第19話 太郎だって違う

「何か嫌なことでもあったの? ヒカリさん」

「はぁ? 別にないけど」


「いつも怖い顔が凶悪になってるよ」

「はい殺す絶対殺す」


 私が太郎の頭を両手でつかみ、グワングワン回すと、太郎はやめてやめてと笑っていた。


「ほら、例のやつだから」

「わかってるけどムカつくの」


「じゃあ、やめようか?」

「だめ。悪口は続けて」


 太郎は私がそんなことを言うのが不思議らしく、そういうといつも困った表情を見せた。

 なんてやり取りをしつつも、私の中には昨日のお母様の言葉がこびりついている。太郎と仲良くしてはいけない。桃娘の男の子と私では、身分が違うのだから。


 近くでニコニコしている太郎は私の気持ちもしらないでぼーっとしているように見えるから、だんだん腹が立ってくる。そうだ、私は太郎に対して腹が立っているのだ。


「ねぇ太郎。私、昨日お母様から言われたんだけど、学校で桃娘の男子と仲良くするなって」

「なんで?」


「桃娘とナチュラルでは身分が違うから、そういう恋愛みたいなことしちゃ駄目なんだって」

「僕たちって恋人だったっけ?」


「違うけど! そう見えちゃうことがもう駄目なの!」

「……そっか」


 太郎は悩むような仕草を見せた。ああ、私と仲良くできないのが残念なのか。まぁ桃娘であったも恋愛はするようだし、心の中では私のことを少しは思ってたのかもしれないなぁ、などと楽観的に考えたりとか、あるいは急にこんなことを言うのはすごい失礼で、私はいつからこんな風になってしまったんだろうなぁ、と思ってみたり、沈黙はちょっとの間だったけど私の中では複雑な感情が絡まりあっていた。


「でも、漫画は読んでもらうことはできるかなぁ?」

「……え?」


「いやほら、ナチュラルの知り合い、僕はヒカリだけだからできれば読んでもらって感想を聞きたいんだけど、それも駄目?」


 ムカついた。私ばっかりいろんなことを考えたみたいで、すごくムカつく。


「駄目に決まってんじゃん」

「そっかぁ、じゃあしょうがないね」


 太郎は晴れやかな笑顔で言った。


「今度からヒカリを見かけても、話しかけないようにするよ!」


 はぁ? 


 はぁ?


 なにそれ。


 なにそれなにそれ。本当に。

 そんなこと、いわないでよ。未練を見せなよ。それはあなたの本心なの? それとも桃娘だから、そう思わせているだけなの?


 これから私はクラスでどうすればいいの? 気を許せる友人が一人もいないこのクラスで、私はどうやって息をすればいいの?


 太郎は何もなかったように自分の席に帰ってしまった。私はぽつんと席に残された。いても立ってもいられず、廊下に出た。目的はなかった。保健室にでも行けば休ませてくれるかなぁ。なんて考えていたら、そういえば桃娘地区の人間はほぼ体調不良にならないので保健室なんてものは存在しないことを思い出した。


 でも、別にいいじゃないか。そもそも太郎だって、心が通じた相手ではなかったんだ。

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