推理 SIDE先崎秀平①

「俺が語るぜ」

 俺が花純の言葉尻を攫うと、花純は「いい加減にして!」とでも言いたげに俺を睨んできた。けっ。ガチガチのカタブツちゃんがよぉ。

「おめーら俺のありがたいお言葉、しっかり聞いてろよ……」

 俺は一歩前に出ると、ううん、と喉を鳴らした。それから、話し始める。

「この事件での俺の目的はひとつだった」

 すっと指を一本、立てる。

「松下美希」

 俺は彼女を指差す。

「あんたの無実を証明する」

 まぁ、厳密に言うと……と、俺は続けた。

「俺はかっこつけたい。女の子の前でそりゃもぉ、かっこつけたくてつけたくて仕方がない。だから美希ちゃん。俺は君も救いたかったが、同時に他の女の子たちも……」

「さっさと要件言ってくれるかな?」

 俺たちに聴取をしたあのゴリラ女子警察官が口を挟んでくる。ハイハイ。言っとくけど俺はあんたみたいなタイプも嫌いじゃないぜ。

「ま、とにかく。俺は松下さんの無実を証明したかった。女の子を守りたいっていう気持ちからな。松下さんには事件に関与し得るだけの情報があった」

 俺はスマホをすっと出す。画面には俺と銀の字が一緒に写ってるプリクラ。

「これ。こいつ。長髪のアホ。こいつ銀島英司っていう新聞部のタワケなんだけどよぉ。こいつ本当に学校中の色んなこと……」

「要件」

 花純が横やりを入れてくる。うっせーなぁ。今しゃべってんだろ。

「まぁ、とにかくこの銀島って奴が俺にこの学校で起きている盗難事件について教えてくれたんだ。いわく、『最近園芸部で盗難事件があった』。さっきも花純が言ってたな。トウゴマの種が盗まれたんだ」

 で、トウゴマの種が危険なことを俺は知っていた。

 そう告げると、あのゴリラ女子警官が「どうして?」と訊いてきた。俺は答える。

「これも銀島からの情報ッスね。あいつ俺の髪の毛からヒマシ油の匂いがするとかで訊いてきたんスよ。『そういうシャンプー使ってんのかって』。ありゃあ合宿前に園芸部の新種ちゃんたちを搬入した日のことだったかな。ひまわり、トウゴマ、キキョウ。合宿で勉強会のテーマにする予定だったやつ。多分搬入した時に匂いがついたかなんかだと思うんスけど、銀島が俺にヒマシ油の原料になるトウゴマのことを教えてくれて。古代エジプトから美容品として使われているが、トウゴマの搾りかすにはリシンという猛毒が残り……なんて話をね。だから俺の中で『トウゴマ=危険な種』って考え自体はあった。そこに来て、『園芸部で盗みがあった』『トウゴマが盗まれた』という情報だ。とんでもねぇものが盗まれたじゃねぇかという感想はあった」

 と、今更ながら俺はみんなが俺の話に聞き入っていることに気が付いた。いいねいいね。この気分最高! こりゃ教師がつけあがるわけだぜ。あいつら毎日この状況だろ? 

「トウゴマの種は。必然関係者が盗んだことになる。容疑者に美希ちゃんも入ってくる。そこに来てあの事件だ。三重密室殺人事件。何重だろうが密室内で外傷なく殺されたのなら毒殺を疑うべきだ。で、トウゴマから採れるリシンは毒。密室=毒殺=リシン=トウゴマ=園芸部で、松下美希ちゃんが繋がっちまう」

 俺の捜査動機は理解してもらえたと思う。俺はため息をひとつついてから、話しを進める。

「で、まぁいろいろ調べて回ったんだ。美希ちゃん。俺知っちまったぜ。高槻先生と仲良かったんだろ」

 美希ちゃんが黙る。口をつぐんだ彼女はそりゃまぁ、かわいかったが今はそんなこと思っている場合じゃない。

「高槻先生がどういう気持ちで君と接していたかは分からない。でも高槻先生にはくーみん……」

「遊佐公美子先生がいたことは知ってる」

 美希ちゃんが、口を開いた。

「知ってるよ。私知ってる。知っててわざと先生に近づいたの」

 弁明……するのか? 彼女の出方が分からなかったので俺は様子をうかがうことにした。彼女は話し始めた。

「高槻先生、めちゃくちゃモテてた。私ずっと見てたの。始業式の時から見てた。ファンクラブができる前からずっと見てたし、見てたからくーみん先生が高槻先生が好きなこともすぐに分かった。私、引き合わせたんだよ。高槻先生とくーみん先生を。そして、その上で……」

