乙女ゲームの「当て馬」にされたので、すべてぶち壊してハーレムを目指します

大沢 雅紀

第1話 ヘリックとエスメラルダ

ヘリオス村

村の広場では、一人の少年が集団でいじめられていた。

「やーい。馬宿の子」

「兵士として村から出ていったくせに、のこのこ帰ってきた負け犬の子供へリック」

村の少年たちは、へリックと呼ばれた少年を思うさまバカにし、殴りつけている。へリックは抵抗もせずに、じっと我慢していた。

「おい負け犬。少しは抵抗してみろよ。図体だけでかいきせに弱虫め」

領主の息子ケルセウスにそうバカにされるが、へリックはただ耐えている。

「けっ。つまらないやつめ。おい。アレをもってこい」

ケルセウスに命令された少年たちは、悪そうな顔を浮かべて馬小屋に入る。

しばらくして出てきた彼らは、馬糞がいっぱいに詰まった樽を持ってきていた。

「そーれ!」

少年たちは、へリックの頭から馬糞をぶちまける。ぷーんと馬糞の嫌な臭いがあたりに広がった。

「やった!」

「臭え臭え!」

悲惨な姿になったへリックを、ケルセウスとその取り巻きの少年がはやし立てる。

「これに懲りたら、俺の従妹であるエスメラルダ近づくなよ。あいつは領主の息子である俺のものなんだ」

ケルセウスはそう言い捨てると、へリックを置いて取り巻きの少年たちと共に去っていく。

へリックは呆然と牧場の隅でへたり込むのだった。


しばらくして、白い髪をした美少女がやってくる。

「ヘリオス。新しい仔馬が生まれたって……?あら?どうしたの?」

牧場に入ってきた美少女は、馬糞まみれになったヘリオスをみて首をかしげる。

「な、なんでもないよエスメラルダ。掃除をしていたら、馬糞を入れた樽につまづいてしまったんだから」

「もう。ヘリオスってそそっかしいんだから」

それを聞いて、エスメラルダは吹き出す。

「そ、それより、仔馬をみたいんだろ?こっちだよ」

へリックはエスメラルダをつれて、馬房に入っていく。中には母馬によりそうように、生まれたばかりの仔馬が立っていた。

「かわいい!」

「ヒヒン」

エスメラルダに抱き着かれて、その仔馬はうれしそうにいななく。

「この子、なんて名前なの?」

「ああ、ペガサスだよ」

へクックの言葉を聞いて、エスメラルダはにっこりと笑った。

「ペガサスかぁ。良い名前だね。よろしくね」

「ヒヒン」

ペガサスは甘えるように、エスメラルダに顔を摺り寄せるのだった。


その日の夜

へリックの家は、村と村をつなぐ馬を管理する馬宿をしていた。その主である父ヘラクレスに、へリックは昼間のことを訴える。

「そうか……また領主の息子にいじめられたのか」

「父さん。なんで反撃しちゃいけないんだ!あんなやつ、父さんに教わったこん棒術があれば……」

そう言いかけるへリックに、ヘラクレスは難しい顔をして首を振る。

「バカを言うな。こん棒なんかで殴ったら相手を殺してしまうだろう」

「だからといって……」

まだ何かをいいかける息子を、ヘラクレスは厳しくしかった。

「ワシが教えたヘラクレス流こん棒術は、人を傷つけるためのものではない。魔物を倒すためのものなのだ」

「……」

きっぱり言い切られて、へリックは不満そうになりながらも口を閉ざした。

「まあ、領主の息子たちからの虐めは、体を鍛えてもらっていると思っておけ。素人に殴られた程度で傷つくほどやわな育て方してないはすだ」

そういって、ヘラクレスは豪快に笑う。

「いいか、お前の力がこの村で必要になるときがくる。それまで、じっくりと修行をするんだ。よし、今から少々もんでやろう」

そういって、有無を言わさずへリックを連れだす。彼が連れていかれたのは、村外れの森だった。

「よし。かかってこい」

