調査 SIDE先崎秀平③
とりあえず学校から一番近いターミナル駅、時宗院駅に立ち寄って、漫画喫茶でシャワーを浴びた俺は、漫画をいくつか持って自分のブースに入った。それから少し、考える。松下美希ちゃんが高槻先生と。意外と言えば意外だったが、妙に納得できる気もした。確かに松下さんは大人びてるところはある。俺のあしらい方も心得てる。
俺と銀の字はカフェ凛で別れると、それぞれ別行動をとることにした。ギンは新聞部として事件の聞き込みを。俺は当事者として記憶の掘り返しを。お互い行動して午後一時に待ち合わせし、昼飯がてら報告会をする予定だった。俺が漫喫に行ったのはシャワーを浴びるのと休憩をしっかりキメるためだ。持ってきはしたが読む予定のない漫画を横に、俺は寝転がった。何か思い出せることあっかなー。シャツを脱いできていたので、剥き出しになった二の腕がソファの革の部分にピタッとくっついて嫌な感じだ。
あの時の俺の行動……と、考える。事件が発覚した時、俺は科捜研ちゃん……麻生花純と一緒にシャワールームに乗り込んだ。それ以外のことは特にねぇ。俺は裸の高槻先生にシャツをかけただけ……そういやあれ回収できなかったな。母さんに怒られる……まぁいいか。仕方ねぇ。
事件ドンピシャの時間、高槻先生が死んだ時間っていつだろう。
ふと、そんなことを考える。
シャワールームに乗り込んだのは確か九時過ぎだったような……いや、九時十五分くらいか? じゃあ実際に死んだのいつだ? 遺体がそんなに傷んでなかったからすぐ前のことか? 仮に九時前後だとして、俺九時頃何してた?
考えながらウトウトする。睡眠時間が足りねぇ。単純に眠い。本当なら今頃家でクーラー浴びながらマイベッドで眠っているところだ。漫喫のソファは少し硬くて寝づらいが……眠れなくはない。
一眠りすっか。
俺は体を丸めると意識を蝕む眠気に任せるがままにした。だんだん視界が霞んでいく……。
夢の中で、俺は階段を上っていた。小さくて一人分の幅しかない、コンクリートの階段だ。両脇には壁。薄暗い……というか夜だな。暗闇の中を俺は歩いていく。どこからか、俺以外の足音が聞こえてくる。
――暗いですか?
訊かれる。何だって?
――僕――未来――
何だよ? 未来?
俺はひたすら歩く。会話が成り立たないやつと話していても仕方がない。
やがて階段は開けたところに繋がった。暗いのはやっぱり同じ。そして、何もない……と思ったら、暗闇の向こうに建物が見えた。セミナー……ハウス?
――先輩
さっきの声がそうつぶやいた。それから、俺はふと目線をセミナーハウスの方に向けた。窓が見えた。汚れた窓だ。
そこに来て、思い出す。
――秘密の入り口
イカ野郎の声だった。俺は目を覚ました。
そうだ。事件ジャストの時間だと思われる時。俺はイカくんに引き連れられてセミナーハウスの覗きをしに行く途中だった。確かセミナーハウスに「秘密の入り口」があると聞いて、そこからセミナーハウスに忍び込んで女の子たちのHADAKAを……。
秘密の入り口……?
俺は体を起こす。
そうだ。密室の外側、第一層が崩れる。
俺は記憶の糸を手繰り寄せた。あの時、結局のところ、俺たちは何で覗きをしなかったんだっけ?
……ああ、そうだ。秘密の入り口とやらが閉まっていたんだ。クレセント錠が下りていて、開けようにも開かなく……。
開けようにも?
