高校生のヒカリは囚われている

第30話 だから私は人形が嫌い

 高校一年生の春のこと、私は自分の不甲斐なさを思い知らされた。単純に私は、少し桃娘を舐め過ぎていたのだ。


 前は勉強もできる方だったし、普通にやっていれば問題なく優等生でいられると思っていた。でも、違ったのだ。


「ヒカリさん。桃娘地区に来たのだって、あなたのためでもあるのよ。わかるわよね?」

「はい、お母様」


 成績を眺めるお母様の表情はない。高校最初の定期テストで、私は下から数えた方が早い成績だった。偏差値はある程度高い私立だし、周りのレベルは高い。だから仕方ない。とも、自分では思う。


 それはお母様とは違う意見だ。


「あなたはこっちに来てからあまり集中できていないようだけど、あの男の子のせいかしら?」


 それは中学で初めてできた会話のできる相手。

 一緒に進学した意識している男の子。

 でも、お母様の話に太郎を入れ込まれるのは抵抗がある。


「違います、お母様」


 私が太郎を絶対にナチュラルの漫画家にすると決断して一年以上が経過した。桃娘の男子とは仲良くするなというお母様の命に背き、私は太郎と付き合い続けた……と言っても教室で喋ったり彼の漫画を読んだりしただけだけれど。それをお母様に話すわけではないが、情報は漏れるようで時折こうやって釘を刺される。そういうとき、私は本当にちっぽけになってしまう。


「何度も言うけれど、あなたの成績では社会に貢献できません。私の娘が天命を全うできないなんてこと、絶対に許されないの。あなただって嫌でしょう?」

「はいお母様」


 人類に貢献できる一部の職業につくことや、あるいはそれに見合った働きをすること。それができないナチュラルの寿命は四十歳だ。その恐怖に耐えかねて様々な問題を起こし、信用スコアを毀損して桃娘になる例も少なくない。そうなってしまえば、その子どもたちも戸籍上桃娘になってしまい、子孫ともども桃娘になることが確定する。


 だから自分の通知表を見て私だってがっかりしている。しかし、お母様はそれを信じてくれない。


「いいえ、あなたはわかっていないわ。だからそんな風にのうのうと生活できるのよ」


 お母様は私をこういうものだと決めつけ、その枠に当てはめたがる。でも、その見立てには到底納得できない。


「私は――」

「人形さん!」


 私の言葉を遮るように、お母様は隣で立って待機していた人形を呼んだ。


「なんでしょうか、ツキ様」

「来週から高校へ行きなさい。それでヒカリさんと一緒に勉強して差し上げて」

「分かりました、ツキ様」


 わかりきったことのように人形は答え、お母様は満足気に笑った。


「……まって? どういうこと? 人形が学校に?」

「お家のことはやってもらっていたけれど、それほどすることもないでしょう。もともとヒカリさんのお友達になってもらおうと思っていたのだけれど、それだったら学校も一緒に通ったほうが良いわっ!」


「待ってくださいお母様。桃娘高校は……それなりに偏差値が高いと思いますが」

「編入試験はいるでしょう。でもお勉強は時間を見つけてしてもらっているから大丈夫でしょう。ねぇ、人形さん?」


「問題ありません。ツキ様」


 そんな展開についていけない。


「これで一緒に人形さんが勉強してくれれば安心ね! 学校での不安も減るでしょう。ヒカリさん、なんでも人形さんに頼るのよ!」

「お任せください、ヒカリ」


 まさか、なにかの冗談。そう思っていたのだけれど、結局桃娘は私の想像の埒外の存在だったのだ。いつもうちでぼーっとしているだけだと思っていた人形は、編入試験をあっさり突破して隣のクラスの生徒となった。そして、確かに母の思惑は当たったのだろう。確かに人形に負けるのが嫌で勉強に集中できるようになった。本当に残念ながら。

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