第3話 ノーブルⅤ



焼却場にいくと、複数の女子がエスメラルダを取り巻いていた。

「あはは!さっさとこの学園から出ていきなさい」

女子たちが腰に手を当てて、エスメラルダを見下している。彼女は灰になった教科書を見て、泣き崩れていた。

幼馴染である彼女のそんな姿をみて、へリックの頭は沸騰する。

「おい!何やっているんだ!やめろ!」

怒鳴られれて、女子たちは一瞬ビクっとするものの、声をかけてきたのが汚いツナギをきた下男だったのを見て、鼻でフンッと笑った。

「何?汚い下男の分際で、声をかけてこないでよ」

「ほんと、汚らしい」

しかめ面になる女子たちを無視して、へリックはエスメラルダをかばうかのように立ちはだかる。

「こいつを虐める奴は、俺が相手だ」

「へリック……」

自分を守ってくれるへレックを見て、エスメラルダの顔が嬉しそうにほころぶ

しかし、女子たちは全く恐れ入らなかった。

「ふん。魔法が使えない平民の分際で、私たち貴族にかなうと思っているの?ファイヤーボール!」

「ウィンドカッター!」

「ウォーターショット!」

女子たちは、杖を振りかざして魔法をふるう。

「ぶへっ!」

初級魔法ながら、魔法が使えないへリックは、まともに膜法を受けて吹き飛んでしまった。

「へリック?」

頼りになるとおもったへリックがあっさりと負けたことに、エスメラルダは失望してしまう。

「あはは。邪魔者は消えたわ。さあ、次はあんたの番よ」

あらためてエスメラルダに杖を向けたとき、おだやかな声が響き渡った。

「君たち、何をしているんだい?」

振り返ると、穏やかな表情を浮かべている五人のイケメン貴公子たちが立っていた。

「アポロ王子様……」

「『ノーブルⅤ』の方々が勢ぞろいして……」

あまりに意外な人物が立っていたので、エスメラルダを虐めていた女子たちは気まずい思いをする。彼ら五人は貴族の中でもイケメンで有名で、『ノーブルⅤ』と呼ばれて学園中の女子の憧れの的だった。

