第36話 法律の壁

 夕食が終わり急いで自室に戻る。私は太郎にチャットを送る。


『戸籍が変わらなくなるみたい。桃娘からナチュラルになれなくなっちゃうって聞いた』


 すぐに既読がついて、返事があった。


『知ってるよ。でも来年とかでしょ?』


 あまりにもあっけらかんとした返答に、私はあっけに取られてしまう。それを知っているってことは、まさか。


『ひょっとして、もう転籍できる目処立ってるの?』

『まさか。そもそも漫画家が戸籍変更した例なんてないよ? まぁ僕漫画家でもないけど』


『でも、小説家ではあるって見たよ』

『それはその小説家が可愛かったからだよ』


 太郎はリンクを送ってくれた。そこには桃娘の小説家が転籍したことが記されていた。小説家はまだ十五歳の少女で、たしかに目を引く容姿をした女の子だ。


『じゃあ、小説が目的じゃないってこと?』

『そうだろうね』


 いや、でもそんなことは……。小説家以外でも作曲家やボクサーなんかも転籍したときいたことがある。それらを調べると、確かに特殊な技能が認められて後見人が現れたという記述が見て取れた。見つけたそれらの記事には写真はなかったが、確かにどちらも若い女性だった。


『太郎じゃ駄目じゃん』

『最初からわかってたことだよ。もっとも十年に一人レベルの天才で、本当にナチュラルにとって有益になる何かがあるならわかんないけど』


 文面でも太郎は呑気なものだ。


『早く超面白い作品描いて、連れ出されてよ』

『そんなに僕を追い出したいの?』


 彼なりの軽口。私はそれに応じることができない。


『ナチュラルの太郎と話したいから』

『話てどうするの?』


 そんなこと。私はメッセージを打ちながらいい加減自分の気持ちがどの程度のものかわかってきた。それは自分はわかっている。でも、言う必要ある? はっきり言葉にしなきゃいけないの? それは太郎が桃娘だから?


 こんなタイミングでも私はまだいらないプライドを持っており、それを言葉にすることができなかった。


『別になんだって良いでしょ!』



 私はネットでどうすれば桃娘の後見人になれるのか調べた。もしかしたら私が後見人になれるんじゃないかなぁ、なんて思いを抱きながら。が、それは無理だった。まず、後見人になるには一定の納税額が必要だった。サラリーマンとして働くならば、大企業でそれなりに出世していないと不可能な額だ。


 お母様ならなんとか、とも思うが彼女がそれに首肯してくれることは絶対にない。なにせ、戸籍変更不可にしようとしている大臣なのだから。また、そうでなかったとしても後見人は、転籍させた対象への責任を負う。例えば転籍させた桃娘に自活力がなければ保護責任を負うし、万一犯罪などを犯せば罰則を一緒に受けなければならない。もうすでに、安易な気持ちで桃娘をナチュラルにすることができない作りに法律はできていた。望みはすでに一縷だ。


 なんとか転籍不可の制度変更を止める方法はないだろうか。

 それを止められるとすれば、幸副大臣のお母様だ。


 お母様が、それは間違いだったと思えばいいのでは?


 その単純なアイディアは、意外とすぐ私の中で形になった。

 私はお母様の大切な娘。たった一人の大事な娘。

 私であれば、どうだろう。


 私はそれを止める理由になり得るだろうか。

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