ヘラクレスは巨大なこん棒を握りしめ、へリックと相対する。それから散々打ち据えられるのだった。


「はぁ……はぁ……」

荒い息をついたへリックが、地面にへたれこむ。

「よし。こんなものだろう。お前もなかなか振れるようになったじゃないか」

重いこん棒を振り回して戦ったのに、汗もかいていないヘラクリスがそう褒める。

「はぁ……はぁ……こん棒なんて重いだけで、大した武器じゃないじゃないか。こんなつらい思いをするくらいなら、剣とか槍とか習った方が……」

「ふふ、いずれお前にもわかるさ。こん棒は剣や槍などよりよほど強い武器であることがな」

へリックの愚痴を、ヘラクレスは苦笑してかわす。

「それに、遠距離から魔法を使われたら、こん棒なんかじゃ対抗できないし……」

「未熟者め。こん棒でも遠く離れた敵を倒す技はあるぞ。よし。良い機会だから見せてやろうか」

そういってこん棒を構えた時、村人の一人が慌てて駆け込んできた。

「ヘラクレスさん。大変だ。マッドウルフの集団が村に侵入した」

「なんだと!」

ヘラクレスは大きな声をあげると、巨大なこん棒を手に取る。

「父さん。俺もいく」

「バカをいうな。お前のような未熟者は、かえって邪魔になる」

ヘラクレスはそう言い捨てると、へリックに告げる。

「お前は村の女を守れ」

「……わかったよ」

へリックはしぶしぶ、ヘラクレスを見送ると、村の中央にある宿屋にいく。そこには村中から非難してきた女たちが不安そうにしていた。

「へリック……おじさん大丈夫かな」

幼なじみのエスメラルダも、恐怖に震えている。

「大丈夫だよ……父さんは強いんだ……」

へリックがそう慰めた時、いきなり外から叫び声が聞こえてきた。

「ブヒヒヒ―――――ン!」

「今の鳴き声は!!ベガサス!」

それを聞い田へリックは、慌てて外に飛び出していく。

牧場についたへリックが見たものは、大切に育ててきた馬がマッドウルフにかみ殺されて倒れている光景だった。

「ペガサス!」

一頭だけ生き残っていた仔馬が、悲しそうにいななきながら母馬の死体にすりよっている。

「くそっ……父さんは?」

「へリック!どけ!」

厳しい声がして振り返ると、血まみれのヘラクレスが立っていた。彼はへリックとペガサスを守るように立ちはだかると、周囲を囲むマッドウルフに向けてこん棒を構える。

「グルルルル……」

「食らえ!大土震!」

ヘラクレスがこん棒を地面に突き立てると、地面を激しい振動が伝わっていき、マッドウルフたちの足に衝撃を与える。

「キャイン!」

すべての足を叩き折られ、マッドウルフたちは叫び声をあげて地面に倒れ伏した。

「父さん……すごい」

「どうだ。これがヘラクレス流こん棒術の基本技「大土震」だ。地面を伝って衝撃を与えるので、相手の足を叩き折ることができる」

ヘラクレスが自慢そうにつぶやいたとき、マッドウルフたちの群れが左右に分かれて、中央から三つの長い首を持つウルフが出てくる。

「まさか、地獄の番犬ケルベロスか?」

「ウォン!」

ケルベロスは一声吠えると、ヘラクレスに飛び掛かっていった。

中央の首がこん棒を受け止め、左右の首がヘラクレスの身体に噛みつく。

「ぐはっ!」

「父さん!」

駆け寄ろうとするへリックを、ヘラクレスが止める。

「来るな!」

ヘラクレスは頸動脈を食いちぎられながらも、抵抗をつづけていた。

「くっ……仕方がない。『大土震』」

ヘラクレスの棍棒が振動し、至近距離で衝撃波を放つ。

「ギャン!」

棍棒に噛みついていたケルベロスの牙が、激しい振動で砕け散った。

「今だ!」

ヘラクレスは牙が折れた口に手を突っ込ませる。窒息したケルベロスは必死にもがいていたが、やがて動きを止めて地面に横たわった。

