第2話 当て馬
魔法学園
不安そうな顔をしたエスメラルダは、魔法学園の寮に入れられていた。
「はぁ……特待生として入学かぁ。なんだかわけがわからないうちにここまで来たけど、これからうまくやっていけるのかなぁ」
エスメラルダはそうつぶやき、ため息をつく。彼女の母は先代ジュピター子爵の娘で、平民の父親と駆け落ちしてヘリオス村に住んでいた。そのせいで母は勘当されており、彼女は貴族の血をひきながらも平民として暮らしてきたのである。
それがいきなり貴族や金持ちばかり通う学校につれてこられて、不安を感じていた。
その時、エスメラルダの部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
「エスメラルダ。どうだいこの部屋は。気に入ったかい?」
そう話しかけてきたのは、彼女の従兄であるケルセウスだった。故郷の村では幼馴染のへリックを虐めていた意地悪な奴だと決して好いてはいなかったが、1人になって孤独を感じていた彼女は知り合いである彼の顔をみてほっとする。
「あっ。はい。とってもきれいなお部屋で感激しました。ケルセウス様」
それを聞いたケルセウスは苦笑する。
「ケルセウス様はやめてくれ。もう君は魔法が使える貴族の一員なんだからね」
「は、はい……ですが、なんてお呼びすれば」
「言ったろう。お義兄さんと呼べと」
そういってにっこりと笑う。その美しい顔を見たエスメラルダは、ポっと頬を染めた。
「は、はい。お義兄様」
エスメラルダは、故郷のヘリオス村にいたころとは全く違う優しい態度の彼に、とまどいを感じていた。
そんな彼女に、ケルセウスは優しく微笑む。
「さあ。君の歓迎としてお茶会を開こう。僕の友達を呼んでいるんだ」
そういって、ケルセウスの部屋に招かれる。そこには他にも四人のキラキラと輝くようなイケメンがいた。
「キミがケルセウスの義妹のエスメラルダかい。よろしく。私はこの国の王子であるアポロだ」
金髪の美少年がそう自己紹介をする。それを聞いて、エスメラルダは驚いてしまった。
「ひ、ひえっ。王子様ですか?」
慌ててその場に跪こうとする彼女の手をとって、席にン内する。
「気にしなくていい。この学園内では、身分は関係ない、ケルセウスの義妹なら私とも友達になってほしい」
「は、はい」
王子に手を取られて、うっとりとするエスメラルダ。
「そうだぜ。これからよろしくな」
「ふふふ……光の魔力を持たれているのですか。私の研究に協力してもらいたいですね」
「これから、僕たちとも友達になってね」
他のイケメン男子も紹介される。それぞれタイプは違ったが、みんな身分が高くイケメン紳士だった。
(こ、こんな世界があるんだ……)
イケメンたちにちやほやされ、すっかり舞い上がるエスメラルダだった。
地上を離れた天界
一人の女神が、下界を見下ろして楽しんでいた。
「うふふ。いよいよ私プロデュースのリアル乙女ゲーム『ハッピーホープ学園』が始まるのね。楽しみだわ」
下界に生きる人々の運命を狂わせて、乙女ゲームの舞台となる学園の環境を整えたその女神はそういって悦に入った。
「……悪趣味だな。女神ヘラよ」
その時、呆れたような声がかけられる。振り向くと、ニヤニヤ笑いを浮かべた男神が立っていた。
「だって、日本の乙女ゲームが面白いんですもの。私たちが作った世界でもやってみたいじゃない」
「だからといって、何も実際にやらなくても」
ゲームの世界を自分の創造した世界で再現しようとする女神の試みに、男神は呆れてしまう。
「これがお前がプロデュースした、『ハッピーホープ学園』とやらのシナリオか」
男神は部屋のデスクの上にあった資料を見て、顔をしかめる。
「そうよ。いいでしょう。これで楽しめるわ」
そこには、女神ヘラの欲望がたっぷり詰まったマルチエンディングシステムが採用されていた。
