第4話 男神ゼウス


「そんな……エスメラルダがあんなことをしたなんて……」

ケルセウスとキスしているエスメラルダを見たへリックはショックを受ける。

「くそぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」

血の涙を流しながら、へリックは逃げ出していく。気がついたら、馬小屋に逃げ込んでいた。

「ヒン?」

馬小屋に飛び込んだへリックは、ペガサスに迎えられる。

「聞いてくれよペガサス……エスメラルダが取られちゃったよ……」

へリックは、延々と今まであったことをペガサスに話す。ペガサスはヒンヒンと鳴きながら、へリックの愚痴に付き合ってくれた。

「ペガサス……悔しいけど、魔法が使えない俺は、男としてあいつらにはかなわない。ただの平民で厩番の俺は、もうエスメラルダと一緒にいられないのかな」

「ヒヒン」

ペガサスは、長い顔を摺り寄せて慰めてくれる。

「そういえば、お前もメス馬と交尾できなかったんだよな。はは……俺たちは二人とも、ふられ野郎ってことか」

「ヒヒ―ン」

ペガサスの鳴き声が、もの悲しく馬小屋に響いた。

「くそっ……くそっ……」

負け犬一人と一匹は、抱き合って慰め合う。いつしか疲れ果て、眠りに落ちていった。


へリックの夢に、神々しい白い服をきた若い男が現れる。

「やあ。君がへリックかい?なるほど。幸薄そうな顔をしているねぇ。『当て馬』に選ばれたのも納得だよ」

その男は、気安くへリックに話しかけてきた。

「あんたは……」

「僕はこの世界の創造神の一人、ゼウス。よろしく」

ゼウスと名乗った神は、そういってウインクする。当て馬呼ばわりされて、へリックはㇺッとした。

「俺が『当て馬』ってどういうことだ?」

当て馬とは馬の繁殖の際に使われる言葉で、種付けの成功率を上げるために、本命の代わりに使われたオス馬のことである。いきなり本命のオス馬と引き合わせると、うまくいかないケースがあるため、恋愛の経験値をあげるためだけに引き当てにされる存在であった。

「言葉どおりの意味さ。君は攻略対象-ノーブルⅤと主人公が恋愛をするための、練習台だったんだ」

ゼウスの顔には、へリックに対する憐れみが浮かんでいた。


「我が妻、創造神ヘラがとある異世界で流行っている『乙女ゲーム』というものにはまっていてね。それをこの世界で再現しようと、人間たちの運命を調整したのさ」

彼によると、創造女神ヘラは自分が天界から眺めてニヤニヤするためだけに、人間の運命を捻じ曲げ、エスメラルダに魔力を与えて主人公の役を押し付けた。そして、その幼なじみであるへリックには、さらに過酷な運命を与えたという。

「エスメラルダがノーブルⅤの攻略に失敗し、もてあそばれて子供を作った末に捨てられた場合、君はその引き取り先として彼女と結婚し、攻略対象との子供も養うことになる。そのために、ずっと平民の過酷な労働を強いられるだろうね」

画像には、死んだような目をしたエスメラルダを子供をおんぶしながら必死に慰めるへリックの姿が浮かんだ。

「ひ、ひでぇ……」

絶句するへリックに、ゼウスはさらに追い打ちをかける。

「何を言う。これはまだ君の運命の中でももっとも幸せなエンディングなんだぞ」

「どこがだよ!」

抗議するへリックに、ゼウスはまた別なエンディングをみせる。

その未来では、エスメラルダに振られて自棄になったへリックは、あるイベントで強大な力を得て、魔王として世界に反逆することになる。

「貴様たち貴族を、この世界ごと滅ぼしてやる」

「ヒヒ―ン!」

翼の生えた黒い馬にのった、邪悪な少年が世界の破滅を宣言する。彼がいる場所は、空中に浮かぶ魔界の奥にある巨大な城だった。

長い旅を終えて、その城にたどり着いた勇者たちが彼に相対する。

「邪悪なる魔王となったへリックよ。君などに世界を蹂躙させたりしない!」

美々しい鎧に身を包んだ、王子が剣を振り上げる。

「そうだ!僕たちの力を合わせれば、きっと邪悪な魔王をたおせるはずだ」

王子をはじめとする、五人の勇者たちもそう叫んだ。

「ええ。勝手な嫉妬心で世界を滅ぼそうとする邪悪な魔王を、これ以上放置しておけないわ。エスメラルダ、一緒に奴を斃しましょう」

以前は悪役令嬢としてエスメラルダをいじめていた少女たちも、魔王の危機に際して改心して親友となり、彼女の手を取った。

「ええ。私も覚悟を決めたわ!かつて幼なじみだった私の手で、へリックを楽にしてあげる」

聖女となったエスメラルダも、へリックに対する憐れみを捨てて、彼へと立ち向かっていった。

長い長い闘いの結果、ついに魔王と化したへリックが倒される。

「くそぉぉぉぉぉぉ!恨んでやる。妬んでやる」

呪の言葉を吐きながら消滅していくへリックを、エスメラルダは負け犬を見る冷たい目で見ていた。

「さあ。邪悪な魔王は倒した、僕たちの幸せな未来はこれから始まるんだ」

「ええ……」

エスメラルダは頬を染めて、好きな攻略対象の手を取る。

そして国に戻った彼らは、英雄として人々に崇められるのだった。

「おいおい……何勝手なこといってやがるんだ」

映像を最後まで見たへリックは、自分にすべての責任を押し付けて彼等だけ幸せになるエンディングに怒りを感じてしまう。

「このように、君は魔王として世界中の人から恨まれ、むなしく死んでいく。私は妻の勝手な思惑で運命を狂わされ、『魔王』の役をおしつけられるキミが哀れでね。こうしてすべてを話させてもらったんだ」

ゼウスはそういうと、ニヤリと笑ってへリックを見つめた。

「さて、すべてを知った上で、キミはどうする?このまま彼女をイケメンたちに奪われるように、大人しく攻略対象たちの当て馬を続けて、最終的には「魔王」になるかね」

ゼウスは、面白そうにへリックを煽る。

「そんなの嫌だ!エスメラルダは俺が守る」

それを聞いて、ゼウスは口角を釣り上げた。

「くくく……いいだろう。君にこの状況をひっくり返すチャンスを与えよう」

そういって、ゼウスはただの平民だったへリックが魔王となるための力を得るイベントの情報を与える。

「あとは君次第だ。いち早く情報と力を得ることで、果たして君が魔王になるのか、はたまたただの農民になるのか、それともまた別の存在になるのか、私は天界でじっくりと眺めさせてもらおう」

ゼウスは笑い声をあげながら、消えていくのだった。


辺境の地  へスぺレウス

へリックは、王国の中心部からはるか離れた辺境の地を訪れていた。

遠くの空に巨大なドーム状の木でできた輪のついた球根のようなものが浮かんでおり、その下部から木の根のようなものが生えてきて球根を支えている。

「あそこに生えている『黄金のリンゴ』を食べれば、魔力が得られるんだよな」

「ヒヒ―ン」

その言葉に、ペガサスが不安そうな鳴き声をあげる。

「俺は必ず『力』を手に入れて見せる」

そうペガサスに話しかけるへリックの顔には、このまま当て馬のままでは終われないという決意が浮かんでいた。


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