「キャゥゥゥゥゥン!」

ボスを殺されたマッドウルフたちは、尻尾を巻いてにげだしていく。

同時にヘラクレスも、力なく地面に倒れ伏した。

「父さん……」

「へリック……すまない。後のことは……お前に任せた……」

血まみれの顔でそうつげると、ヘラクレスは自分のこん棒をへリックに渡す。

「後は修行して……お前がこの村を守るんだ……」

そういうと、息を引き取る。

「父さん!うわぁぁぁぁん」

へリックはヘラクレスの身体を抱きしめて、泣き続けるのだった。


2年後

筋肉ムキムキの15歳くらいの少年が、村の製粉小屋に小麦の入った重い樽を運び入れている。

「よし、これで最後だな。ペガサス、ご苦労さま。運んでくれてありがとう」

「ヒヒン」

若馬に成長したペガサスが、誇らしそうにいななく。そこへ取り巻きを引き連れたケルセウスがやってきた。

チャラ男に成長したケルセウスは、へリックを見下した目で見つめる。

「ぎゃははは。貧乏人は哀れだな。馬糞にまみれて小麦を運ばないといけねえなんて」

「……」

へリックは、煩わしそうにセルセウスを睨みつける。

「お前が奴隷みたいに働かねぇと生きていけないのも、あの時親父が弱くて馬をすべて殺されたせいだよな。貧乏人は辛いよな」

「……なんだと?」

父をバカにされて、へリックは怒りの表情を浮かべる。するとケルセウスは怯えた顔をして、とりまきたちの背後に隠れた。

「な、なんだその顔は。領主の息子である俺に手をだしたら、お前はタダじゃ済まねえぜ」

「くっ……」

へリックがひるんだすきに、ケルセウスは持っていた杖を振り上げる。

「ウインドカッター!」

ケルセウスの杖から出た風の刃がへリックを切り刻み、彼はもんどりうって地面に倒れた。

「はっ。ざまぁみろ。所詮魔法が使えねえ平民なんか、貴族である俺にかなわねえんだよ」

ケルセウスは倒れた屁リックに唾を吐き、去っていく。後には悔し涙を浮かべたへリックが残されるのだった。


「やれやれ……ほんと、この村はろくなもんじゃないな」

傷の治療をしながら、へリックはつぶやく。

「親父は俺の力を他人の為に使えっていったけど、少なくともこの村のために戦う気にはなれないな」

へリックは、父親が死んだあとのことを思い出す。ヘラクレスという保護者を失ってから、へリックは苦しい生活を強いられていた。

ヘラクレスは村のために戦って死んだのに、その後のへリックに対する扱いは冷たかった。

ケルベロスに馬をほとんど殺されてしまったので、残された財産はペガサス一頭だけという有様。仕方がないので、村の雑用をすることで何とか生きてこれたが、その為彼の扱いは村で最底辺だった。

一つ首をふって、気分を切り替える。

「さあ、今日も修行をするか……」

へリックはヘラクレスの形見のこん棒を持って、村外れの広場にいく。

黄色い花が咲き誇る平原で、一心不乱にこん棒を振り回す。その近くでペガサスはのんびりと草を食べながら二人を見守っていた。

その時、白い髪の美しい美少女がやってくる。

「ヘラクレス。今日も修行?はい。お弁当をもってきたわ」

「ありがとう。エスメラルダ」

ヘラクレスは、照れながら頭をさげる。エスメラルダは優しい笑顔を浮かべると、お弁当を広げた。

二人の間にさわやかな風が吹く。ラクシュミーは頬を染めながら、ラースに聞いた。

「ねえヘリック。私たちはずっと一緒よね」

「ああ。いきなりどうしたんだい?そんなことを言うなんて」

二人は同じ村で生まれた幼なじみであり、両親も親しい中で、家族同然に育ってきた。そしてこれからも一緒にいるものだと思っていたへリックは、ちょっと不安そうな顔をしたエスメラルダに聞き返す。