俺はもう一度考える。俺たち開けようとしたか? 遠目に見てイカ野郎が「開いてないですぅ」なんて言ったから特に確認もしなかったが、俺が実際この目で確かめたわけじゃない。
つーかそもそもあの窓はセミナーハウスのどこに繋がってるんだ? 頭の中でセミナーハウスの見取り図を浮かべて地理的な条件と当てはめてみる。えーっと。地面に接してるってことは一階部分。厳密に言うとセミナーハウスって呼べるのは二階より上だが、待てよ。あの辺斜面になってたのを切り崩して作ってるから、地面に接していても必ずしも一階とは限らないな。えーっと。肝試しに使ったどんよりロードは学校の南西。そこから北に向かって真っ直ぐ階段を上ったから、秘密の入り口ってやつは学校の真西。セミナーハウスの位置的に、西に接する場所は……やっぱり斜面の近くだ。ということは、あのどんよりロードから上れる階段の向こうにあった秘密の入り口とやらは二階である可能性がある。さてこっからだ。あの窓はどこに繋がっているか。セミナーハウスにある施設は、研修室が五部屋。和室が二部屋に、シャワールーム、トレーニングルーム、ミニホール、洗濯室が各階にひとつずつ。物干し台の置かれたベランダがひとつ。それから体育の授業や水泳部が使うプール、水着に着替える男女更衣室に、プール用のシャワールーム……もしかしてそこか? 俺は記憶の中でセミナーハウスの中を駆け抜ける。
やっぱりそうだ。水泳用のシャワールーム。そこに繋がっている。位置的に多分女子用。プールの設備はセミナーハウスの西、三階部分にあって、二階部分の更衣室で着替えた生徒たちはそのまま同フロアにあるシャワーを浴びてから階段を上ってプールに出る。女子用シャワールームと更衣室は位置的にセミナーハウスの最西端。そこから東に行くにしたがって男子用シャワールーム、更衣室、それからドアをくぐって廊下にでて、真っ直ぐ進むとまたドアがあって、その先にまたシャワールームが……シャワールーム?
俺は思考を止めた。そして脳内に集まった情報を元に、再び思考を組み立てる。
秘密の入り口は女子シャワールームに繋がる。そこから出て真っ直ぐプール用設備を通り抜けて東に行けば、今回現場になったシャワールームに一直線に行ける。セミナーハウス玄関から向かうのより少し距離があるが、しかしあの辺りは最終下校時刻以降は使われていないから、真っ暗だ。闇の中を駆け抜ければ人目につかずにシャワールームに接近することは可能ってわけだな。もしかしたら鍵がかかっている玄関から向かうのより時間的には早いかもしれない。
俺はすっかり冴えわたった頭をよいしょと持ち上げると、財布を出した。そして体をゴキゴキと伸ばし、スマホを手に取る。銀の字に電話をかける。
〈何だ?〉
忙しそうに銀の字。俺も負けじと噛みつくような勢いで返す。
「知りてぇことがある。今からいいか」
〈一時からじゃなかったのか?〉
スマホを耳から離し画面を見る。時計。十一時四十五分。
「お前の顔が見たくなってよ」
俺がふざけると電話の向こうで銀の字が舌打ちするのが聞こえた。
〈今手が離せん。十二時半ならどうにかなる〉
「じゃその最短コースで」
俺はカバンを持った。
「学校に向かう。校内にいるから用が終わったら連絡よこせ」
〈分かった〉
と、電話を切ろうとする俺に銀の字が駄目押しをして来た。
〈ネタになるんだろうな?〉
「ビッグなネタだぜ?」
俺は笑う。
「楽しみにしてろよ」
と、電話を切ったところで。
「お客様。通話はご遠慮いただけると……」
クレームが入ったのだろう。俺の個室のドアが叩かれ、店員さんが注文を付けてきた。俺は財布から二千円を引っ張り出すとドアの向こうの店員さんに告げる。
「会計で」
