第13話 普通の漫画

 目を覚ますと、そこはナニカの家だった。

 ナニカは裸で寝ており、見てはいけない気がして早々に部屋を出た。平日だったが学校にいかず自宅に戻った。


 家に帰ると源太が「どこに行っていたんだ、心配したぞ」と笑顔で出迎えた。それを無視して自室に向かった。それ以上源太からの反応はなかった。きっと息子が自身を無視して通り過ぎたことに関して前向きな解釈を加えていることに違いない。


 僕は自室でタブレットを手に執筆アプリを立ち上げ、スタイラスペンを手に取り描き殴った。

 少しだけ絶望の片鱗が見えた気がした。


 頭を悩ませる。

 この絶望に合うのはどんな主人公だろう。いや、それこそ自分自身がいいかもしれない。主人公は常日頃から、立派な大人になるために生きている。そのために日々勉強して、規則正しい生活を送る。辛くもあるが充実した日々だ。


 しかし、主人公はその生活が偽りであることに気がついた。このまま生活を送っていても、何も生み出さず死んでいくだけであり、知らないうちに自分は抑圧されていた。

 しかし、そんな生活から抜け出す方法を知らない。毎日少しずつ人生を消費し、ただただ同じような日々を過ごす。気がついたら駅のホームに立っていた。意思ではなく、気がついたらホームから飛び降りていたのだ。


 ノートにかきあげたネームに面白みがあるのかはまったくわからない。だからこそ、僕は学校に行かなければならなかった。シャワーを浴びて学校に行く支度をした。その間もずっとスマホのフィルムを剥がしたかった。自分は中毒になっているのだろう。


 午前最後の授業の途中でクラスに到着し、教師に小言を言われながら教室に入ると笑いが漏れた。遅刻した件で教師に殴られ、それを見て再び教室が笑いに包まれた。


 なんなんだよ。


 こんな不愉快なことがなぜ問題にならないのか。

 その授業を耐え忍び、昼休みになってヒカリに話しかけた。


「漫画を描いたから見てほしいんだ」

「……ずいぶんいつもと顔が違うけど、あんた誰?」


「残念ながら今生こんじょう太郎だよ」

「ふうん」


 ヒカリは納得いかないようにため息をつく。テンションの上がらないヒカリを連れて、二人は学食に向かった。ランチを食べながら、太郎はタブレットをヒカリに見せた。ヒカリはつまらなそうにそれを読んで言った。


「これは……普通だね」

「普通って、何だよ」

「ムッとする顔だ」


 彼女は太郎の顔をまじまじ見た。

 ムッとしていた、だろうか。平静を装い、改めて尋ねた。


「なんていうか、いま僕、ナチュラルに近づけている気がするんだ。直せるところがあるのであれば教えてくれないかな?」

「いいや、この主人公はとても理解できるし、その点はいいと思う。でも太郎の良さが消えちゃったかも。なんか私の感覚とはズレてる感じが好きだったんだなって」


「ヒカリさんがナチュラルの感覚が必要だって言ったんだろ!」

「ちょっと急に大きな声出さないでよ」


 落ち着かず、カレーを口に運んだ。カレーは甘いが、少し苦々しい思いだ。そういえば、物語に対して意見をもらったときにこうやって苦々しい気持ちになったのも初めてかもしれない。しかし、僕の態度がいつもと違っても、ヒカリの様子は変わらないようだった。


「じゃあ僕はどうすればいいんだ……」

「ズレたままでしっかり物語を作んなさいよ」


 そう言って彼女も同じカレーを口にしている。

 せっかくつらい思いをして保護フィルムを貼った結果がこれか。

 保護フィルムを貼り、ナチュラルの感覚になると、世界はこんなにも辛い。


「ヒカリさん、なんか辛くない? 生きてると」

「はぁ? 当たり前じゃん」


 生きていると辛いのは当たり前らしい。

 当たり前か。だからこそMSI精神安定インプラントや発光の処置が生まれたのだろう。世界はきっと、誰かの善意でできていて、その結果こんなに苦しいのだ。


 ため息を漏らすと、ヒカリはこっちを見た。それはまるで、僕を見透かそうとするようだった。


「どうかした? ヒカリさん」

「太郎さ……辛いの?」

「はぁ? 当たり前じゃん」


 ヒカリに倣ってそう言うと、彼女はすごく辛そうな顔をした。なんだよ急に。なぜだか申し訳なくなって、


「なーんて冗談。今日も世界は輝いてるよ」


 と付け足した。

 それに対し、ヒカリは何も言わなかった。

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