「実は、昨日私の夢に女神ヘラ様が現れて『救世の聖女よ。あなたに光の魔力をさすげましょう』とおっしゃられたの」

へリックは不安そうな顔になりながら、手を前に伊達念じる。

「聖光(ライト)」

すると、手から清らかな光が発せられた。

「すごいじゃないか!魔法を使えるようになるなんて」

喜ぶへリックだったが、エスメラルダの不安は消えない。

「でも……ただの平民の私が魔法なんか使えるようになるなんて……貴族の方々からどう思われるか……」

そう言われてへリックも少し不安になるが、エスメラルダを元気づける。

「平気だって、女神ヘラ様から聖女になるようにって魔力を与えられたんだろ?貴族様たちだってきっと受け入れてくれるさ」

「ヒヒン」

近くで見守っていた馬のベガサスも、慰めるようにひなないた。

そうやって励まされて、エスメラルダも元気を取り戻す。

「そうだね……わかった。ご領主さまに相談してみるよ」

「おう。もしかしたら、魔法学園にも行けるようになるかもしれないぞ」

へリックは励ますつもりでそう冗談をいう。しかし、数日後、その言葉が現実のものになってしまうのだった。


数日後

エスメラルダは領主であるジュピター子爵の館に呼び出されていた。不安に思ったエスメラルダに頼まれて、へリックも同席している。

「魔法学園に通うのですか?」

「ああ。勘当された弟の子とはいえ、魔力もち、それも珍しい光の魔力属性を持つとなると、ほうってはおけん。ちょうどケルセウスも魔法学園に戻る時期なので、ワシの養女にして同行させることにした」

でっぷりと太ったジュピター子爵は、そういってエスメラルダをいやらしそうな目で見つめる。

「エスメラルダ。これからは俺のことを「お義兄ちゃん」と呼べばいいよ。ぐふふ……」

子爵の隣にいたケルセウスも、なれなれしくエスメラルダの肩を抱いて言い放った。

そんな彼に、子爵は釘を刺す。

「ケルセウス。先に言っておくが、エスメラルダに手をだすなよ。彼女の美しさなら、上流貴族の妾に押し込めるかもしれん。そのために、わざわざ養女にしたんだからな」

「わかっていますよ。くふふ」

それを聞いたエスメラルダは顔を真っ赤にして伏せた。

「ど、どういうことだ?」

「さあな。まあ安心しろ。エスメラルダは俺に任せておけ。エスメラルダのことは諦めるんだな。こいつはいずれ貴族に嫁いでその妻になるんだ。お前なんかとは身分が違う存在になるんだからな」

そう言って、ケセルセスは気持ちよさそうに高笑いした。

それを聞いたエスメラルダは、不安そうにへリックを見つめる。

「へリック……」

言葉に出さなくても彼女の不安が伝わってきて、へリックの心を揺らした。

「そ、そんな……、な、なら、俺もついていく」

それを聞いたとたん、エスメラルダの顔がパッと明るくなる。

しかし、子爵は鼻で笑った。

「はっ。魔法も使えないただの小作人の分際で、どうやって魔法学園に行くつもりだ」

「そ、それは……」

言葉につまるへリックだったが、悪そうな顔をしたケルセウスが口を開いた。

「なら、俺が魔法学園に口を効いてやろう。そうだなぁ。馬小屋の番人としてなら雇ってもらえるかもしれんな」

それを聞いた子爵は、顔をしかめて反対した。

「おい。なぜこんなやつを連れていくんだ?」

「なあに。エスメラルダにも広い世界を見せてやりたいのさ。これから都会の魔法学園で多くの貴族と接するんだ。こいつが側にいることで、今まで生きてきた平民の世界が如何にダサいものであるかを実感するだろうぜ。そうしたら、エスメラルダも未練がなくなるだろう」

ケルセウスは、これから出会うキラキラとした貴族の生徒たちとの比較対象として、へリックを連れていくと言い放った。

「そんなことはない。エスメラルダは都会に行ったって、何も変わったりしない」

「へリック……」

自分を信頼してくれるへリックに応えるように、エスメラルダはキラキラした目で見返してくる。

「ふふっ。そんなこと言っていられるのも今のうちさ。貴族の生活を知ったら、二度と平民なんかに戻れはしないからな」

そんな二人を、ケルセウスは嘲笑っていた。



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