第27話 田所の殺害①

 村人たちの手を借りて、田所を太郎の部屋に運び入れた。ぞろぞろと大人数で訪れたことに対し、家で料理づくりをしていた源太は「おお、お友達か」と楽しそうに答えていた。汚れてもいいように予めブルーシートを敷いておいた部屋だ。


 手伝ってくれた仲間に帰ってもらい、部屋には太郎と人形と田所のみ。田所は口がガムテープで塞がれ、手足をロープで結ばれイモムシのようになっている。


「田所さん、外を案内してくれるって言ってくれたけど、桃娘を連れ出すのは大変ですよ。厳格なルールがある。なんでかわかりますか? 何かを吹き込まれたら簡単に言うことを聞いてしまうからですよ。何を命令してもポジティブに捉えられる桃娘ほど犯罪に使いやすい人間はいないでしょう」


 田所は太郎を見上げ、血走った目で震えていた。そんな田所の顔面を、人形は思い切り蹴飛ばした。田所をうめき声を上げてガムテープの奥で咳き込んでいた。人形からすれば今まで田所にいいようにやられていたわけだ。


「本当に信じられないです。こんな人に何かをされて、なんとも思わなかっただなんて」

「そうだね」


 僕がうなずくと、再び何度か田所の顔面を蹴り上げた。ぐったりする田所の髪の毛を掴み、目を合わせた上で人形は言った。


「田所さん。昔は暴力や人殺しはいけなかったみたいです。でも現在は怪我なんてどんな問題にもならないし、特に桃娘地区ではメンタル的なことも問題とされません。ああもちろん、地区外はどうかは知らないですけど」


 田所は何かを言いたそうに見ているが、しかしガムテープがそれを許さない。


「でね、私ももちろん桃娘ですから、何も気にしてなかったんですよ。ヒトハンでレイプされた上に殺されたって。でもね、なんだか今は違うみたいです。その結果いま、どうしたいかわかりますか?」


 田所はぶんぶん首を振った。


「私は死ぬ方法があるのか知りたいんです。でも現代社会で死ぬ方法なんてわからないじゃないですか。だからいろいろ試しながらやってみる必要があるんですけど、自分で試すのは嫌じゃないですか。だから代わりに死んてもらう人が必要だったんです。分かりますか、田所さん、あなたですよ」


 田所はバタバタと暴れようとしたが、太郎が準備していた金属バットで頭を思い切り殴りつけるとすぐに大人しくなった。


「さて……じゃあやっていこうか」


 僕はナイフで首を突き刺した。赤い飛沫が鼓動とともに吹き出し、それは返り血となった。吹き出した血は徐々に力を弱め、そして田所は動かなくなった。死んだのだろう。


「なんだかあっけないですね」


 そんな風に人形はため息をついた。


「やられたことは許せないけど、こうなっちゃうと相手は人間だったというより物質なんだなって思えちゃって」


「まぁ、確かに」


 ヒトハンで対する多くの人間たちも、ただの物質の結晶に過ぎない。僕たちは後片付けをどうするか決めていなかったから、どうしようと思った。


「あっさりでしたね……」

「ああ」


 例えば駅や、まちなかで死んだ場合はすぐにインフラが姿を見せて治療を施してしまう。だからインフラがいないところ、連絡のつかないところで確実に殺してしまえばそれで終わり。それで終わりだ。普通、家で人が瀕死になった場合は家族などがインフラを呼んでしまうため助けられてしまう。例外はない。


 そして現代人は病気にならないので、そもそも家で即死することなどまずない。だからこそ、人が呼ばれないような状態で殺すだけで良かった。と僕は考えていた。


 あまりにも安直すぎて、うまく行かなそうな方法。


 僕たちの会話は途切れ、人形と二人で黙々と片付けに集中した。なんだか急に、寂しさを覚えた。僕たちにはこんな方法しかなかったんだろうか、と。僕はナチュラルの感覚を手に入れ恐怖を覚えたはずなのに、なぜこんな人を恐怖に陥れるようなことをしているのだろう。


 人形の方を見た。彼女は壁についた血を拭いている。


「こんなに簡単なら、別に太郎くんに頼らなくても良かったですね」


 人形は小声で、そんなことを言った。


「え?」

「いいえ、何でもありません」


 彼女の表情は妙に寂しげだった。僕たちは黙々と作業して、部屋は大方片付き始めた。田所の遺体に関しては今のところ、ラップにくるんで部屋に置いておき、時間が経ってから少しずつ処分することを考えているが、この部屋での生活は桃娘に戻らなければできないだろう。


 あるいは、殺人で僕は罰せられるのだろうか。通常問題を起こした場合、政府の信用スコアが低下して戸籍が桃娘になる処置が行われる。そうすることでその人物は犯罪等の反社会的行動は自発的には行わなくなる。だからこそ、現代社会においてそこから先にどうなるかということを僕は知らなかった。


 ぐちゃぐちゃと頭の中で考えているときだった。

 かすかに階段をのぼる音が聞こえた。それは徐々に大きくなり、部屋の扉が開いた。


「あらあらこんにちは~」


 インフラだ。なぜ彼らがここに?


「……なんですか? どうしてここが」

「あらあら~、ずいぶんひどい有様ですね~。治療しなきゃですね~」


 人形も呆然とした表情を浮かべていた。

 なんとかしなきゃ。

 僕は思わずインフラに掴みかかった。


「なんでここがわかったんだ!」

「それを教えてあげる理由がないですよね~」


 転瞬、体に衝撃が走る。

 スタンガンか、と思ったときにはすでに喋ることもできなくなっていた。


「じゃあ連れていきますね~」


 そう言って、続々引き連れてきた医療班たちに田所は担がれていった。


「ごきげんよ~」



 動けない体。しかしそれは数十秒のことだ。体の自由が戻ったとき、僕は人形に声をかけた。


「行こう!」

「……はい!」


 頭がクリアになるよう努め、僕たちは階段を降りた。

 すると、なんとも舐めたことに、処置はリビングで行われていたのだった。


「どうしましたか~?」


 インフラはまるで感情の読めない薄笑いでこっちを見た。その奥には医療パックに詰められた田所がいた。もう処置も終わるところだった。僕たちはただ、それを立ち尽くして見ているしかなかった。


 すぐに排水が始まり、出てきた田所をインフラが覗き込んだ。


「大丈夫ですか~」

「え、ええ」


 田所はまだぼうっとしているようだった。


「それではナチュラル用のやついきますね~」


 医療班は田所の目元に機器を押し当て、そして発光させると田所は「ああ」と声を漏らしました。


「どうですか~」

「すごい、すごいです」


 田所はなぜかよだれを垂らして喜んでいる。


「それではまっすぐお家に帰ってくださいね~」

「はい!」


 医療班の指示に従い、田所は家から出ていった。それを見届け、僕は失敗したことを理解したのだ。

 僕はインフラに尋ねた。


「僕たちは逮捕されますか?」

「まさか! この程度で秩序が壊れるとでも!?」


 この程度の画策は、どうやら取るにたらないことのようだ。

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