「その上で高槻先生に接したのか」

 俺が静かに訊くと、美希ちゃんはパッと顔をほころばせた。

「そうだよ」

 残酷な笑顔だった。

「男の人って馬鹿で単純。愛している人がいても、他によさげな人がいたらすぐそっち見ちゃう。先生が私のこともチラチラ見てること、私知ってたんだから。知ってたから、くーみん先生とくっつけてから、先生を誘惑した。あの人、簡単に乗ってきた。くーみん先生のこと『公美子』って呼んでそれと同じ口で私のこと『美希』だって。単純。本当に単純。男って、好きになるとすぐ下の名前で呼びたがるよね。分かりやすいのが好きだよね」

「寝取りに興奮すんのか」

 俺の重たい声を、しかし美希ちゃんは笑顔で受け止めた。

「そうかも」

 私ね、と美希ちゃんが話し始めた。

「中学の頃付き合った人、本当は先輩の彼氏だったの。先輩の彼氏だったのに、私が奪ったの。すっごく気分がよかった。私、先輩に対して劣等感を抱いていたんだけど、あの男の人を奪った瞬間、何もかもにおいて私が勝っている気がしてもう……最高だった。だから、そう……」

「わざと先生と先生をくっつけてから奪った?」

「そう」

 美希ちゃんはニタァ、と締まりなく笑った。

「リスキーなゲームだった。先生がくーみん先生とくっついちゃったら、私の方なんて見向きもしなくなるかもしれない。だから私の方からも攻めた。きわどいことも結構したんだよ? 色んなこともした。でも何とか思惑通りにくーみん先生とくっついて……それから……」

「なるほどな」

 俺は片方の頬だけで笑った。

「いい趣味してるぜ」

「この子が犯人なのか?」

 島田先生が訊いてくる。しかし俺は首を横に振った。

「いいや違う。かなり容疑が濃くて俺は必死になって調べ回りましたがこの子は犯人じゃないんスよ、先生」

「じゃあ誰なんだ」

 本当はすぐに答えてやってもよかったが、勿体ぶることにした。俺はアレチヌスビトハギの話をしてやることにした。

「おまわりさん、怒らずに聞いてほしいんスけどね」

 と、この一言だけでポリスメンたちが色めく。

「俺、現場の……近くからね。近くからですよ。アレチヌスビトハギっていう植物の種を拾ったんスよ。いわゆるひっつきむしってやつで、この辺に自生している植物らしいんスけどね」

 それがどうした、という顔を、一番近くにいた強面のおまわりさんがしてくる。

「繊維がついていたんスよ。紺色のね。色々考えたんスけど、ここの花純が『ハイソックスの繊維なんじゃないか』って。一応その案には頷けたんスけど、困るじゃないッスか。こちとら女の子守るために働いてんのに、女の子に容疑がかかる材料が見つかっちまう」

