第22話 ヒカリの決意
私はぼんやりと過ごした。何日も家に引きこもって、人形の用意した料理を食べて、それでベッドで寝転がった。ふとスマホを見るとインコからメッセージが届いていた。
『刺激強すぎた?』
私はすぐにインコをブロックした。私は生活に影響が出るほど嫌なことだったのに、インコには違うことがむかついた。なんで同じナチュラルなのに、これほど感覚が違うのだろう。
ぼんやりとしながら、私は桃娘のことを調べていた。
確かにネット上では、桃娘は良くも悪くも言われていた。苦しいから桃娘になりたい、そんな風に言うナチュラルの声もたくさんあった。実際、ナチュラルから桃娘になること、あるいはその逆に関しても技術的には難しくないらしい。桃娘は頭に
重要なのは、たとえすでに
では桃娘とナチュラルの違いは何かというと、それは戸籍らしかった。戸籍で桃娘だと定められているとその人は桃娘となり、まだ行われていなければ
桃娘になる方法に関しては大きく二つある。一つは政府の個人認証システムで計測される信用スコアが一定値以下になることだ。犯罪を犯したり、怠惰を貪ると落ちていくスコアがある数値を切った場合に、その人物は自動的に桃娘になってしまうということだ。それこそが生まれながらにして幸せになれない人、ということらしい。
信用スコアの計算方法は公開されていないので、それがなぜ不幸になることを予期するのかは私にはわからない。そして、もう一つの方法が両親のどちらか一方が桃娘だった場合、その子供は自動的に桃娘になるということだ。これはあまりにも希望が無い気がするが、しかしそれこそが格差をあえて作っているということだろうか。
逆に桃娘からナチュラルになるには、三等親以上離れた身元引受人がいればそれは可能らしかった。
以前あった例で言えば、ある桃娘が数学で天才的な能力を発揮して大学の学長に引き受けられたことや、グラウンドで縦横無尽な活躍を見せたサッカー選手が、プロチームのオーナーに引き受けられたりしたそうだ。他にも小説家や俳優など、その道で圧倒的にきらめく才能はそれなりにナチュラルに戻ることができるらしい。
あるいは、もっとも安直な例はものすごい美形だった場合。
ナチュラルが桃娘地区を散歩中に目についた好みの桃娘を、ナチュラルにして身元を引き受けるという。そしてそれらの戸籍を変更した桃娘は、今度は信用スコアが落ちないように周りのサポートを受けるとのことだった。
要するに人々はまるで罰のように桃娘になり、褒美のようにナチュラルになる。だから桃娘には罰としてわかりやすい事象が必要であり、その一つがヒトハンだった。
だとすればヒトハンは、外ではハンター側での参加も善行だと考えられていたのかもしれない。そんなの、いびつがすぎるけど。
「よしっ」
私は声を上げて立ち上がり、その日は学校に言ってみようと心に決めた。そうと決めると、なんだか気合が入ってきた。ご飯を食べると元気もでる。この日は晴天で、太陽も私を応援してくれているようだった。
私は知りたかったのだ。他の何でもない、自分自身を。学校の敷地に近づくと、出会うクラスメイトの女子に清々しい声をかけられる。私がそれに「おはよう」とこちらも快活に返すと、向こうは喜びあふれる表情を浮かべて「ヒカリさんに返事をもらえて嬉しいな」なんてことを臆面なく言われてしまう。それに対して、自分自身がどう思うのかを。
教室に入ると、いつもの光景。たまらないほど善良なクラスメイトが、輝くような笑顔を向ける。
「おはよう、ヒカリさん!」「星乃さんは今日も素敵だね」「星乃さん少し休んでたでしょ! 何か楽しいことでもあった!?」
そうしたキラキラした礫を適当に受け流して私はロッカーにカバンをしまう。教室の隅では太郎が漫画を描いていた。私は集中して周りが見えない彼に近づく。
「ねぇ」
「あ! ヒカリさん! おはよう!」
彼は普通に挨拶したが、再び漫画を描き始めてしまった。私が以前、お母様から桃娘の男子と仲良くするなと注意されてから太郎の態度はそっけない。
「もうそういうの良いから。私たちはまた友達。いい?」
「え、あ、うんっ! もちろん」
ぱああと太郎の笑顔が弾けた。それが桃娘だからそうなのか、太郎がだからなのかは私にはわからない。
「今、どんなの描いてるの?」
太郎は嬉しそうにネームを見せてくれた。それは相変わらず私には理解出来ない物語な気がした。太郎は絵もうまいし、物語自体は起伏があって面白い気がする。でも、絶望的なまでに理解出来ない。
「どうかな……?」
「良いと思うけど、もっと良くなると思う。私のアドバイスがあれば、ね」
「素人はこれだから……。そんな漫画を何もわかってない人のアドバイスを聞いたって作品が悪くなることはあっても良くなることなんてありえないじゃん。そんなこともわからないのかな?」
「何こいつムカつくんだけど」
心の声がでてしまった。
「ご、ごめん……。悪口は続けないほうが良かった?」
「ううん。いい。でも、確かにそれもその通りね。私が漫画について何か言っても的はずれかも」
「そんなことないよ。何か感想をもらえたら嬉しいな」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。だから私は少なくとも太郎に対しては好感を持っていると思うし、これからも人並みに生きてほしいと思う。
「ねぇ、私を主人公にして物語を描くことってできる?」
「え? ヒカリさんを描いていいの!?」
意外と楽しそうに、太郎は答えた。
「嬉しいの?」
「そりゃ、良いと思ってる女の子をモデルにできるだなんて素敵じゃないか!」
急な言葉にどきりとした。
こんなに単純なことで、私にとって太郎は特別になる。
頭には先日、インコに撃たれた桃娘の女の子が映像としてこびりついている。少女の形をした、ただの肉塊。怯えて恐怖に歪む顔のまま凍りついたそれに、誰一人として敬意を払うべくもない。そして、彼女たちがそうなることを是とするお母様の言葉。
太郎もそんな状況にいる。
そんなのは嫌だ。
私は心になるよ。太郎がナチュラルのことを知るための心に。私をモデルに描いてくれれば、きっとその動きが正しいかわかる。そのくらいなら私もできる。そして、それさえうまく行けば、きっと外の人に通じる物語を太郎は描くことができるだろう。
「どんな物語にしようかなぁ」
すでにウキウキしている太郎の横で、私は決めた。
太郎になんとしても素晴らしい漫画を描かせる。そして太郎は誰かに見出され、いつか彼は戸籍をナチュラルに変える。
これが中学二年生のときから変わることのない、私の決意だ。
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