第26話 田所を捕まえろ
ヒロインとしての人形が一歩、歩みを進め始めた。
その方向がどうであれ、僕はそれを見届けたかった。何故ならばそれは僕が求めていることだからだ。
ケジメを付けるために、田所を殺したい。田所は人形に日常的にセクハラ行為を行い、ときにはレイプし、殺すことも(結局医療で助かるものの)あった。確かにそんな彼に一矢報いることは次の一歩に必要に思える。
「できるんですか? 太郎くん」
僕にそういう彼女は依頼というよりも命令である。僕に対しての恨みも漏れている。しかしそれは甘んじて受けなければならない。だって、僕が彼女をそうしたのだ。
「任せてよ」
僕はこの物語を進め、そしてゴールに到達するのだ。
どうすれば殺せるか、それ以前に彼を捕まえることができるだろうか。田所は太郎よりも体格がいい。おそらく殴りかかったとすれば僕はあっという間に負けてしまうだろう。
手の届く範囲の条件で、太郎はそれを行うにはどうすればいいだろう。
自分の描いたネームを確認する。
主人公は自分で、ヒロインが人形の物語。場所は当然桃娘地区。周りには桃娘だらけ。すでにシナリオは出来上がっている。大ゴマに描かれているのは、たくさんのクラスメイトだ。
途中まで描かれたそれを太郎はどんどん描き足していく。
大ゴマの意味を考え、それぞれのクラスメイトの役割を与える。もはや考えるよりも先に新たなコマが生み出され、ページとして連なってそれはストーリーとなった。
僕と人形は少しだけ準備をして、田所とよく出会うカフェに向かった。もっとも毎日いるわけではないようで、二日ほど会えずじまいの日々があり、そして三回目のことだった。カフェの前に張っていると一人で出てきた田所の太いシルエットを認め、僕は陽気に声をかけた。
「田所さん」
「あ、んん? 誰だっけ?」
「いえ、あの、前にそこのカフェで少し話したことあると思うんですが」
「え、あー! あの、いつも巨乳の女の子と一緒にいるやつだな。あれ、あの子はいないの?」
どうやら僕のことは覚えていなかったようだが、まぁそれは仕方ないだろう。彼はようするに、そういう目的で桃娘地区にきているのだから。
「いえ、実は学校で文化祭の準備してて。スイーツ開発中なんですが、よかったら食べにきませんか? 外の人に通じるかどうか……」
田所は悩んだ様子を見せたが「それは楽しそうだな」と、心の中では別のことを考えている様子だった。道中、田所は太郎が聞きもしないのに自分のことをたくさん話した。彼は都内の大学に通っている大学生で、現在就職活動中らしい。日々嫌なことがあるたびに桃娘市に遊びにきているという。
「桃娘の人は就活とかないって聞いたぜ。いいよなー。俺なんか全然まともな働き口ないからさ、四十歳までかもなー」
四十歳まで、というのは外の世界の人の寿命である。彼らは電気やガス、水や食料などのありとあらゆる生活インフラやテクノロジーを維持する職業、あるいはそれに準ずるエンタメ等の生活を彩る職業に従事することができなければ一定年齢で安楽死することになる。人は生まれるとほぼほぼ寿命まで死なず、快適に暮らせるとすれば人口は増え続け地球の受容人数を超えてしまうこととなる。そのための暫定処置だ。
「でも、職業は選べないですよ。父親になるだけ。子供の数も二人と制限されてる」
桃娘は二人産んで死ぬまで生きる。そうすることで人数は一定に保たれる。社会を運営することだけが目的だからそれで良いが、ナチュラルは適用、淘汰により、より良い遺伝子を残すために多産を認めることが必須らしかった。
「でも俺は普通に結婚してさ、寿命まで生きられればそれでいい気がするけどなー」
そうやって穏やかに話す田所は、少し気弱で人生を悲観しているだけの、友だちになれるかもしれない人間に感じる。
あるいはそれはそうなのだろう。田所には田所の地獄があり、そして桃娘に暴行することはその中の数少ない希望なのだ。
「俺も桃娘になろうかなぁ、父親になれるなんて最高じゃん?」
「そうなんですかねぇ」
首を傾げた。ただ毎日同じような生活を送り、脳を直接コントロールすることで退屈をごまかすようなやり方がいいと思うのだろうか。