「どこにあったの」

 ゴリラポリスウーマンが訊いてくる。俺は素直に答える。

「プールの女子更衣室&シャワー室から、現場になったシャワールームまで行く途中の廊下で」

「がっつり現場じゃない!」

 声を荒げるゴリラ。どうどう。

「まぁまぁ。そのアレチヌスビトハギから分かったのは、『犯人がこのルートを使ったのだろう』という予想だけで、直接的に犯人に繋がるわけでは……」

「公務執行妨害でしょっぴくわよ」

 ………。返す言葉もございません。

「今から事件の真相明かすんで勘弁してもらっても……」

「結果による」

 別の警官がつぶやいた。

「先を話せ」

「そんじゃ。これは俺たち時宗院生の、しかも割と限られた範囲でしか知られてない話なんスけど、このセミナーハウスには『秘密の入り口』っつーのがあるんスよ」

 警官たちが「ん?」という顔をする。よっしゃ。初耳だったみてぇだ。

「で、その『秘密の入り口』がさっき話したプールの女子更衣室&シャワー室の窓で。犯行当時、セミナーハウスの玄関には鍵がかかってて入れなかった。となると、この秘密の入り口を使ったんじゃねぇかなって。まず犯人は『秘密の入り口』から侵入する。プール用の女子更衣室&シャワー室から出てきて、そこから現場になったシャワールームまでは一直線。中に入って個室の一つを閉じ切る。んで、シャワーから水を流しっぱなしにする。排水口を塞いで、シャワールームの全体に水が溜まるようにする。シャワー個室は天井とドアの間に隙間があるからそこから脱出。で、シャワールームそのもののドアの鍵にさっき花純が行った殺人トリックを仕掛けて、元来た道を辿って逃げる。その時現場に残ったのが……」

「アレチヌスビトハギ」

 花純がいい具合に合いの手を入れてくれる。頼むぞ花純。しくじったら俺は捕まる。

 花純が口を開く。

「秀平の話では、水泳部は練習後に掃除をしてから帰るので、更衣室近辺は埃ひとつないはずなんだそうです。そこにあった、ひっつきむしの種。おそらく……」

「外から入った犯人がくっつけてきた」

 妖怪ゴリラ女が頷く。よしよし。理解できればよし。

「続けなさい」

「これで密室の第一層が崩れたことになるんスよ」

 俺はホワイトボードに書かれた花純の字を見つめる。

「花純は第二層と第三層について明かしてくれました……俺はまず第一層を。で、ここから『誰が犯人だ』って話になるんスけどね」

 俺は目線を聴衆の方に戻した。強い目つきでこちらを見ている松下美希ちゃん。おろおろと俺のことを心配そうに見つめるイカくん。それからゴリラとその仲間たち。俺は全員の目線に応えながらつぶやく。

「ごちゃごちゃ言わねぇで答え言っちまうか。島田センセー。シャワールームの鍵破ったのはどいつでしたっけ?」

 指名された島田先生は少し困ったような顔をしながら、「そこの麻生」とだけ告げた。俺は頷く。

「こいつの蹴り重たいんスよねぇ。何かこう、バスにでも轢かれたみたいな……」

「早く説明しなさい」

 うっせーゴリラ。

「そう。花純がドアを蹴破った。でもその前に、思い出してくださいよ先生。他に誰か何か、言いませんでした?」

「何って、お、俺が『このドア、壊れてたことあるし破れないかな』って……」

「その後は?」

「その後? えーっと。うーん。あ、そうだ。そこの加佐見が『蹴破れないかな? 花純』って……」

 俺はそこで押し黙った。島田先生が「まさか」という顔をする。その顔に、俺は説明する。

「さっき花純が話してくれたトリック。あれ、ドアを破ることが前提にないといけないんスよ。。だから最後の一押しをする必要があるんスよね。そう……『ドアを蹴破って』ってなぁ?」

 俺は目線をぐいっと彼女の方に向ける。そう、そうだ。俺が落胆した理由。「女子を守りたい」と思った俺が、守れなかった女の子。

「あんたが犯人だな」

 俺は真っ直ぐ、加佐見典代ちゃんを指差した。


「は、はは」

 ソプラノの、笑い声。いい声だ。

「何それ。ドアを破るよう指示したから犯人って言ってんの? 何それ。意味分かんない」

「まぁ、俺も意味分かんねぇよ」

 へへ、と俺は肩で笑ってみせた。

「まさか俺と同い年の女の子が、人の命を奪うだなんてよぉ」

「へぇ、その姿勢崩さないんだ」

 加佐見典代が俺を睨む。

「じゃあ、証明してみてよ。私が犯人だって決定的な証拠を頂戴」

「決定的な証拠ねぇ」

 俺はひょい、と頭上を見上げる。そこにはまぁ、何もないんだが。

「お前さ。高槻先生が盗難被害に遭ってたの知ってる?」

 加佐見典代が押し黙る。

「銀の字から……じゃねぇや。銀島から聞いてたんだけどよ。高槻先生、合宿前に万年筆の盗難に遭ってるらしいじゃねぇか。べっ甲柄の万年筆で、恋人からもらったっていう大事な大事な……」

