第28話 ヒカリは関係ないから

 確かに殺したはずだった。

 それでも田所はなんの問題もなく生きていた。


 そもそも、殺せば死ぬと考えていたわけではなかった。現代の医学の全貌なんて僕の理解は遠く及ばないし、失敗することもあるだろうと心の中ではわかっていた。それでも、僕たちの手によって確かに死んだ田所が平然と生きている様を見るのは、感覚的にはホラーに近く、生理的に受け入れられないものだったのだ。


 僕と同じ感覚を人形も持っているのか知りたくて、僕は彼女にどう思ったか尋ねた。

 彼女は混乱していると同時に、まるで正気に戻ったかのように言った。


「田所さんに、酷いことを……」

 震える手をしてそういう彼女を一面で正しいと思いつつ、しかし一方でまったく届かないとも思うのだ。


「田所が君にやったことは、それどころじゃあ済まない」


 田所は何度も人形をものとして扱い、何度も人形に致命傷を与えた。


「だから君が気にする必要は一切ない。僕が断言するよ」


 僕が言うと、彼女はやっとのことで頷いた。人形はどうやら、殺されることよりも殺すことの方が怖いみたいだ。



 それはヒロインらしい特性。だからこそ僕はそれを漫画に記す。

 とても可哀相で、それでいて悪事に手を染めることに至った矛盾をはらむ彼女を。ある意味で、ぶれたキャラだ。その中に一貫性を持たせなければ、彼女は共感され得ない。実際の人間は矛盾だらけでも、フィクションのキャラクターはそうであってはいけない。


 殺される人形。殺す人形。

 彼女の中にある一貫性とは一体なんだろう。


「太郎、凄い怖い顔してるよ?」


 いつものように学校の机で漫画を描いていたときに話しかけてきたのはヒカリだった。集中していたかったが、僕は少しだけ彼女に意識を向ける。


「うるせぇブスだな」


 いつものように言ったが、彼女は言葉を返すわけでも傷つくわけでもなさそうだ。


「ねぇ……ダメ……なんじゃない?」


 駄目?


 何が?


 まさか、とは思うが、昨日の件をヒカリは知っている? 確かにクラスメイトの何人かに声をかけたから漏れる可能性もあるのだろうか。いや、ほぼ無いだろう。僕は桃娘相手に黙っていて欲しいと頼んでいるのだ。


 そしてヒカリの続けた言葉は、やはり彼女が知っていたわけではなさそうだ。


「太郎……とっても辛そう」

「辛そう? 僕が? なんで?」


「知らない。知らないけど、私は話聞けるよ? もし悩んでることがあるのであれば、友達に話せば楽になるかも」

「なるわけ無いだろ」


 言葉が冷たくなった。自分でもびっくりして、ヒカリも怯えたような表情を浮かべていた。


「……ご、ごめ」

「ああ、ごめん! 気にしないで! ほら、いつものやつだから!」


「違うよ。太郎はいつもとぜんぜん違う」

「だとしても、それは僕の問題だから。ごめんヒカリさん。漫画を描きたいから、どっかいってよ」


「できな」

「邪魔なんだ」


 視線がかち合い、ヒカリは泣きそうになっていた。そして、後ずさるように彼女は僕の席から離れた。

 僕はタブレットに向き直る。とにかく今は、この物語に向き合いたいのだ。

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