彼らはそんな女子たちに優しく微笑むと、エスメラルダに手を貸して立ち上がらせた。

「大丈夫かい?」

「は、はい。ありがとうございます。アポロ王子様」

エスメラルダはポっと頬を染めて、王子に縋り付いた。

「君たち、エスメラルダは確かに平民として生きていたが、ちゃんとジュピター子爵家の血を引く貴族なんだ。僕の従妹をいじめないでくれるかな?」

緑色の髪をしたチャラ男、ケルセウス・ジュピターが女子たちに声を陰る。

「そうだぜ。いじめみたいなダセえことししてたら、貴族としてにの品格を疑われるぜ」

赤い髪のたくましい体をした男、アレス・マーズ。大将軍の息子で学園最強の男として名高い。

「教科書を焼くとは感心しませんね。本は知識の塊ですよ」

そういってやんわりとたしめるメガネの男は、セイレーン・マーキュリー。大学者の息子で学園一の優等生だった。

「みんな、この学園に来たからには、仲良くしようよ」

小柄で女子のような繊細な顔をしている少年は、エロス・ビーナス。式典を担当している儀典大臣の息子だった。

五人のイケメンに揃われて、エスメラルダをいじめていた女子たちも真っ赤になる。

「す、すいませんでした」

そう言って、一目散に逃げていった。

「皆さん。ありがとうございました」

「気にしなくてもいいよ。君は僕たちの仲間なんだから」

アポロ王太子が優しく慰めると、次は倒れているへリックのも声を掛ける。

「そこの下男さんも、よくエスメラルダをかばってくれたね。だけど、君は平民なんだ。 あまりでしゃばらないほうがいい。魔法を使える貴族にはかないっこないんだから」

そういって突き放す。残りの四人も、情けないへリックを見て鼻で笑っていた。

そのことを聞いたエスメラルダも、決心したようにへリックに告げる。

「へリック。今までありがとう。でも、もう私にはかかわらない方がいいわ。あなたまで虐められちゃうから」

そういって、アポロの手を取る。

「心配するなへリック。彼女は俺たちが守る。お前はおとなしく、馬の世話をしていればいい」

ケルセウスは以前のような見下した態度でそうつげると、エスメラルダと共に去っていく。

へリックは彼らとの力の差を実感して絶望する。そして彼らと共に去っていったエスメラルダとの仲に、亀裂が入ったことを感じるのだった。


「くそっ……みじめだ……」

夜になってやっと仕事が終わり、自分の寝床に戻ったへリックは、昼間のことを思い出して悔し涙を流す。

エスメラルダを守るつもりで学園までついてきたが、魔法が使える女子たちにはまるで歯がたたず、後から出てきたノーブルⅤの連中にいいところを取られてしまったのである。

しかも、「もう私には関わらない方がいい」とエスメラルダに拒否されてしまった。

「くそっ……」

なんとか挽回したいが、相手は貴族のイケメン男子であり、自分は馬小屋の下男である。身分・経済力・立場・戦闘力・おまけにイケメン度でも差をつけられて、へリックはコンプレックスのあまり眠れなかった。

「だめだ……外で少し頭を冷やしてこよう」

へリックは粗末な小屋を出て、学園の庭に向かう。当然ながら周囲には人気がなく、暗く静かな雰囲気が漂っていた。

「はぁ……俺なんてエスメラルダの側にいても、何の役にも立たないんだろうか……」

そんな悩みを抱えながら散歩していると、裏庭のほうから男女の声が聞こえてきた。

「あれ?こんな夜中に何しているんだ?もしかして逢引とか?ぐふふ……なら、ちょっと覗いてやろう」

昼間のことでむしゃくしゃしていたこともあり、鬱憤晴らしにと気配を殺して覗いてみる。

しかし、へリックはそのことを心から後悔する。

裏庭の茂みにはケルセウスとエスメラルダがいて、まるで恋人のように見つめ合っていたのである。

エスメラルダは見た事もないようなうっとりとした顔で、ケルセウスを見つめていた。


「故郷にいたころ、私はあなたを意地悪な人だとおもっていたわ」

それを聞いたケルセウスは、ニヤッと笑ってエスメラルダを抱き寄せる。

「ふふふ……君は男心がわかってないな。俺は君がへリックと仲がいいので、嫉妬していたのさ。彼には悪い事をしてしまったな」

「もう……私と彼はただの幼なじみなのに」

エスメラルダは、甘えた声でケルセウスにしなだれかかった。

「そうだよな。こうして君と一緒にいることができて、あんな平民に変な嫉妬心を抱くこともなくなったよ」

ケルセウスは真剣な目で、エスメラルダを見つめる。

次の瞬間、顔を近づけると、一気に唇を触れ合わせた。

「え、えっ?」

いきなり唇を奪われて、エスメラルダが硬直する。

長いキスの後、ケルセウスはゆっくりと口づけを離した。

「い、いま……キスを……初めてだったのに……」

涙目になるエスメラルダを、ケルセウスは頭をなでて慰める。

「気にしなくていい。貴族の間では、キスなど親愛を示す挨拶なんだ」

「そ、そうなの?」

「ああ」

そういうと、再びキスを迫る。エスメラルダは目を閉じて、それを受け入れた。

それを確認すると、ケルセウスはさらに、エスメラルダの上着に手をかけて、ゆっくりと脱がそうとした。

彼の意図を悟って、エスメラルダは真っ赤になる。

「……だ、だめ……これ以上は……」

「ふふ。気にしなくていい。これも貴族としての心得さ。みんなやっていることなんだ。僕が優しく教えてあげるよ」

ケルセウスは周囲の物陰を指し示す。複数の場所から、男女の嬌声が聞こえてきた。

「……でも……」

なおもためらうエスメラルダの耳元で、ケルセウスは甘くささやく。

「いいかい。貴族は平民とは違うんだ。多くの人と付き合って、自分に一番合う人を探さないといけない。その為には、こういうことに慣れておかないといけないんだ」

「……そうなの?」

真っ赤な顔をしたエスメラルダは、困惑する。

「ああ。そういうことを教えるのも、従兄である僕の役目なのさ。君も王子や他の友達とも経験してみるといい。きっと仲良くなれるよ」

そういうと、ケルセウスはエスメラルダのスカートに手をかける。

しかし、エスメラルダは必死な顔で拒否した。

「お、お願い。怖いの……ごめん!」

そういうと、ケルセウスを置いて去っていく。

残されたケルセウスは、邪悪な顔で苦笑していた。

「……まあ、慌てることはないか。これからじっくり調教して、俺たちの都合のいい愛人にしてやるぜ……ぐふふ」

それを聞いていたへリックは怒りを覚えるが、無力な彼には何もできないのだった。

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