「だったら何?」

 感情的な声を出した加佐見典代に、俺は告げた。

「お前さ。ペンケース見せてみ」

 じっとあいつの目を見つめる。

「ペンケース。お前のビニールバッグの中に入ってるやつだよ。スケスケだから助かったぜ。お前のカバンの中に、ペンケースの中に、何が入っているか目視で確認できた。流行りモン使うってのもリスキーだなぁ? そのカラメル色の……べっ甲柄のペン、何だよ」

 加佐見典代は黙っていた。俺は続けた。

「高槻先生にはもう一人、女子の影がいたんだよ。ったくよぉ。男ってのはモテ始めると節操がなくなってよくねぇなぁ? その点俺は一途だけどどうよ花純」

「どどどどうって……?」

「早く話しなさい」

 ゴリラが急かす。やれやれ仕方ねぇ。せっかく俺が花純の親友を追い詰める場面を和らげてやろうと思ったのに。

「はいよ。まぁ待て。慌てるな」

 俺は加佐見典代を見つめる。花純の親友。生物部の部長。

「高槻先生と親しかったもう一人の女子ってのがお前だろ。加佐見典代。どういう経緯で高槻先生に近づいたか知らねぇが、お前は先生が懇意にしている女子の一人だった。違うか?」

「違う!」

 すぐさま加佐見典代が否定した。だが俺は続ける。

「じゃあ何でペンを盗んだ? トウゴマの種も、園芸部を兼部してるから盗めたんだよな?」

「盗んでない!」

「そりゃ理屈が通らねぇぜ」

 俺は加佐見典代のビニールバッグを示しながら続けた。

「今すぐそのペンを警察に渡せ。指紋を調べたり、製品番号を調べたりすれば誰が正当な持ち主か分かるはずだ。その結果、持ち主が高槻先生だったら、お前は先生と濃厚な接点ができる」

 お前は……と、俺は続ける。

「まず高松琴子がシャワーを浴びている時に彼女が使っていた石鹸のラップを盗んだ。排水口を詰まらせるためだな。実際のところはまぁ、水を通さない物質なら何でもよかったんだろうが、誰かに罪を着せたかったんだろうな。一番痕跡を残しやすい高松をターゲットに選んだ。彼女がアトピーかどうか、は、同じクラスだから分かったんだよな」

 俺はさらに続ける。

「事件実行よりだいぶ前に、先生のペンを盗んだ。先生のそれが手放せなかったのは、それでもやっぱり先生が好きだからだ。先生の記念だったんだよな。先生自身だったんだよな。先生の一部だった。動機は先生がいよいよくーみん先生一本で固めたからか? それとも松下美希ちゃんみたいな他の女の影を知ったからか? もしかしたら……」

「違う!」

 加佐見典代が叫んだ。

「違う! 違う! 違う! 違う!」

 俺は黙って加佐見典代を見つめた。絶叫する彼女を見つめた。

「あいつ、振ったんだ! 私のこと、振ったんだ! あんなに思わせぶりな態度してたのに、あんなに私に優しくしたのに、笑ったのに、微笑んだのに、なのに私が好きですって言ったら『そんな風には考えられない』なんてよくも! よくも!」

「お前さぁ」

 俺は加佐見典代に向かって告げる。

「『部長さん』って、呼ばれてただろ」

 これは銀の字から教えてもらった話だ。「部長さん」と呼ばれる女子の存在。俺は最初、松下美希ちゃんが園芸部部長だから「部長さん」と呼ばれているのかと思った。だが、もう一人いるじゃねぇか。「部長」と呼ばれ得る存在が。

 加佐見典代の表情が凍る。

「びっくりしたぜマジで。こちとら松下美希ちゃんのことを考えてあれこれ調べてたたら、高槻先生が仲良くしている女子のこと『部長さん』って呼んでたって……まぁでも、別におかしなことじゃなかったよな。

 でもよ。と、俺は続けた。

「本当に好きな女なら、役職や肩書きで呼んだりしないでそのままズバリ名前で呼ぶぜ。美希ちゃんも言ってただろ。下の名前で呼んで分かりやすく親しみを感じたいんだよ、男ってのは。単純だからさ。でもそんな単純な男が、お前のことを肩書きで呼んだ。その時点でもう、分かってただろ」

 加佐見典代は、しばらく黙っていた。

 時間にして一分くらい。こうして書くと短いが、体感するともっと長かった。長いこと、たっぷり、彼女は黙って、それから泣いた。何かが崩壊するような泣き方だった。

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