。私が今まで生きていた世界が、いかに狭いものだったかを思い知りました」
エスメラルダは、しみじみと語る。
「そうさ。僕たちは高尚な貴族なんだ。君は平民の世界で生きてきたので、そのことを知らなかった。だからあの馬番などにたぶらかされてしまっていたんだ」
「ええ……」
王子の言葉に、エスメラルダはうなずく。彼らの高貴な薫りに宛てられると、馬糞の匂いがするヘリックなどいかにも野蛮でつまらない男であるかのように感じられた。
「そして、貴族にはそれなりの付き合い方がある」
アポロがエスメラルダの手をとり、部屋の隅に用意されてあるソファベッドに招く。
エスメラルダは彼に招かれるまま、その身をゆだねた。
「君も、これで貴族の仲間入りだ」
「ええ……」
アポロの手がゆっくりとドレスにかかる。エスメラルダは胸を高まらせながら、初めて感じる快感に身を任せるのだった。
オリンポス山
地上のはるか上空に浮かぶその山には、豪華な『天王城』が築かれている。
その城の一室で地上を見下ろしていた女神ヘラは、自らの魂を分け与えた人間が感じる感覚を共感して楽しんでいた。
「はあはあ……昂奮する。キュンキュンする」
貴族の退廃的な遊びに触れて昂奮するエスメラルダと意識を共有している女神ヘラは、そうつぶやいてもだえる。
彼女が感じる新鮮な刺激は、何百年も神として怠惰な生活をしている彼女にははるか昔に忘れてしまったものだった。
そんな彼女を、夫であるゼウスは皮肉そうな目で見つめる。
「楽しそうだな。いささか悪趣味にすぎるが」
「なによ。あんただって純真な娘を堕落させる快楽をあの男の子たちの意識を通じて感じているくせに」
いいところに水をさされて、ヘラは自分の夫であるゼウスに言い返す。
「まあな。愚かな地上の人間を操り、奴らを堕落させるのは本当に面白い」
ゼウスも地上のノーブルⅤたちと意識を共有させ、楽しんでいた。
「それに、私がしたのはちょっと運命をいじっただけ。堕落したのはあの子自身の意思なのよ」
本来、田舎村で平凡な生涯を送るはずだったエスメラルダに「光の聖女」となる運命を与えたのは、確かに彼女である。だが、貴族の退廃的な誘惑を拒絶せず受け入れたのは、まぎれもなくエスメラルダであった。
「それより、あの当て馬はどこにいったの?姿がみえないんだけど」
「さあな」
ヘリックの『当て馬』としての運命を捻じ曲げたゼウスは、そうとぼけて知らん顔をする。
「残念だわ。あの子の今の姿をみせつけて、悔しがる顔をみたかったのに」
「そう焦ることはあるまい。いずれ堕落した彼女の姿を見て、絶望することになる。そうすれば……」
「『魔王』になるための種を仕込むことができるわけね。これでまた楽しめるわ」
人間の運命をもてあそぶ創造神の夫婦は、そういって笑い合うのだった。
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