時宗院高校に着いた俺は真っ直ぐにセミナーハウスの方に向かった。暑い。殺人的な暑さだ。直射日光がぶっすぶすに肌を突き刺す。瞳が光の量を制御できず視界がくらくらする。手荷物が増えるからあまり好きじゃないのだが、日傘持つべきかな……サングラスならかっこいいからありか……なんてことを思う。
そういうわけでセミナーハウスの前に来てみると、げっ。黄色い規制線が張られて中に入れないようになってやがる。ま、そりゃそうか。今頃ポリスメンたちが汗水流して現場を舐め回している頃だろう。まぁ、俺の要件は中に入らなくても達成できるから別にいい。
さて、そんなセミナーハウスの前に来た俺は、玄関近くの柱に設置されているハウス内の見取り図を見る。やっぱり。セミナーハウス最西端は女子更衣室と女子シャワールームだ。それから俺はセミナーハウスの壁沿いに西を目指した。通ったこともないような、路地裏みたいな場所を通り抜けて、俺は再びそこに辿り着いた。
どんよりロードの階段からアクセスできた、あの窓、秘密の入り口の前へ。
薄汚れた窓の前に立つ。
砂埃でどろどろになった窓ガラスの向こう、クレセント錠が下りていた。クレセント錠にはタブが上に向くと錠が下りるものと、タブが下を向くと鍵がかかるものとがあるが、俺の記憶が正しければセミナーハウスの窓の鍵はかなり型が古い、タブが上を向くと錠が下りるタイプだ。今、窓ガラスの向こうのタブは上を向いている。ということは、鍵がかかっている。
うーん。となるとやっぱりここからの侵入は無理なのか? そういや中学の頃、戦後すぐに建てられた旧校舎の窓が戸板を揺するとクレセント錠が外れて簡単に中に入れる、なんてことがあったな。これもそのクチじゃ……なんて、窓ガラスをつかんで揺すろうとした、その時だった。
「ついに一線を越えたか……」
背後で低い声が聞こえたから俺はびっくりして振り返った。そこにいたのは銀の字だった。俺は胸をなでおろしながら返した。
「ギンかよ。ビビらせんなって」
銀の字はふん、と鼻を鳴らしてからつぶやいた。
「セミナーハウスの近くで不審な動きをする人間を追いかけてみたら、女子シャワールームに侵入しようとするお前だったってわけだ」
「人聞きがわりーぞ」
「事実を述べたまでだ」
「まるで俺が変態みたいに」
「事実を述べたまでだ」
まぁいい。俺は窓から離れて銀の字に近づくと告げた。
「ここ、『秘密の入り口』って呼ばれてるらしいんだ」
「知ってる」
頷く銀の字。さすがだな、新聞部。
「このセミナーハウスの陰は時宗院高校のデートスポットのひとつだ。色気の欠片もないが、薄暗くて人目を憚れるここは男女が二人で語らうにはちょうどいいらしい」
「それだけの目的ならセミナーハウスに入る必要ねぇだろ。何だ秘密の入り口って」
「盛り上がった男女は共犯関係になることでより仲を深める……セミナーハウスに侵入し、空調を使える室内で気が済むまでおしゃべりすれば……」
「ハッピーラッキー青春の思い出ってわけか」
「で。その秘密の入り口でお前は何をしていた」
銀の字に訊かれて俺はにやりと笑う。さっき。本当についさっき。銀の字に声をかけられてビクッとした時に、俺は気づいたのだ。
「クレセント錠、下りてるな」
俺は窓ガラスの向こうを示す。くすんだガラスの向こうで、確かに錠前のタブは上を向いていた。
「ああ、鍵がかかっている」
銀の字も認めた。だが俺は笑った。
「欠けてるのは錠を引っ掛ける爪の方か、あるいは錠の爪の方か、あるいは両方か」
「何が言いたい?」
首を傾げる銀の字の前で、俺は秘密の入り口の窓に手をかけた。それから、ぐっと横にずらす。
「開いてるんだよ」
俺の言葉に銀の字が目を見張る。
「錠前が壊れてる。見かけ上は鍵がかかった窓だが、この窓、通れるぞ」
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