「まぁ高校生にはわからねーよな。特に桃娘市に住んでるとさ。そうだ、今度外にこいよ。キャンパスを案内するぜ!」
「桃娘は外に出られないものかと……」
「確か手続きすれば月に二日、合計四時間まで行けたと思うんだよな。それ以上は駄目っていうのは良くわからんけど。まぁ手続方法とか調べとくからさ、わかったら連絡するよ」
田所はスマホを見せてきた。意外と人懐っこい笑顔だ。
田所は桃娘市の少女目当てにやってきているとは思うし、外の人には桃娘に対する偏見もあるだろう。しかし田所の態度は気安く、そして温かいものに感じた。田所には田所の地獄がある一方で、また光もあるのだろう。
そうこうしているうちに田所を自宅近くのマンション裏にある公園に連れてきた。周りでは子どもたちが遊んでいる。
「あれ? 学校じゃないの?」
疑問に思った田所だったが「あ、田所さん!」人形の姿を確認したら破顔した。
「ああ、人形ちゃん」
人形を見つけると、田所は彼女に近づきニヤけた表情を見せた。それは太郎に見せたものと種類が違うように見えた。
「今日は文化祭の試食って聞いたけど」
「ああ、ごめんなさい」
人形がいうと同時に、太郎は田所を殴りつけた。殴ったら、自分の手首の痛さに驚いた。それに顔面を殴ったが、喧嘩もしたことがない僕のそれは威力なく、田所を二歩ほど後退させる程度しかできなかった。
「何だこの野郎! なめやがって、チビが」
急なことでも、ある程度理解した田所はすぐに臨戦態勢に入る。日々ヒトハンを繰り返している彼はそういったことにも慣れているのかもしれない。
すぐに太郎は殴り返された。頬の奥で歯が折れた。尻もちをつき、見上げる田所は巨大に見えた。
「舐めてないですよ。準備したんです」
言うと、田所を二人の男が後ろから腕を抑え動きを封じた。
「なんだ、お仲間を呼んだのかよ」
しかし田所は、その二人も難なく振りほどく。
「俺に恨みでもあるのか? ああ、まぁそうだよなぁ。そこの女は俺にやられてるもんなぁ。なるほど、太郎はその女が好きなんだな。だから許せなかったんだ。桃娘地区の奴らは何しても何も感じないんじゃねーの? まぁ何れにせよ、呼んだお友達が二人じゃどうしようもねーよ」
「まさか」
ぞろぞろと、隣のコンビニから桃娘が集結する。その数五十人強に、田所は流石に生唾を飲み込んだ。
「いやね。別に友達である必要もないんですよ。だって桃娘は起こった出来事に対して好意的な感情を抱くから、誰であっても僕のお願いを喜んで叶えてくれるんです」
「……いや、まってくれ」
人数を目にして、田所は急に弱気になった。
「ああそうだ! お前ら、こいつらに騙されるな。俺は聞いたぞ! 太郎は、お前たちを犯罪者に仕立て上げるつもりだ。お前たち桃娘にも人生がある。今犯罪をして将来親になるって未来を捨てるんじゃない」
何でも好意的に捉える桃娘。しかし、合理的に物事を捉える判断力のすべてを失うわけではない。
「本当だ……。言い訳を始めた」「太郎の言った通りだ」「やっぱりこいつは、桃娘のすべてを陥れる悪魔なんだ」
田所がなんとか彼らを言いくるめようとすることは想像がついていた。だから、そういう行動をするが騙されるなとあらかじめ吹き込んでしまえば、合理的な判断によりそちらが優先されてしまう。
「いや、違うんだ。違うんだ……」
桃娘たちは、恐怖がない。嫌なことがあったとしても、すぐにそれを排除するすべがある。だからこそ、他人に対して残酷にもなれる。
次々に、彼らは田所に殴りかかった。これだけの人数に囲まれ、彼はすぐに亀のようになるしかできなくなった。
自分の描いたコマが浮かぶ。自分は悪魔で、田所は、勇者だ。そして、周りの桃娘たちは操られた村人ABC。悪魔は村人たちを使役し、勇者は本来味方であるはずの味方に裏切られる。
いつの間にか田所は息も絶え絶えになっている。後ろ手にガムテープで縛られ、目からは生気が失われていた。
一人の村人Aが言う。とびっきりの笑顔で。
「どうだい、太郎。これでバッチリ?」
「ああ、ばっちりだ」
ふと人形の方を見た。
魔王の娘である彼女は、何も読み取れない表情で冷たく田所をじっと見ていた。
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