「あのエスメラルダって子には、私の魔力とともに意識を共有させているわ。彼女が感じたトキメキやドキドキも、ダイレクトに感じることができるのよ」
「それがあの子に光の魔力を与えた理由か……だが、『彼』はどうするのだ?」
男神が指をはじくと、また別の映像が浮かぶ。そこでは、親方に怒鳴られながら馬の世話している一人の少年が浮かんでいた。
「てめえ!なにやってんでい!さっさとお馬様の身体を洗わねえか!ここにいる馬は、お貴族様たちの愛馬なんだぞ!」
「は、はい」
その少年は殴られながらも、必死になって馬を洗っている。着ているツナギは藁と馬糞にまみれ、必死になって働いていた。
憐れみの目で彼を見ている男神と対照的に、女神ヘラは冷たい視線で見降ろす。
「彼にはこれからも役目があるわ。もっと働いてもらわないと。攻略対象たちの『当て馬』としてね」
女神ヘラはそういうと、残酷な笑顔を浮かべるのだった。
魔法学園の下働きとして来て以来、へリックは毎日場糞まみれになって、馬小屋で働いていた。
本来、エスメラルダが心配でついてきたのだが、馬小屋の下働きと生徒では生活環境が違い過ぎて、この一か月ほとんど会話していない。
そんなある日、へリックが村から乗ってきたペガサスに餌をやっていると、親方が声をかけてきた。
「へリック。繁殖場にお前の乗ってきた馬を連れてこい」
「な、何させる気ですか?まさか、種付けを?ペガサスはまだまだ子供で……」
ペガサスをかばあへリックを、親方は怒鳴りつけた。
「バカ!こいつはただの駄馬だ。こんなやつの種なんて仕込んだら、馬の血統が汚れるだろうが!」
「えっ?じ、じゃあなんで……?」
「こいつは『当て馬』にする」
そういうと、親方はペガサスを引いて馬房を出ていく。へリックは慌ててついていった。
繁殖場に行くと、そこには美しい白い牝馬が待機していた。
「ヒヒン!」
その馬を見るなり、ペガサスは喜んでかけよる。白馬の方もまんざらではないようで、お互いに毛づくろいをし合っていた。
ベガサスが牝馬の後ろに回りこもうとしたとき、親方が手綱を引いてひきはがす。
「ヒヒン?」
「おっと。そこまでだ。種馬を連れてこい」
いいところを邪魔されたペガサスは歯をむきだして抗議するが、親方は相手にしない。
その代わりに、一頭のたくましく美しい牡馬が連れてこられた。
「ヒヒン💛」
牝馬はその牡馬をみるなり、よろこんで尻尾を振る。
「よーし。種付け開始だ」
牡馬と雌馬は仲良く繁殖小屋に入っていき、ペガサスは虚しく追いだされてしまうのだった。
「そんなのってないよな。せっかく相手もお前のことを気にいっていたみたいなのに」
繁殖場を追いだされたへリックは、ペガサスに同情してしまう。
「ヒン……」
ペガサスも、涙目でへリックにすり寄っていた。
「……まあ、お前にはまた相手を見つけてやるよ」
「ヒヒン」
ペガサスは納得いってないみたいだったが、なんとか宥めて馬小屋にいれる。
すると、すかさず先輩のヘンリーから仕事を押し付けられてしまった。
「こらへリック。いつまでも遊んでんじゃねえ。次は焼却場にゴミをもっていけ」
「え?それは先輩の仕事じゃ?」
「口答えすんな!」
また殴られて大量のゴミをおしつけられてしまう。
しぶしぶへリックはゴミを抱えて、学園の裏庭にある焼却場に持っていった。
「はぁ……学園の下働きって辛いな。もう故郷に戻ろうかな。エスメラルダには全然会えないし」
へリックがそうぼやいた時、焼却場から女の子の声が聞こえてきた。
「やめてください!返してください!」
そう必死に頼み込んでいるのは、エスメラルダの声である。
「あはは。元は平民だった分際で、王子たちに近づくなんて生意気なのよ」
「あんたの教科書なんて、全部もやしてやるわ」
意地悪そうな女子の声も聞こえてくる。
へリックはゴミを放り出すと、一目散に駆け出していった
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